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私の弟はどうやら姉である私にガチらしい 〜こんな時だけお姉ちゃんって呼ばないで!〜

作者: 秋乃
掲載日:2025/10/24

 

「おい、なんだよ彼氏って」

 私を壁に押し付け、風呂上がりの弟が私を睨みつける。

 弟の顔が近くて逃げようと思っても、両手が私の顔の横についてあるせいで未動きが取れない。

 まさか人生初の壁ドンを弟にされるとは思わなかった。

「亜央には関係ないでしょ?」

 手に持つスマホからは友達の声が聞こえる。気にせず電話に出ようとすると、亜央が私からスマホを奪い取って電話を切るとジーパンのポケットにねじ込んだ。

「ちょっと!なに勝手に電話切ってんの!?」

 スマホを取り返そうとすると、亜央の手が私の手首を乱暴に掴んで壁に押し付ける。振り払おうと思っても、亜央の力があまりにも強くて振り払えない。

 私は大学二年で、亜央は高校三年。私の方が年上で昔は背も高く力も強かったはずなのに、いつからか私よりも亜央の方が背が高くなり、力も強くなっていた。

「いいから答えろよ、伊月」

 亜央の濃い青色の瞳が私を見据える。いつからか私のことをお姉ちゃんではなく、伊月と名前で呼ぶようになった。

「な、なにが?」

「今の電話、彼氏がどうとか言ってただろ」

「言ってたからなに?それ亜央に関係ある?」

 亜央の長い前髪から水滴が落ちる。風呂上がりだからか髪はまだ濡れているし、上半身は服を着ていない。

「……関係ある」

「は?ないでしょ?」

「あるって言ってんだろ」

 無言で睨み合う。亜央はなぜか怒っているようだ、普段から仏頂面で、言葉数が少なく、なにを考えてるのか母親ですらよくわからないと笑っていたのに、私だけはなんとなく亜央の感情を察することができた。けれど、今だけはなぜ怒っているのか理解することができない。

「手首、痛いんだけど」

 そう言うと亜央が大人しく手を離す、だがすぐ私の顔の横に手を置いて逃げ道を塞いでくる。

「……伊月、彼氏できたのか?」

「だったらなに?」

 さっきの電話の内容は彼氏ができたという友達からの報告を聞いていただけだ、それなのに亜央は私に彼氏ができたと勘違いして一人で怒っている。

 本当はすぐに訂正してやってもいいけど、乱暴に壁ドンしてきて手首を強く掴まれた苛立ちから素直に答えを口にする気になれなかった。

「……だめだ」

「は?なにが?私にだって彼氏作る権利くらいあるでしょ?もう大学生だよ?むしろ遅いくらいでしょ」

「だめだって言ってんだろ」

「もうなんなのさっきから!なんでだめなの!?だめだめってそればっか言って!だめな理由を言いなさいよ!」

 怒った私が乱暴に一歩前に出て顔を近づけると、亜央は驚いて後退る。今がチャンスと亜央の履いているジーパンのポケットからスマホを引き抜いて奪うとそのまま逃げるように家の廊下からリビングに走る。

「おい、待てよ!」

「わ、うわあ!?」

 リビングに逃げた私を追いかけてきた亜央が私の腕を掴んで振り向かせる、だけど体勢を崩した私はそのまま後ろに倒れそうになる。鈍い音がリビングに響き、私は勢いよくフローリングに頭から倒れたはずだった。

「いっててて……」

 目を開けると、亜央が片腕で私の後頭部を守るような体勢で私の上に覆い被さっていた。目を開けた亜央が私を見ると驚いたように数秒固まる。心なしか耳が赤くなっているように見えるのは倒れた拍子にぶつけたのだろうか?

「伊月、怪我は?」

「多分ない、めっちゃお尻痛いけど」

「……そうか」

 亜央が安堵のため息をつく、生暖かい吐息が首筋に触れて全身に鳥肌が立つ。この状態はやばい、とにかくなにかがとんでもなくやばいことだけはわかる。

「亜央、早く退いて!重いんだってば!ほら!」

 慌てて自分の体の上から亜央を退かせようとするが、一向に動く気配がない。意識すればするほど顔に熱が集中し、赤くなっているのが自分でもよくわかる。

「いやだ」

「はあ!?あんたなに言っ、」

「いやだ、嫌なんだよ、伊月」

 亜央の両腕が背中に回される、頬に亜央の濡れた髪が張り付く、胸に亜央の体の重みが加わって息苦しい。頭の中でもう一人の自分が必死に亜央を拒めと叫んでいる声が聞こえているのに、それでも体が動かせないのは単に亜央に抱きしめられているからではなく、耳元で聞こえた亜央の声があまりにも切実で、苦しそうだったからだ。

「亜央?」

「俺が一番伊月のことわかってんのに、俺が一番伊月の近く

にいんのに、なんで……なんで、急に出てきた他のやつに伊月を横取りされなきゃなんねえんだよ」

 亜央の言葉の意味が理解したくても理解できない、私の首筋に顔を寄せる亜央の姿にどきりと胸が高鳴る。

「その言い方、おかしくない?」

「なにがだよ」

「なんか……まるで、私のこと好きみたいじゃん」

 亜央が顔を上げて私の顔を覗き込む。目を逸らしてはだめなような気がして、私も真っ直ぐ亜央の目を見つめ返した。亜央の手が私の顔にかかった髪を優しく払う。

「そうだよ」

「なにが?」

「だから、俺はずっと、お前のことが好きだったんだよ」

「それは家族として?姉として?」

「……言わなくてもわかんだろ」

 亜央が私の頬に手を添える。今私を見つめている亜央は本当に私の知っている亜央なのだろうか?男の顔をしている亜央の姿を目の当たりにして、体が強張り生唾を飲む。

「ちなみに、ガチ?」

「ここまで言ってガチじゃねえのやべえだろ」

「いや、今ならまだ引き返せるじ」

 ゃん、と最後まで言うはずだった私の言葉が亜央の唇に吸い込まれた。ちゅっ、という可愛らしいリップ音と共に軽く押し付けられた唇の感触は間違いなく亜央の唇だった。

「残念、これでもう引き返せねえな?お姉ちゃん」

 そう言ってニヤリと嬉しそうに笑う弟を、私はもう弟として見れなくなっていた。

 

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