33話 異変
それからあっという間に時間が過ぎていった。
既に照らし慣れたスポットライト。初めは流川さんもこちらを気にしているようだったけど、今となっては歌とダンスに専念している。
そう思った矢先、超絶な笑顔を向けられる。
それを見て改めて思った。やっぱり流川さんは正真正銘のアイドルだ。
アイドル活動を楽しめてるからこそできる笑顔。だからやっぱり俺みたいな奴が彼女と仲良くするなんておこがましすぎる。
俺は彼女に……彼女たちにとって害でしかない。
アイドルの彼女たちに対してできることなんて今逃げ出さずに仕事を全うすることだけだ。
◇◇◇
もう何度目か分からないライブが終わる。
ライブ後のバックヤードでは「お疲れ様です」の言葉で溢れていた。
「お疲れ様です!」
もうこの雰囲気にも慣れたものだ。
思いつつ、通り過ぎていくルミナスのメンバーとも挨拶を交わす。ついでにタオルも一緒に渡していく。
「お疲れ様です」「お疲れー」
「お疲れ様です」「お疲れ様~」
萌黄ちゃん、心緑ちゃんと挨拶を交わしていき、疲れた様子の如月さんと流川さんとも挨拶を交わす。
「お疲れ、小林くん」
「お疲れ、小林さん」
そして手に持っている残り一枚のタオルを赤音さんに渡そうとする。
「お疲れ様です」「おつかっ――」
が、その一枚のタオルが受け取られることはなかった。
赤音さんの言葉が途切れた理由は、俺の肩に彼女の頭が寄りかかってきたからだ。
「赤音さん?」
俺の声で我に返った赤音さんは手に持っているタオルを受け取りながら、小さな声で呟く。
「ごめん。ちょっとした立ちくらみ。それよりタオルありがと」
赤音さんはそれだけ言うと何事もなかったかのようにまた歩き出す。
「大丈夫、ですか?」
彼女の背中に恐る恐る聞くが、返ってきたのは「大丈夫」の一言だけだった。
本人が『大丈夫』と言ってる以上、しつこく粘着するのは良くないと思った。
だから俺はそのまま追わずに、その後の業務に取り組んだ。
だけれど、当然気にならないわけがなかった。
休憩中も、ホテルまでの移動中も、常に赤音さんを気にかけていた。
車の中での彼女は目をつぶり仮眠をとっている。
アイドルのライブ後だから疲労が溜まるのは当たり前だけど、それでもやっぱりさっきの彼女を見たせいか、今ではそれが異常な気がした。
どうせ杞憂に終わる。何せ、彼女自身が『大丈夫』だと言ったからだ。
心配のしすぎも良くない。
俺は気にするのをやめて視線を変える。が、変えた視線の先には隣で座る推しの姿が……それも妙に怪訝な表情で。
「ど、どうしましたか? 流川さん」
慣れない敬語で取り繕いながら訊く。
「いやー。推し変ってどういう経緯ですんのかなーって思って」
「推し変、ですか……」
どうして今俺にそんなことを聞いてきたのかさておき……確かに推し変する人の心情は気になる。
現状、最近流川さんに推し変した人が多いイメージがある。
「確かに私もそれ気になる」
前方の萌黄ちゃんが会話に混ざる。
「やっぱり推しとは言っても人間だし、冷めたりするんかねー?」
推しの言動で冷める……。
そんなこと考えたこともなかった。あすみんの言動で冷めて推し変……。
考えているうちに無意識に視線が隣へ移動していて、ふと微笑む推しと目が合う。
やっぱりそんなの考えられない。
俺の推しはいつまでも変わることはなさそうだ。
「ちなみに小林くんの推しは誰なの?」
「っ!?」
萌黄ちゃんの一言で一瞬にして背筋が凍る。
前の『彼女』の話題に引き続き、次は『推し』か。
「いないでしょ〜? じゃないとこんな仕事引き受けないよ」
心緑ちゃんの言葉に救われる。
これなら難なく切り抜けられそうだ。
なのに……どうしてそんな不服そうな顔で見つめるんだ。流川さん……。
その後、普通に心緑ちゃんの言葉に頼り、萌黄ちゃんの質問には逃れることができた。が、なぜか隣の流川さんから「臆病者」と囁かれる始末だった。
一体俺が何をしたというのか……。
結局その後もずっと眠っている赤音さんから異変を感じることはなく、俺は車内で少し気まずい時間を過ごした。




