2話 嫉妬
「流川さん。ショート動画見たよー! みんなめっちゃ可愛かった!」「っていうか、いいね凄くなかった!? 何十万とかいってたよね!?」「あの音源ってルミナスの新曲だよね?」
「ありがとう」「ね。凄いバズり方しててみんな驚いてた」「そうだよ。メンバー全員でショート用の振り付け考えたの」
俺は、いつも通り囲まれている流川さんを横目で眺める。
もちろん昨日のショート動画は確認済みだ。当然フォローもしているし、いいねもしている。
スマホで当該の動画を再生する。
画面には、ルミナスプリンセスの五人が音楽に乗ってダンスを踊る姿が映し出される。
やっぱり、あすみん(流川さん)のダンスは最高にキレキレだ。放課後に一人であんな熱心に練習しているのだから、他の子たちとの差は歴然。
なのにどうして彼女は……
「小林くんもルミナス好きなの?」
心の中で耽っていると、突然隣の席からスマホを覗き込む形で顔を近づけられる。
俺は咄嗟に隣の彼女から顔を離してスマホの電源を切る。
隣の席の女の子――中野さんとは時々話している。
とはいえ、話しているとは言っても他愛のない会話ばかり。
挨拶をしたり、次の授業で使う道具を教え合ったり、教科書を忘れた際に机を繋げたり、本当にただのクラスメイト。なのだけれど、まさかスマホを覗かれるとは思ってもみなかった。
もしかして中野さんもルミナスが好きなのだろうか。
「あっ。ごめんね。悪気はないの。たまたま画面が見えちゃったからつい」
中野さんは気まずそうに椅子に座る。
「いえ。大丈夫です。こちらこそ過度に反応してしまってすみません」
「小林くんが謝らないでっ。勝手にスマホを覗いた私が悪いから…………」
中野さんは何かを訊きたそうに指をモジモジさせる。
「その……ちなみになんだけど…………」
長い沈黙が生じる。
俺は後に続く言葉を知っていた。
「誰が好き?」
中野さんが発した言葉に俺はコンマ一秒で返す。
「紫乃ちゃんが好きかな」
紫色担当の紫乃ちゃん――名前の通り紫色担当の彼女は、ミステリアスな雰囲気でどこか大人っぽさを感じさせる。
同じ高校生なはずなのに……。
とはいえ俺の推しは無論、あすみん(流川さん)である。
だが、こんなところで俺があすみんファンだとバレるのは非常に危険。幸い、俺の声は流川さんには届いていないだろうから心配は無用だ。
それからなるべく流川さんの耳には届かないように、中野さんとルミナスについて語り合った。
◇◇◇
放課後。
愚痴の場で今日も流川さんが椅子に腰かける。
そして俺は本を構えながら机に体重を預ける。
俺の背中を見つめながら流川さんは早速不満をぶつけてきた。
「小林はさ。教室で少し他の女の子と喋りすぎなんじゃないかな」
今日の愚痴の対象はまさかの俺だった。
「教室は生徒の目があるからああいうイチャイチャは控えた方がいい」
つまり何を言いたい?
そんなの少し考えれば分かることだった。
「嫉妬」
その言葉を口にしたのは俺ではなく、まさかの流川さんからだった。
本から目の前のアイドルに視線を変えたところで、彼女は大袈裟に頬を膨らませた。
「私は嫉妬してるんだ」
「…………」
それでも俺は無言を貫いた。
だってこれも、
「まぁ、嘘だけど」
いつもの嘘だからだ。
「はぁ……」
どうして君はいつも俺の心を爆発寸前まで追い込むんだ。
落胆のため息ではなく、自分を落ち着かせるためのため息だった。
そんな俺の思いもお構いなしに流川さんは畳みかけてくる。
「それで何の話してたの?」
「え。まだこの話続行するの?」
「うん。気になるし」
そんな熱い視線で見つめられたら言わざるを得なかった。
「別に……読んでる本の話をしてただけ」
でも、せめてもの対抗で嘘をついた。
「本当に?」
「なんで疑う。嘘をつく必要がない」
「確かにそれもそっか」
納得してくれたようで、ひとまず安心する。
「じゃあ中野さんに直接聞いてくる」
瞬間即座に期待を裏切られる。
「ちょっ、ちょっと待っ!」
本を机に置いて、扉に向かう流川さんの肩を荒々しく掴む。
初めて自分から推しに触れてしまった。万死に値する。
でも今はそんなことより目の前の問題をどうにかせねば。
「どうしたの? 嘘つく必要ないんだよね?」
どうやら言い逃れは不可能のようだ。
「分かった。正直に話す。俺は君たちの話をしていた」
「私たち?」
「……ルミナスプリンセスの」
「あー」
絶対分かってて聞き返されたのだろうが、せめてもの抵抗で濁した自業自得なので何も言うまい。
俺はもう話は終わりだと言わんばかりに定位置に戻って、本という名の鎧を構える。
俺のそんな気持ちと正反対に流川さんは笑みを浮かべながら悪戯っぽく続けた。
「誰が一番好きなの?」
ギクッ。
背中が一瞬にして凍り付く。鎧がまるで機能していなかった。
「……これと言って好きな人とかはいない」
さすがに推しを前にして別のメンバーが好きなんて言える度胸は俺にはなかった。
「なにそれ、つまらない回答だなー。こういう時は嘘でも私が好きって言うところでしょ」
でも当然、流川さんがそんなことで納得するわけもなく、いつものように愚痴をこぼす。
「言ったら絶対バカにしていた……」
「しないよー。多分私は本気で照れると思う」
彼女のはにかんだ声が聞こえてくると同時に、左肩をつつかれる。
「それはそれは恋する乙女のようにね」
つつかれた肩の方向へ首を回すと、瞬間にほっぺが潰れる。
「まぁ、嘘だけど」
悪戯っぽく笑う彼女の人差し指が俺の顔に触れていて、思わず顔を離した。
余裕のある笑みからは、アイドルの本質が漏れ出ていた。
そんな俺の推しは、背を向けて扉の方へ向かう。
「じゃあ、私レッスン行ってくるから。また明日」
手を振る彼女に俺は何も言うことができなかった。
やがて扉が閉じられて、俺は昨日のように悶えた。
「こんなの耐えられるわけがない……」




