14話 種目決め
「君はさー、女心とか分からないのかねー?」
放課後――空き教室で流川さんと並んで座る俺は今日も推しから愚痴を吐かれていた。そしてその対象は目の前にいる俺だった。
「君って……」
普段流川さんからは『小林』と呼ばれていたから違和感が半端じゃない。
「だって私が君を呼ぶ時は敬称ないのに、君は私のことを『流川さん』って呼ぶじゃん」
確かに理にかなった内容だった。
友達という対等な関係ならお互い敬称なんてなくすべきだろう。
「じゃあ……流川?」
提案したはいいものの、言った後に推しを呼び捨てにするなんておこがましいと思った。
「なんか違う」
それに流川さんの方も納得していないようだった。
「名前で呼んで。青澄かあすみん」
「いや、さすがにそれは……」
「なんで? 前まではあすみんって――あっ」
「ん?」
突然何かを思い出したかのように口を噤む流川さん。
俺は出会った時から流川さん呼びだと思うんだけど……あすみん……。
「そういえば小林。体育祭の種目何出るか決めた?」
あからさまに話を逸らす流川さん。
でも俺はあまり気に留めず、何と返事しようか迷った。
当たり前に種目はまだ決まっていないし、そもそも考えてすらいなかった。
正確に言うと、考えたくなかった。
思い出してしまうからだ。中学時代の体育祭を。
リレーのバトンパスでミスをした俺にいじめっ子たちは嫌味ったらしく非難する。
あのグラウンドに立つ恐怖感が拭えることは一生かけてもないのかもしれない。
過去の記憶を塗り替えようと思ったばかりなのに……。
「ごめん。小林」
脳が過去の記憶に支配される中、目の前の彼女が上書きするように謝ってくる。
まるで過去の経緯を全て知っているかのようだった。
流川さんに過去のことは話していないはずなのに……どうして……。
「ねぇ、小林。何か一緒に出ようよ。二人三脚とか」
俺のそんな疑問に彼女は気にする素振りを一切見せず、淡々と続けた。
そのおかげで脳が過去の記憶に侵食されることはなかった。
でも、
「さすがにそれは……」
アイドルと二人三脚はさすがにレベルが高すぎる。
「また、私がアイドルだから?」
「うん。絶対に反感を買うことになる。それにより、流川さんのアイドル活動にまで支障が出たら――」
「――青澄」
瞬間、話すのを中断するように推しの指が俺の口元まで伸びる。
「アイドルの私じゃなくて、女の子の私も見て」
流川さんは俺の口元から指を離しながら、真剣な表情でそう告げた。
「まぁ……嘘だけど……」
さすがに流川さんでも今のセリフは恥ずかしかったのか、顔をしかめていつもの言葉を口にする。
かくいう俺もあまりの距離感の近さに思わず顔を逸らす。
でも確かに友達なら、アイドル姿の彼女ではなく一人の人間として彼女を見るべきだ。
きっとその考えのせいだろう。
「……青澄」
俺が無意識に彼女の名前を呼んでしまったのは。
顔を確かめなくても分かった。破顔一笑した彼女からは、いつものクールさをまるで感じさせなかった。
でもそんなことより、羞恥心が限界に達していた俺は、きっとこれから流川さんのことを名前で呼べることはもうないのだろうと思った。
「これからもそう呼んでね」
「……善処する」
微笑む流川さんはやっぱり今日もアイドル味を感じさせなかった。
◇◇◇
その後、結局同じ種目に出ることはなかった。
クラスで二人三脚を決める際、手を挙げる流川さんはこちらにアイコンタクトをしてきたが、俺はさりげなく目を逸らした。
その結果、二人三脚は流川さんと如月さんのアイドルコンビが結成された。
クラスの皆もそれに歓声を上げていて、改めて立候補しなくて良かったと安堵する。が、流川さんからはまた今日も何か言われそうだ。
それがどこか嬉しくもありながら、体育祭で出ることになった借り物競争に対する不安も募った。




