15話 体育祭 1
体育祭当日――俺は、心に不安を秘めながら学校に向かう。
分かってはいたけど、教室に入る俺を待ち受けていたのはいつもの何気ない光景だった。
赤色のハチマキを巻いているクラスメイトたちは、いつも通り、友達と談笑したり、あるいはルミナスの二人を囲んだりしていた。
怖がることなんて何一つなかった。
もうここはあの教室じゃないんだ。
「そういえば青澄。ハチマキは?」
立ち尽くしている俺の耳に入り込んできたのは、大勢のクラスメイトから囲まれている如月さんの声だった。
「ポケットにあるよ」
「付けてあげようか?」
「いや。大丈夫。後で付けるから」
きっと蒸れるから始まる直前に付けるのだろう、と勝手な妄想を膨らませていると、ある一つの違和感が生じる。
俺の机の上に乗っているハチマキはなんだ?
そう、それは自分の机にある赤のハチマキだった。
自分のハチマキはスクールバッグに入ってるはずだが……となるとこのハチマキは――
「ハチマキの交換ってまじ青春だよなー。俺もあすみんとハチマキ交換してみてぇー」
「じゃあ俺は紫乃ちゃんと」
次聞こえてきたのは近くにいる男子生徒たちの会話だった。
刹那、疑問に思っている俺と流川さんの視線が交わる。
その瞬間に理解する。
これは流川さんのハチマキだ。
『小林』
『ちょっといつものとこ来て』
流川さんのそんなメッセージが、ハチマキの持ち主の答え合わせをすることとなった。
体育祭開始30分前――俺たちはいつもの空き教室に集まっている。
「ん」
流川さんは集まって早々、手を前に差し出して、何かを欲求するように声を発する。
「えっと……」
「小林のハチマキ頂戴」
「えっと?」
何一つ理解できなかったけど、先程の男子生徒の会話を思い出してようやく気がつく。
もしかしてこれは……
「ハチマキ交換しよ」
「いやいや……」
「不服?」
「そうじゃないけど……普通は終わってから交換するもんじゃないの?」
詳しくは知らないけど、勝手にそんなイメージを抱いている。
「じゃあ終わったらもう一回交換しよ」
それは一体なんの意味が?
「やっぱ好きな人とは交換したいしねー」
流川さんは先程俺が返したハチマキにマジックペンを走らせながら、何事もないかのようにとんでもないことを口走った。
「えっ。今なんて……」
「はい。これ。私のハチマキあげるから終わったらまたここ集合ね」
「うん。分かった」
そうして俺たちはハチマキの交換を終えた。
どうせ今日もいつもの嘘だろうと、あまり期待はしていなかったのだが、
「じゃあ、体育祭頑張ろうね」
「うん」
彼女は一言だけ言い残して、その後に続くいつもの言葉はなく、そのまま空き教室を後にした。
ふと、流川さんから受け取ったハチマキに視線を向けると、内側の方にマジックペンで書かれた『ウソ』という文字が目に入った。
「次はそう来たか……」
空き教室で一人悶える俺はその後しばらくその場から動けなかった。
◇◇◇
ピストル音と共に体育祭が本格的に始まる。
不安が完全に消えたわけではないけど、流川さんのおかげで幾分緊張は解れた。
午前に俺が出る種目は借り物競争だけ。だが、午後には全員強制参加のクラスリレーが待ち受けている。
前者はまだいいのだが、後者のリレーが……。
せっかく落ち着いていたのに、考えた瞬間震えが止まらなくなる。
とりあえず今は借り物競争のことだけを考えよう。
現実から目を背けた結果、出番はあっという間に来てしまった。
大丈夫。引いたお題をゴールまで持っていけばいいだけ。バトンパスはないのだ。余程のことがない限りミスることはない。
そう思ったのも束の間――お題の紙を手に取った俺は絶望することとなった。
何せお題が、
『アイドル』
だったからだ。
誰だよ。こんなお題考えた奴……。
正直おおよその見当はついていた。
如月紫乃。流川さんの隣でニヤニヤしている彼女は、同じクラスの中野さんに手を引っ張られ、瞬間にしたり顔が崩れていた。
きっと中野さんのお題も『アイドル』だったのだろう。
如月さん以外にも同じ考えの奴がいるとは……とにかく俺もアイドルを借りないと。
とはいえ、条件が揃っている人は一人しかいなかった。
「る、流川さん」
俺は初めて大勢の前で彼女の名前を口にする。
流川さんは焦りながらもすぐさま適応してくれた。
手は繋がず、一定間隔を保ちながら俺たちはゴールまで走る。
走って走って走った。
その結果、順位は……10位。最下位に終わった。
「どんまい小林」
「ごめん。恥かかせて」
「別にいいって。でも、ちゃんと手を繋いでたら最下位は免れたかもねー」
「いや、それは――」
「ダメだよね? 私が、アイドルだから」
「う、うん……」
またしても俺は無意識にアイドルを意識してしまっていた。前言われたばかりだと言うのに。
「小林。手出して」
突然の要求に俺は狼狽えながら受け入れる。
すると、差し出した手にもう一つの手が交わり合った。
手を繋いだわけではなかった。
一瞬で手が離れ合い、それは所謂ハイタッチと呼ばれているものだった。
「これならいいよね?」
「……いいけど……俺たち最下位だよ?」
「そうだけど、私は小林と一緒に走れたことが何よりも嬉しいから」
今までルミナスの人気順位を気にしていた流川さんなのに、今では微笑んでいる流川さんを俺は少しだけ不審に思った。




