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一般的TS恋愛譚─性転換したら好きな子とお近づきになれました─  作者: 大崎 狂花


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第6話 佳織の小説

「よーやく終わったあ!」


 自室の机のに向かって、パソコンで何やら書いていた白河佳織は、そう声を上げるとんーと大きく伸びをした。それに合わせて、ぎしっと椅子が軋む。


「ちゃんと保存もしてあるし、これでオーケーだね」


 佳織はそばに置いてあったスマホを持ち上げて時間を見る。11時半近くになっていた。


「あれ、もうこんな時間になってたんだ。けっこう夢中で書いてたからなー・・・・・・」


 そう言って、佳織はパソコンの画面の上に浮かんだ文字列を見た。それは、佳織が新しく執筆したラブコメであった。


 佳織は最近、恋愛モノの構想を練っており、それがついに執筆の段階にまで温まったのだ。普段あんまり書かないような、クセのない王道系の恋愛モノに挑戦してみたため割と苦戦したのだが、ちゃんとまとまってよかった。


「うん。誤字もないみたいだし、変なところもない。大丈夫そうだね」


 一応ざっと見て確認する。自分にとって初めてのチャレンジが上手くいったことに、佳織は思わずニヤニヤしてしまっていた。


「特に、この辺りはうまくいったよね。なかなかいい表現だよ私!」


 佳織は自画自賛した。佳織は特に、主人公がヒロインのことを好きになる瞬間が上手くいったと思っていた。ここは物語的にも重要なシーンだし、しっかり書かなきゃと思っていたのでそれが思っていた以上に上手くいって佳織は少し浮かれていた。特に、『彼は暖かく自分を包んでくれる、この柔らかな夕日を見て、彼女の心を思い出した』という表現が特に佳織は気に入っていた。ちょっとポエム的でクサいと見られかねない表現ではあるが、前後の文脈と繋げて読めばかなり良い表現になっていると思う。


「これはみんなに見せるのが楽しみだなー・・・・・・」


 そう呟きながら、佳織はパソコンをシャットダウンし、机の上のライトを消すと目覚ましをセットして、明日のことを楽しみにしながら眠りにつくのであった。


 ◇


 翌朝、佳織がウキウキで登校すると、当然クラスにいる友達が佳織に話しかけてきた。


「わー、佳織ちゃん、今日はご機嫌だね!」


「何かいいことでもあったの?」


 佳織はにこにこしながら答えた。


「うん!すっごくいいことがあったんだ!」


 佳織はここ十日くらいの間、構想、執筆していた小説がようやく完成したのだと話した。佳織はこんなふうに時々クラスにいる友達と小説のことについて話したりしているのだ。ユキは同じクラスだが、女子同士の会話に割って入ったりすることはほとんどないので、今まで佳織が小説を書いていることは知らなかったのである。まあ、同じクラスメイトでも佳織の友達以外にはあまりこの事実は知られていないので、ユキが知らなかったのも当たり前である。


 さて、ユキはまだ学校に来ていない。文芸部部長の鏡花は学年が違うためこの教室にはいない。


 そのため、佳織はまずこの友達に自分の小説を見せることにした。


「読んでいいの?」


「もちろんだよ!忌憚のない意見を聞かせてね!」


 この友達は遠慮なく、良くないところは良くないと言ってくるタイプの人たちだ。だから、この友達の意見は信用できる。


「・・・・・・すごいすごい!めちゃくちゃキュンキュンしたよ!」


「ねー、すごいね!もうなんかプロみたい!」


 そんな友達に、この小説は大変好評だったみたいである。


 この2人に好評だったのならまず間違いはないたろう。佳織は、上がりそうになる口角を必死に抑えながら、謙遜しようとした。


「えー、そんなことないよお。私なんかまだまだだよお」


「佳織い、口角ゆるゆるになってるよ?」


 普通に無理だった。嬉しくて口角がゆるみにゆるみまくってしまった。


「もー、2人がそんなに褒めるからだよ!」


「わかりやすいねー、佳織は!・・・・・・でも、これは褒めちゃうよ!それくらいすごいもん!ね!」


「うん!すごいよ!面白い!」


 2人の友達は佳織のことをたくさん褒めてくれた。主人公とヒロインのキャラがいい、お話の構造がいい、ここの表現がいい、このシチュエーションがいい・・・・・・。


 色んなことを褒めてくれて、佳織はそれをにこにこしながら聞いていたがふと佳織の心の中に不安が頭をもたげてきた。


 それは、2人とも佳織が特に力を入れたシーン、主人公がヒロインを好きになるシーンとあの表現のことを褒めてくれないのである。


 ・・・・・・もちろん、全体的に色々と褒めてくれているわけだし、そこの部分は当然良いものとしてあえて褒めるには及ばないということなのかもしれない。


 それでも、言葉に出して言われないと、不安になってしまうものだ。全体的に色々と褒めてくれていても、自分が一番力を入れたところを褒めてもらえないのは・・・・・・少し寂しい感じがする。


