35話 自責
人の寝息というものは、どうやら眠気を誘う作用が含まれているらしい。
もしも俺が今、赤音さんの隣で眠ってしまえば確実に詰むだろう。
赤音さんの体調不良もバレて、俺に対する疑いもかけられてしまう。
男女が同じ部屋で一夜を共にするなんて、今考え得る中で最も最悪な展開。
それならばシンプルに睡魔に飲み込まれる前に自室へ戻ればいいだけの話。
赤音さんには悪いけど、一人で耐え切ってもらうしかない。
「赤音さん。俺そろそろ部屋戻りますね」
「…………」
当然ながら眠っている赤音さんからの返事はなかった。
余計なお世話だっただろうか。そもそも俺なんかが責任感の強い彼女の役に立つこと自体間違っているのかもしれない。
きっと彼女なら一人でも乗り越えられる。でも、それでも、もしものことがあった場合――
慎重に部屋の扉を開ける俺の心境はまるでギャンブルをしているようだった。
果たして短期バイトの俺がこんな重大な問題に加担してもいいのか……当然ながら答えは否。今すぐにでも原田さんかルミナスの誰かに言うべきだろう。
何せ、部屋を出る前の赤音さんはあまりにも苦しそうにしていたから。
それなら今すぐにでも――
「あれ? 小林さん?」
扉を閉めた瞬間に、都合が良いのか悪いのか、呼び慣れない敬称で名前を呼ぶ彼女が現れる。
すぐさま「小林――」と呼び直す流川さんは、即座に状況を理解して、その疑問を口にする。
「なんで赤音の部屋から出てきたの?」
「それは――」
絶好のチャンスだった。言うなら今しかない。それなのに俺の口から出たのは、
「明日のライブについて話してた」
咄嗟に思いついた嘘だった。
「俺のスポットライトは流川さんの予定だけど、最初の演奏だけ皆で赤音さんを照らそうって話になってて。それの話をしてた」
その場しのぎに過ぎなかった。俺だってもっと他に言いようはあると思ったけど、そこまで頭の回転が早くない俺にはこれが限界だった。
普通に赤音さんの容態について話せば全てが解決するというのに……簡単に誤解もとけて、赤音さんが無理をする必要もなくなる。これ以上ない条件が出揃ってもなお俺は嘘をついた。
赤音さんの頑張りを無駄にしたくなかったから。
だから俺は……
「って言っても本当にやるかどうかは分からないけどね」
初めて自ら流川さんに嘘をついた。
「なるほどね」
得心する流川さんを見ても俺はちっとも心が痛くならなかった。
今まで散々嘘をつかれてきたんだ。このくらいのお返しなら許してもらえるはずだ。
◇◇◇
とは言いつつ、不安がなくなるわけもなく……その気持ちが募ったままライブ当日になった。
スタッフさんの合図とともに舞台袖から出てくる赤音さんは少々不安定な足取りで姿を現す。
正直もう不安しかないけど、今は彼女を信じるしかない。
「今日は来てくれてありがとー!」
無理をしていつもの掛け声をする赤音さんの違和感に気づいているのはこの会場内で俺しかいなかった。
それほど彼女の演技は目を見張るものだった。
到底、体調を崩している人のパフォーマンスには見えない。
つまり……今回のライブツアー、彼女はいつから体調を崩していたのか分からない。もしかすると初めから……
そこまで考えたところで早速一曲目が始まる。
当然ながら俺の担当するのは流川さん単独だった。
やっぱり今日のペンライトも青色が一番多くて、最も輝いていたのは流川さんだった。
楽しそうに歌を歌ってダンスを踊る彼女の隣で極めて具合を悪そうにする女の子が一人。
無論、赤音さんだった。
他の人たちも徐々に異変に気づき始めたが、時すでに遅し。
自分のパートを歌い終えた彼女は力尽きるように舞台の上で倒れ込んだ。
手に持っていたマイクが床に落ちて、鈍い音がスピーカーから流れ出る。
同時に歌とダンスが中断され、スピーカーから流れるのは音源のみになる。
ファンがざわつき始める中、俺の顔はみるみる青くなっていく一方だった。
あぁ……俺のせいだ。
俺のせいでライブは中断されることになり、赤音さんはそのまま救急搬送されることとなった。
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