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クラスのアイドルは俺にだけ嘘をつく  作者: 砂糖流


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26話 初恋

 彼は……勇人(ゆうと)は私の顔を確認した瞬間に大きく目を見開く。


「うわっ。マジで紫乃じゃん。こんな所で何してんの?」


 私がアイドルだということを知らないのが、せめてもの救い。


「ちょっと友達と旅行に来てて。勇人は?」


 私は平静を装うように聞き返す。


「俺はー……旅行。そう、俺も旅行に来ててさ」


 反応が妙だった。


「一人で?」


「うん。最近ハマっててさ」


 高校生が一人で旅行……そんなの怪しさしかない。


 私は怪訝な表情で彼の顔を見つめる。があからさまに視線を逸らされる。


 それはもう答え合わせをしているようなものだった。


 良くないことが頭をよぎる。


 どうせ杞憂だ。動揺するな。もうあの頃の私じゃないんだから。


 それでも、もし……もしも彼が私の後をついてきたとするならば……。


 そう思った瞬間、それが杞憂でないことを表すかの如く彼の形相が変わる。


「あっ、そうだ。せっかくだしさ、ホテルでちょっと話そうよ。ほら、二年の時の鈴木先生覚えてる? あの先生がさー――」


 彼は一切私の顔を確認せず、強引に腕を掴む。


 思いのほか力が強い彼に私は反射的に突き飛ばしてしまった。


 嫌だ。行きたくない。過去のことなんて思い出したくない。


 それでも突き飛ばされた彼の表情を見て私は嫌でも過去の記憶が蘇らせられる。一生思い出したくなかった記憶がふつふつと湧き上がる。


「――あっ……」


 蚊が鳴くような声が夜の海に飲み込まれる。


 声が出なかった。足が言うことを聞いてくれなかった。


 そうか。やっぱり私はまだ怖いんだ。アイドル活動に本気になって過去の記憶に目を逸らそうとしていたけど、現実は許してくれないらしい。


 今こそ、現実に向き合うチャンスなのに――先程の失敗で更に力が強くなっている男性の腕を振り払うことは不可能に近かった。


 もう怖くない。そう言いたいのに、足は震えたまま。


 もう諦めるしかない。私を助けてくれる人はどこにもいない。あの中学の時のように。


 一瞬耐えるだけ。一瞬。


 目をつぶる私の瞳に涙が溜まる。だけど、その涙が地面に落ちることはなかった。


 それはある人が受け止めてくれたからだ。


「如月さん」


 目を開けてそのある人を見た瞬間、私は今までに感じたことのない感覚に陥った。


「あっ……」


 先程と同じ蚊の鳴くような私の声は、どこか安心しきった声音だった。


 初めて男の人を見て安心する。


「彼は?」


 だから、平静を装わなくとも聞き返すことができた。


「さっきの男の人なら、慌てた様子で逃げていったよ」


 それでも優しい目で見つめてくる小林くんは、嫌でも口を割らないつもりらしい。


「まぁいいけど……どうしてここに?」


「寝れなくて。外の空気を吸いに来たらたまたまね。如月さんは?」


「私も、寝付けなくて」


「明日のライブが不安とか?」


「いや。そういうのじゃない」


 元はと言えばセンターになれなかった自分に嫌気がさして、気分転換で外に出た。けど、それを目の前の彼にハッキリ伝えるのは夢を壊してしまう気がした。


「っていうか、不安なのは君の方でしょ?」


 だから私は誤魔化すように言った。


「バレたか。如月さんの言う通り、明日のライブが怖くて寝れなかった。これで満足?」


「それじゃあこっちが責めてるみたいじゃん」


「実際そうでしょ」


「私をなんだと思ってるんだ」


「冗談だって」


 笑いながら言う彼は私が安心しきるまでその場に居座ってくれた。


 彼は私のトラウマの記憶を塗りつぶすために、わざと冗談を言ってくれたんだと思う。

 

 優しいな……私の過去を知っているのが彼で良かった。助けてくれたのが彼で良かった。


「じゃあそろそろ部屋戻ろっか。部屋まで送るのは無理だけどエレベーターまでなら」


「せっかくなら部屋まで送ってよ」


「ダメだ。他の人に見られでもしたら……」


「分かってるよ。お気遣いありがと」


「分かってくれて光栄です」


 「じゃあ行こっか」とまたしても優しく囁いてくれる彼の背中に向かって私はお返しの如く呟いた。


「あーあ。本当に好きになっちゃったよ」


 そんな小さな呟きはまたしても夜の海に飲み込まれていった。

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