 だけど、それは自分のわがままだ。佳織はその感情を押し込んで、にこにこと2人の友達の賛辞を聞くのだった。


 ・・・・・・


 ユキが教室に来たのはもうすぐホームルームが始まる時間だったので、佳織が小説を見せる時間は無かった。ユキにはまた機会を見て小説を見せようと思って、佳織はとりあえず席について教室に入ってくる先生を見た。


 褒められた嬉しさと、少しばかりの寂しさと不安とを抱えながら佳織は授業を受ける。一時限目、二時限目、三時限目・・・・・・と授業はいつも通りに何事もなく過ぎていく。


 そして、放課後になった。佳織は職員室に寄る用事があったので、そのついでに文芸部の顧問に例の小説を見せた。


「これは素晴らしい。上出来だ。学生にしてはという枕詞を取ったとしても、素晴らしいと言えるだろう」


 そう言って文芸部顧問は2人の友達と同じく、いやさらに具体的にこの部分あの部分を取り上げて褒めてくれたが、やはり佳織が一番力を入れたその部分には触れなかった。


(あれ・・・・・・?)


 褒めてもらえるのは嬉しい。しかしそこの部分を褒めてもらえないことで、寂しさと不安の感情の割合が少しずつ増えていく。


 佳織は複雑な想いを抱えながら、でもこれは仕方のないことなのかもしれない、褒めてくれているのだからこれ以上わがままを言うことは出来ないと、不安と寂しさの方は抑え込み嬉しさの方だけを出来る限り大きく見ることにして、佳織は職員室をあとにする。


 今日の佳織は特に用事もない。部室棟の方へと向かっていった。文芸部の部室へ行くためである。


 ・・・・・・グラウンドで活動している運動部の声や、吹奏楽部の賑やかな楽器の音が聞こえる。この高校の女神である佳織が廊下を歩いていると、すれ違う生徒は必ずそっちの方を見る。時には立ち止まって、憧れの目で佳織のことを見つめる生徒なんかもいた。しかし、佳織はそれには構わず真っ直ぐに文芸部の部室の方へ歩いていく。


 やがて文芸部の部室へ辿り着く。佳織はカラカラっと部室の扉を開けた。中では、鏡花が椅子に座って難しい顔をして本を読んでいたが、その音を聞いて顔を上げた。


「ああ、佳織くんか。今日は来てくれると思っていたよ。ささ、お入り」


 鏡花は佳織にそういうと、本を置き立ち上がって部室の奥の方へ行く。何やってんだろうなーと思いつつも、佳織がそこら辺にあった椅子に適当に座ると、やがて鏡花が戻ってきて


「最近めっきり寒くなってきたからね。はいこれ」


 と言って、佳織にひざ掛けを渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


 部室には鏡花以外にいなかった。ユキもどうやらまだ来ていないようである。佳織はユキも部室に来ていると思ったので少しアテが外れたが、ここにいればやがて来るだろうと思ってとりあえず鏡花に見せることにした。


「優しい、暖かみのある良い恋愛小説だ」


 鏡花はそう言ってやはり色々と褒める。鏡花は流石に褒めるだけでなくここはこうした方がいいとか、あそこはこういう言い回しの方がいいとか、色々と改善点も指摘してくれたが、やはり佳織が気になっているその部分のことは特に言わなかった。


 佳織はその時になると、もう諦めかけていた。もう十分褒められもし、鏡花に至ってはこんなふうに改善点まで指摘してくれたのだから、これ以上を望むべきではないだろう。これ以上を望むのはやはりわがままというものだ。


 みんなが触れないということは、特に不自然な点もないし大丈夫だってことなんだろう。自分が力を入れた部分が全く触れられないというのは寂しいものだが、そんなものだろう。創作活動をしていればそんなことはままあるものだ。だから、まあ、仕方ないだろう。仕方ない。


 仕方がないということにして、佳織はにこにこしながら鏡花の言葉を聞き、そして指摘された改善点を真剣な顔でメモした。


 そしてしばらくその小説のことから離れて、鏡花と佳織の2人は色々となことを話していたが、やがて鏡花が立ち上がって言った。


「さて、私はこれでお暇させてもらうよ。実は、このあとに少し用事があってね。早く帰らなければならないのだよ」


「あ、そうだったんですか」


「うん。それで、佳織くんはまだ部室にいるかい?それとも、佳織くんも一緒に帰るかい?」


「んー・・・・・・そうですね、私はまだここにいます」


「そうか。それなら、部室の戸締りは君にお願いすることになるが・・・・・・」


「大丈夫ですよ。私に任せてください」


「そうか。ありがとう。それでは、また明日」


「はい、また明日」


 佳織は椅子に座ったまま、鏡花に向かってひらひらと手を振る。鏡花も、ひらひらと手を振り返して、部室を去っていった。


 あとに残った佳織は、部室に備え付けの本棚を眺め、そこから適当な本を取り出して読み始めた。取り出したのはよくわからない歴史小説の2巻目だったが、佳織は気にせず読み始めた。


