12話 克服
現在、放課後の空き教室で俺はアイドルから抱きしめられていた。
いやいやいや。一体何なんだこの状況は……こんなのまるで慰められている子どもみたいじゃないか。
もういじめがあるわけでもないし、俺は楽しく暮らせている。トラウマがなくなったと言えば嘘になるけど、もう克服したつもりだ。
それなのに……どうして……どうして、涙が止まってくれないんだ。
不思議と心が落ち着いて、今までのトラウマが抜け落ちていくようだった。
初めてあすみんと出会った時と同じ感覚。あの時の現実から逃げ出す感覚と同じだった。
「もう大丈夫」
優しく囁きかけてくれる流川さんに俺は気づかされる。
違う。これは……現実に向き合う感覚だ。
そうか。俺はずっと誰かに寄り添ってほしかったんだ。
過去にいじめられたトラウマが消えてくれることはないけど……塗り替えることはできる。
俺は、目の前の彼女と向き合うべきだ。もう逃げない。今こそ現実に向き合う時だ。
俺は抱きしめてくれている流川さんの肩に両手を置き、距離を保つ。
そして、俺をずっと閉じ込めていた鎧を外して、困惑している目の前の彼女と目を見合わせる。
初めて本当の彼女を見た気がした。
「ありがとう」
そんな彼女に俺は想いを打ち明ける。
「それと……これからもこんな俺と一緒にいてほしい」
怖い。拒絶されたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。
それでも目を離すことはしなかった。
真っ直ぐ、今はただ目の前の彼女だけを見つめ続けた。
「…………」
しばらく沈黙が続いた後、流川さんは今の俺には眩しすぎる程の笑顔を向けて放った。
「やっとこっち向いたっ」
今だけはどうしても彼女がアイドルには見えなかった。
――大切な友達。
もうただのサンドバッグではなく、対等な存在になった気がした。
それなのに、
「それと別に……期待してもいいよ」
「えっ。それって……」
彼女はまた俺の心を揺さぶってくる。
「ほら早くこっち来て」
そんな俺の気も知らないで、流川さんは手を引っ張ってくる。
「今日は一緒に座って話そ」
いつもの構図とは違い、今日は初めて流川さんと隣り合わせで会話をした。
最近のアイドル事情やネットでバズったおかげでモデル雑誌に載るようになったこと。流川さんが最近観た映画の話なんかもした。
そして、今日は俺の話もした。
最近何にハマっているのか。今読んでる本は何なのか。
互いが互いをもっと深く知るために。
何も知らない人からすればただの雑談だろうけど、俺たちからすれば初めて心の距離が縮まる大切な会話だった。
まだ昔のトラウマを克服できたわけではないけど――これからは流川さんとの思い出でそれを塗りつぶしていこうと思った。
もう今の俺に鎧は必要ない。
「ありがとね、小林……私と出会ってくれて」
否。眩しすぎる彼女から身を守るためにはまだ鎧が必須だった。




