13話 挨拶
次の日――とうとう眼鏡を外して登校した俺は、昨日のことを考えながら俯きがちに廊下を歩く。
昨日……流川さんにあんなことを言ったものの、正直何が変化するのかは分からなかった。
正式に友達になると言っても、交流はきっといつも通り放課後だけになるだろう。
彼女がアイドルな以上、余計な交流は控えるべき。それなら今日も教室で大勢に囲まれているであろう流川さんには他人のフリをしよう。
そう思った矢先、
「おはよ。小林。眼鏡外したんだね」
聞き覚えのある声が、俺の耳の中だけに響いた。
後方の扉から何事もなく、自分の席に向かおうと思っていたのに、予期せぬ展開に足が固まる。
動揺するな。ここは、一言挨拶をしてから悠々と席へ向かおう。
「お、おは――」
「青澄?」
流川さんの隣にいる一人の一声により、俺の挨拶は中断される。
咳払いで何とか誤魔化そうとするが、もう既に手遅れのようだった。
何せ、隣の如月さんと俺の目がバッチリ合っていたからだ。
そんな彼女は、ニヤリと何かを悟った顔でこちらを見つめていた。
今更ながらに、如月さんには全てバレているのだから変な誤魔化しは無意味だと気がつく。
だが、周りの生徒に不審に思われるのはさすがにまずいので、挨拶を再開することはなく結局そのまま席に着く。
と、同時にスマホが震える。
見なくても誰だか分かった。不服そうにスマホをいじっている流川さんだ。
『どういうつもり?』
『何のこと?』
『挨拶』
『無視したでしょ』
『いや』
『無視はしてない』
『おはって言った』
『明らかに中断した感じだった』
『昨日一緒にいてほしいって言ったくせに』
うっ。まさか早速昨日のことに触れられるとは思わなかった。しかも一番恥ずかしいセリフに……。
『あれは…』
『放課後にって意味だから』
『じゃあ教室では一緒にいたくないの?』
『そうじゃないけど』
『さすがに俺みたいな男とアイドルが仲良くするのはまずい』
『うーん』
納得してくれると思ったが簡単にはいかなかった。
デートに関してもそうだけど、どうして流川さんは人前で絡みたがるのか。
『じゃあ小林以外の男の子だったら仲良くしててもいいの?』
『どうしてそうなる』
『俺みたいな男って言ったから』
『俺みたいな』
なんでそこだけ強調する……。
『で』
『どうなの?』
催促してくる彼女に、俺は慣れた手つきでフリック入力をする。
『だめだ』
『えーなんでー?』
そんなの理由なんて一つしかなかった。
『もう一度言う』
『君はアイドルだ』
『ほんとブレないね』
とは言っても、ただの友達の俺がここまで言うのもおこがましいと思った。
実際問題、俺の注意深さはただウザいだけに違いないし――そう思っていたのだが、彼女の言葉がそれを否定する。
『でも』
『小林のそういうとこ好き』
そんなメッセージを視認した瞬間、顔がカーッと赤くなる。
前までならこんなすぐ狼狽えることはなかったのに……。
だってこれもどうせ、
『まぁ』
『嘘だけど』
いつもの嘘だからだ。
『流川さんもブレないね』
俺は平然を装うようにそっくりそのまま返してやった。
『…………』
だと言うのに返信は一向に来ない。
不思議に思いながら、如月さんと一緒にいるであろう流川さんの席に目を向ける。が、また向こうもこちらを見ていた。
微笑を浮かべる流川さんを見て、俺は流川さんがその先の言葉を待っているのだと思った。
――流川さんのそういうところが好き。
だが、度胸のない俺にそんなこと言えるわけがなかった。一体彼女は俺をなんだと思っているのか……。
流川さんから目を離そうとした拍子に、登校してきた隣の席の中野さんと目が合う。
「おはよう。小林くん。あっ、眼鏡外したの?」
先程の流川さんと全く同じ指摘をされる。
「おはよう。中野さん。少しイメチェンしようと思ってね」
「そうなんだ。眼鏡ありも似合ってたけど、裸眼も雰囲気違っていいね」
「ありがとう」
まさかそんな激励されるとは思ってもみなかった。
今まで外見で褒められることなんてなかったから、素直に嬉しい――って、あっ。
嬉々として中野さんと話していた俺の視線が少し横にズレてまたしてもアイドルと目が合う。
先程の流川さんの微笑はまるで夢だったかのように、今では打って変わって仏頂面になっていた。
次、目を離すのは彼女の方からだった。
『そっちはいいんだ…』
LINEでの無言が打ち破られる。
俺はそれを見て、どうして流川さんが人前で絡みたがるのか分かった気がした。
もしかして彼女は、俺を取られないために――と、そこまで考えたところで、あまりのキモさに思考を中断する。
何だか今日はよく中断する。
とにかく今日の放課後、これからどう絡むのか流川さんと相談しないと。




