18話 友達
「――流川さんってさ。小林くんと付き合ってるの?」
体育祭から少し経った放課後――いつもの空き教室から聞こえてきたのは、流川さんの声ではなく、同じクラスの吉田くんの声だった。
「えっ……どうしてそう思うの?」
その後に明らかに動揺した流川さんの声が聞こえてくる。
そんな彼女に吉田くんは現実を突きつける。
「体育祭の時、手繋いでたでしょ」
「…………」
それを聞いた流川さんは言葉を失う。
かくいう俺も混乱を引き起こしていた。
流川さんは辟易した様子で何とか言葉を発する。
「み、見てたの?」
「うん。たまたま目に入っちゃって。みんなはリレーに集中して気づいてなかったみたいだけど」
完全に油断していた。
確かにあの時、見られるかもという焦りはあった。けれど、それ以上に過去のトラウマが感情を塗りつぶした。
もっと周りに注意していればこんなことにはならなかっただろうに。俺のせいだ。
「誰にも言わないからさ――」
だから今の俺には流川さんを守る義務があった。
「その代わり――」
吉田くんがその後に続くであろう脅しの言葉を発する前に、俺は扉を勢いよく開ける。
「待っ!」
無意識だった。
気がつけば声を張り上げていた。
だが、それはまたしても杞憂に終わる結果となる。
「あか姉のサインを貰ってきてほしいですっ!」
俺の声と吉田くんの声が木霊する。
「…………」
か、すぐさま静寂がその場を包み込んだ。
今の状況を誰が理解できるものか。
「…………」
それほどの長い沈黙が流れた。
「えっ?」
そんな沈黙を破ったのは情けない俺の一声だった。
同じく困惑の表情を浮かべている流川さん。俺の声で固まってしまった吉田くん。
俺は流川さんと目を見合わせてアイコンタクトする。
いち早く状況を理解した流川さんが、吉田くんに提案する。
「分かった。赤音に聞いておくから、私たちの関係は皆には秘密、ね」
妙に艶かしい流川さんに吉田くんも納得したという様子で、今一度無言になる。
俺はこの後に続く言葉を知っていた。
「それで……二人は本当に付き合ってるの?」
恐る恐る聞いてくる吉田くんに俺はハッキリと告げる。
「付き合ってない。流川さんとは友達だ」
嘘はついていない。俺と流川さんは本当に友達だ。
それなのに、どうして流川さんは不服そうにこちらを見つめるんだろう。
仮にも彼女はアイドル。彼氏なんていてはならない存在。
「まぁ、そりゃそうだよね。流川さんはアイドルだし……分かった。あれは見なかったことにする」
安堵した後、吉田くんは「それと」と続ける。
「ここで二人が逢瀬を交わしていることもね――それじゃあ、俺はこれで」
吉田くんは最後にとんでもない爆弾を言い残し、教室から出ていった。
「…………」
教室に残された俺と流川さんの視線が交わる。
とうとう如月さん以外の生徒にバレてしまった。
いずれ来るかもとは思っていたけど、まさかこんなにも早い段階でバレるなんて……。
俺は流川さんに一歩近づき、彼女へ頭を下げる。
「ごめん。これは完全に俺の不注意のせいだ。あの時もっと周りに注意を払っていればっ――」
「謝らないで」
まだまだ謝罪は足りてないはずなのに、流川さんの一言と下げている頭を掴まれたことによって、謝罪が止む。
そのまま頭を強制的に上げさせられ、今一度流川さんと視線が交わる。
「小林はさ。私と友達なんだよね? 私と一緒にいたいんだよね? それなら謝らないで」
あまり言われていることの意味が分からなかった。
「それにあの時手を繋いだのは私の方だから。悪いと言えば私の方が注意不足だった」
「そんなことない」
何せ、流川さんは俺の不安を少しでも和らげようとして、あの時手を繋いでくれたのだから。
意気地なしの俺が悪い。トラウマを引きずっている俺が悪い。何もかも全て――
「お願い、小林。そんな顔してまで自分を責めないで。本当に……私が悪いから……」
未だに頭を掴んでいた流川さんの手の力が微かに抜ける。
その言葉は、体育祭のことを言われているはずなのに、なぜだか別の意味も含まれている気がした。
緩んでいた流川さんの手に少しだけ力が入り、視線を固定される。
そのまま頭を引っ張られ、おでことおでこが接触する。
「もう大丈夫。私が傍についてるから」
吐息多めの彼女の声には、安定剤でも含まれているのかもしれない。
またしても流川さんに救われてしまった。
どうして君はここまで俺を――
一瞬だけ中学のことを思い出す。
渡辺彩花さん――俺の初恋相手で初めて告白した女の子。
どうして今になって彼女の顔を思い出したのだろう。
だけど今はそんなことがどうでもよくなるほど、目の前の彼女が俺を安心させた。
「ありがとう」
俺は流川さんに言われた通り、謝罪はせずに感謝の言葉だけを口にした。