 しばらくそうやって本を読んでいたが、やがて佳織は顔を上げた。けっこうな時間が経っていた。窓の外を見る。今日は天気が悪いから、夕焼けは見えない。ただ、スマホで時間を見ればいつもならもうそろそろ日の暮れ出すような時間帯だとわかる。


「山本くんは、今日は来ないのかな・・・・・・」


 ユキはもう今日は来ないのかもしれない。何か用事があったのかな・・・・・・小説は・・・・・・まあ、また明日とかに見せればいいかな。


 佳織はそう思い、読んでいた本を元通りに本棚へ戻して、鞄を持ち上げて帰ろうとした─────その時だった。


「すいませーん!!めちゃくちゃに遅れちゃいました!!」


 大声でそう言いながら、部室の中へ入ってきたのは佳織に勝るとも劣らないくらいに美しい現・少女。『彼』の事情を知らない後輩や先輩、クラスの違う同級生などからは女神の佳織と並んで幻想の美少女とかいうよくわからない二つ名で呼ばれているらしい元・男の子。


 山本ユキが、部室のドアをガラガラっと開けて飛び込んできた。


「あ、山本くん!やっと来たね」


 佳織は顔を上げてユキに向かって笑いかける。ユキは、部室に入っていきなり佳織の笑顔を見たことで激しく動揺した。いるかもしれないと期待して来たわけだが、本当にいるとちょっとどうしていいかわからなくなる。


「え・・・・・・し、白河さん!?あ、今日は来れる日だったんだ・・・・・・」


「うん。そうなんだよ。今日は特に何も用事がなかったから、来れたんだ。山本くんは今日遅かったね?」


「ああ、うん。なんか、廊下で先生が探し物してて、探すのを手伝ってたんだ」


「そうなんだ!いいね、一日一善だね」


「そうだね、一日一善だね。・・・・・・あれ?部長は?」


「何か用事があるって、先に帰っちゃったんだ」


「へー・・・・・・えっ!?」


 ということは、部室には佳織とユキの2人だけということである。ユキは急に緊張してきた。ちょっとだけぎこちなく、佳織から近くもなく遠くもないちょうどいい位置にある椅子のところへ行って座った。


「・・・・・・」


 一応文芸部に来てみたものの、ユキには特にやることがない。鏡花もいると思っていたし、まさか2人きりになるとは思っておらず、ユキは少し途方に暮れてしまっていた。


「えと・・・・・・」


 それでもユキがなんとか場をもたせようと何か話しかけようとしたちょうどその時、佳織からこう切り出された。


「ねえ、実はついに例の小説が完成したんだよ!」


「例の小説・・・・・・ああ、あの時言ってたあの小説か!そっか、あれついに完成したんだ!」


「うん、それで山本くんにも読んでほしいなと思って・・・・・・」


「読む読む!読むよ!喜んで読むよ!・・・・・・あ、でも俺そんなに語彙力ないし小説にもそんなに詳しくないから、大したこと言えないと思うけど・・・・・・」


「別にいいよ!読んでくれるだけで嬉しいんだから!」


 にこっと笑いながら言う佳織に、ユキはキュンとしながら佳織から送られてきたURLから佳織が小説を投稿しているサイトに飛んで、例の小説を開いて読んでみる。


 真剣な顔で佳織の小説を読み始めるユキを、佳織はどんな感想を言うんだろうと思いながら眺めていた。


 ユキは、やがて顔を上げるとにこにこしながら感想を佳織へと伝えた。


 それは佳織の心の中にすうっと染み通ってきた。木々の間からこぼれる光のように、それは佳織の心に差してきた。


「この、主人公がヒロインのことを好きになる場面がいいね!特にこの、『彼は暖かく自分を包んでくれる、この柔らかな夕日を見て、彼女の心を思い出した』っていう表現がいいね!」


 佳織はパッと目を見開いてユキを見た。ユキは、にこにこしながら言葉を続けた。


「他にもいっぱい素敵なところはたくさんあるけど、俺はここが一番いいと感じたかな。なんていうか、作者である白河さんの、優しさみたいなものを感じたよ」


 佳織はしばらく目をぱちぱちとさせていたが、やがてふふっと笑顔になると、


「そっか・・・・・・そっか!ありがとうね、素敵な感想をくれて」


 心の底からのお礼をユキに言ったのだった。

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