28話 嘘
「あーあ。生まれて初めて男の子を好きになっちゃった。私アイドルなのに」
ライブ後のホテルの部屋で私は一人嘆く。
あれから冷静になって考えてみた。
ライブ中は変なアドレナリンが出て、らしくないことをしたけど普通に考えて、個人に向かって愛の告白をするなんてアイドル失格だ。
でも好きになってしまった以上は気持ちを抑えることはできない。逆にアイドルが恋愛禁止なんて周知の事実。
それならやっぱり諦めるしかない。
初恋……私は何を躍起になっていたんだろう。普通に諦めればいいだけの話。
吊り橋効果で好きと錯覚していただけで、実際に好きになったわけじゃない。
今なら簡単に諦められる気がする。
そう。今なら……。
ある人の顔が頭に浮かび上がる。
その瞬間に、顔が熱くなる。それにより頭から『諦める』という選択肢が薄れていく。
どうやらこれが『恋』というものらしい。
思っていた通り……いや、想像以上に面倒くさい感情だ。
「……まぁいいや」
アイドルに恋愛は不要。
この恋は……この気持ちは……誰にもバレずに墓まで持っていこう。私は私に嘘をつき続けよう。
この恋は……永遠に、死ぬまで、私の心の中に閉じ込めておく。
◇◇◇
残り一日、俺はホテル内で過ごすつもりだった。
観光するのもいいけど、何せ疲労が溜まりすぎているから極力体を動かしたくなかった。
それでもあともう一つだけやるべきことがある。
それは、如月さんのことだ。
重い腰を上げて、部屋を後にする。
確か、ルミナスも同じホテルに泊まっているはず…………って、推しと同じ屋根の下?
今更になってしょうもない妄想が頭をよぎる。
今はそんなことよりも如月さんのこと。
この遠征中の俺はあくまで彼女のマネージャー的存在。だから、俺のせいでライブ中の彼女のパフォーマンスを下げたのなら、いち早く反省して謝罪をしなければいけない。
それがこの遠征での使命である。
確か流川さんが『部屋の構造が違う』とか何とか言っていたから、多分別のフロアだろう。
当然だけど俺と彼女たちの身分は違う。となると、彼女たちの部屋は最上階の――
エレベーターを降りた途端、目の前に人影が現れる。
それはそれは端正な顔が俺の視界を塞ぐ。
このままでは彼女の綺麗な顔に傷がついてしまう。
咄嗟に両腕を突き出し、勢いを殺すようにして相手の肩を掴んだ。
その結果、間一髪。
顔と顔が触れ合うことはなく、だけど息が触れ合う至近距離で動きが止まる。
真っ白な肌。透き通った瞳。そして、みるみる真っ赤に染まっていく頬。
一瞬にして離れていく顔を見て、俺は思わず目を見開く。
何せ、その相手は今現在探していた如月さんだったからだ。
「如月さ――」
「こ、小林くんか。じゃあ私はこれで」
俺の顔を一切見ずに、踵を返す如月さん。
明らかに俺を避ける如月さんの手を思わず掴んでしまった。が、それと同時にピタリと如月さんの動きも止まる。
気づいた俺は急いで手を離し、背を向ける彼女に問いかける。
「ごっ、ごめん。思わず……それより、エレベーターに乗るんじゃなかったの?」
すると、またしても俺の声と一緒に彼女の肩が跳ねる。
「…………」
だが、反応させたのは体だけで言葉が返ってくることはなかった。
やっぱり、ライブのことを怒っているのか。
「その、ごめんなさい」
二度目の謝罪はしっかりと45度まで頭を下げる。
自分の見慣れた靴と、向かい合うもう一つの靴。
こちらを向き直してくれたであろう彼女は、声を発するため小さく息を吸ってから言った。
「え?」
だが、その言葉は息を吸うに見合っていなかった。
まるで『どうして君が謝るの?』とでも言われているようだった。
「どうして君が謝るの?」
無論、一言一句違わなかった。
理解が追いつかず、とりあえず頭を上げてみると、如月さんは怪訝な表情でこちらを見つめていた。
が、すぐさま目を逸らす如月さんは深呼吸をして今回はそれに見合った言葉を発する。
「別に私は君から謝られるようなことはされてない。むしろ私の方が……」
それこそどうして如月さんが俺に謝るのかは分からないけど、とにかく俺の下手なスポットライトで怒っているわけではなかった。
「良かった……」
思わず安堵の息が漏れる。
何も知らない如月さんは未だに怪訝な表情を浮かべていた。
「話が終わったなら私はこれで」
安心したことにより、横を通り過ぎていく如月さんに度重なる質問を繰り出す。
「もう前の人は大丈夫なの?」
「前の人?」
エレベーター前で足を止める如月さんはやっぱり背を向けていた。
「ほら、海辺にいた男の人」
「あの件はマネージャーさんに相談しておいたからもう大丈夫」
「そっか」
「じゃあ――」
結局一度もこちらを向くことなくエレベーターに乗り込んでいく如月さんの背中に俺は呟く。
「もしもまた悩みができたら……」
が、途中で中断する。
『俺を頼ってほしい』というのも何だかおかしな気がしたからだ。
俺が如月さんの担当をするのは今日までなわけで、それからはまたただのクラスメイトの関係に戻る。
それなら言わない方が――
「せっかく覚悟決めたのにさ……」
閉まりかけていたエレベーターから如月さんが呟きながら出てきて、ずっと隠していた顔をこちらに向ける。
2メートル、1メートル、50センチ、30センチ、10センチ。
そして、3センチ。
如月さんは初めよりも遥かに近い至近距離まで近づいてきて、俺を壁まで追いやった。
隣には手を添えられ、いわゆる壁ドン状態に陥る。
そんな状況に戸惑うことしかできなかった俺に彼女は見下ろす形で言い放った。
「君は、アイドルだからって私がときめかないとでも思ってるの?」




