21話 見栄
「久しぶりじゃん。小林。今までどうしてたの?」
三人の男子集団が笑いながら私たちの方へ近づいてくる。
座って休憩している私の前には小林が庇うように立っているから、相手の顔は上手く視認できなかった。
けど、一度声を聞いただけで大体の予想はついた。
握りこぶしを作る小林の背中を今はどこか大きく感じる。
「その座ってる女の子は連れ? 渡辺さんはどうしたの?」
「っ」
またしても笑いながら発する声に私は思わず反応してしまう。
渡辺彩花は私の改名前の名前。
「えっ。渡辺さっ――」
私の反応により、一人だけ存在に気づいてしまったようだった。
小さく呟いた声に気づいた者は私以外いなかった。
気づいていない二人は構わず小林を愚弄するように続ける。
「それにしても小林も懲りないなぁー。あんなことがあったのに――彼女?」
最後のそんな一言によって場の空気が一変する。
まるで小林が彼女を作ってはいけないような言い草だった。
それでも小林は何も言わない。
だから私は声をワントーン高くして言った。言ってしまった。
「彼女です」
迂闊だった。無意識だった。
それでもそんな嘘をついたのは、きっと見栄を張りたかったからだと思う。
「流川さん。何言って――」
瞬間、三人の男子たちよりも先に小林が反応を示す。
多分小林はまた私がアイドルだからって焦ったんだと思う。
こんな時でも自分より他人を無意識に優先してしまう小林の手はやっぱり握りこぶしを作っていた。
「ならさ――」
後ろにいた男子がしたり顔を浮かべる。
そして、
「キスしてよ。付き合ってんならできるよな?」
未だに一歩も成長できていない彼に私はつくづくウンザリする。
「さすがにそれは……」
たじろぎながらこちらにチラッと視線を向ける小林を見て、私は少しだけムキになってしまった。
当然やる意味もないし、そんなことをしたところでなんの証明にもならない。
でも、どうしてだろう。どうしても私は彼らの前で見栄を張りたくなってしまった。
私は小林の口元へ顔を近づけて、彼らには見えぬよう手で口元を隠す。
するフリだけでよかった。
実際に口付けを交わすわけではない。そのはずだったのに、少しだけ……ほんの少しだけ唇に柔らかい感触が走った。
味がしなくて、音もない。感触すら認識できるかどうかの微差だった。本当にキスをしたのかすら分からなかった。
それなのに、私は今年一素早い動きで小林から距離を取る。今すぐにでも逃げ出したかった。誰にも顔を見られたくなかった。
「マジかよ……マジでやりやがった」
「いや、隠してたから本当にやったか分かんねーだろ」
「いやでも見ろよ。こいつらの顔」
二人で騒いでいる彼らの声は感覚的には聞こえていたけど、脳には届いていなかった。
「マジか……マジでやりやがった」
私のそんな反応を見た男子が思わず言葉を失う。
何より一番驚いていたのは、私の存在に気づいてる一人だった。まるで失恋を経験したかのように俯く彼を見て私は今すぐにでもこの場から離れたくなった。
それなのに、あまりの出来事に足がすくむ。
そんな時、目の前で同様に頬を染めている男の子が私の手を引く。
そして、私たちはその場から逃げるように走り出した。
◇◇◇
何が起こった? なんで流川さんはあんなことをしたんだ? 絶対に当たって、いたよな?
頭の暴走を落ち着かせるために今はひたすら走る。
だから気づけなかった。流川さんに気を遣うことができなかった。
カランコロンという下駄の音で我に返る。
走るのをやめて、握っていた手も咄嗟に離す。
流川さんの「いっ――」という一音でやらかしたことを自覚する。
「ごめん。どっか座れる場所探そう」
俺が顔を逸らしながら言うと、流川さんも同様に俯きながら「うん」と答える。
「ベンチまで手貸すよ」
羞恥心でどうにかなりそうだったけど、せめてもの償いだった。
そうして俺たちは手繋ぎを再開した。




