24話 バイト
長い夏祭りが終わり、本格的な長期休みが始まる。
とは言っても当然予定なんてあるわけもなく。
流川さんはルミナスのライブで忙しくなるだろうし…………、
そういえば、とあることを思い出す。
それは、ルミナスの全国ツアーライブのチケットを予約購入していたことだ。
一次先行はほぼ半年も前だったから完全に存在を忘れていた。
確か、近場会場の抽選は外れたけど、地方の抽選に当選していた気がする。
最近色々なことがありすぎて完全に忘れていた。
もうお金は払った後だしキャンセルはできない。となると……行くしかない。
ライブ日時は、二週間後の夕方から。
とは言っても今流川さんと会うのは少し気まずい気もする……どうしよう……。
冷房が効いた部屋でスマホとにらめっこしていると、突然手が震える。
それと同時に俺の肩も跳ねる。
なぜならば、スマホに表示されていたのは流川さんからの通話画面だったからだ。
少しの迷いが生じるが、友達からの電話画面を見て浮かれてしまった。
『小林?』
スマホから漏れ出す推しの声。
それを聞いただけで応答した甲斐があった。
「どうしたの? 流川さん」
それでも浮かれた気持ちは心の中に封じ込め、いつもの毅然とした態度でスマホに返事する。
『暇だったから。小林何してんのかなって』
「俺も暇だったから大丈夫だけど……リハーサルとか大丈夫なの?」
『今日はオフ。まぁ、明日からまたリハ始まるけど』
「そう」
『うん』
「『…………』」
普通の沈黙のはずなのに、なぜだか今は気まずく感じた。
それはきっと頭の片隅に祭りの時の記憶が居座り続けているからだろう。
『そういえば、小林。祭りは楽しめた?』
だが、流川さんは気にしていないのか、まさかの今一番危惧していた話題を口にした。
俺は平然を装いつつ返す。
「楽しかった」
『それは良かった。それでなんだけど……あのことについて』
「あのこと?」
『その、唇が触れた件について』
「っ!?」
思わず化けの皮が剥がれる。
流川さんがその名を口にしなかったのが、せめてもの救いだろう。
『あれは……』
なかったことにしよう。話題に出された時点でそう言われると確信していた。
『私たちだけの秘密にしよう』
なのに、彼女はまたしても俺の予想を裏切ってくる。
『小林?』
スマホから漏れ出す流川さんの声色はいつもより甘く感じた。
「秘密にするのは重々承知だけど……てっきりなかったことにするのかと思った」
『そんなの私が無理……あんなの忘れられるわけないし……』
理由を訊く前に流川さんがボソッと呟く。
『まぁ、嘘だけど……』
だが、次に聞こえてきたのはいつものセリフだった。
聞いた瞬間『俺も忘れられない』という言葉が喉につっかかる。
無論自らブレーキをかけたからだ。
「それで、聞きたいことはそれだけ?」
突き放すような言い方になってしまったが、自分を保つにはこう言うしかなかった。
『それともう一つだけ――小林さ。私たちの全国ツアーライブついてきてくれない?』
「えっ?」
初め何を言われたのか分からなかった。
ルミナスの全国ツアーライブに俺がついていく? ファンの俺が? どうして?
様々な疑問は流川さんの一言によって解消される。
『実は、ライブ設営の人手が足りてなくてね』
あぁ、なるほど。
『マネージャーさんから『当てがあるなら声をかけてほしい』って言われて』
つまりは、バイトでついてきてほしい、というわけか。
『もちろんバイト代は出るし、交通費もホテル代もこっち持ちだからお金は安心して』
正直断る理由はなかった。
夏休みは何の予定もないし、丁度バイトを探そうとも思っていた。
それなら、
「ついていくよ。力になれるかどうかは分からないけど」
『じゃあ伝えておくね。予定は後日送るから』
「分かった。楽しみにし――」
またしても言葉が喉につっかかる。
遊びに行くわけじゃないんだ。これは仕事だ。
『楽しみだね。小林』
なのに、流川さんはまた俺の胸を高鳴らせる。
エアコンの稼働音。スマホから漏れる流川さんの環境音。
通話越しのはずなのに、なぜだか目の前に彼女がいるような気がした。
流川さんを前にするとどうしても、平然を装えなくなってしまうらしい。
「俺も楽しみにしてる」
言った後、向こうから聞こえてきたのは、息を吐く音だけだった。




