地球最後の日に面接を
「もしも地球があと二十四時間で滅ぶならあなたはどうしますか」
そのように質問されたら人はどうやって答えるのだろうか。
普通なら最後は恋人や家族と過ごしたり、最後の晩餐をめいいっぱい楽しんだり、後悔が残らないように散財しまくったりとすると答えるのが一般的に考えられる。
では、それは大切な会社の面接を受けている最中の目の前の椅子に座る五十代過ぎの定年をもう少しで迎えるであろう面接官の男に聞かれた時にでも同じようなことが言えるだろうか。会社はそんな平凡なことを言う人を果たして求めているのだろうか。かといって変な回答を求めるような会社でもないはずだ。
そして、今その回答ができるような状況であると本当に言えるのだろうか。
「あの……。地球が終わる前日にそれ、聞きます?」
非常識な男だと思われても敵わない。
この会社に受からなくてもいい。
なぜなら明日、世界が終わるから。
「そうですね、少し唐突すぎましたか。話を変えましょうか」
面接官は手元の資料に目をやった。
「まずは自己紹介からお願いします」
そこからはごく一般的な面接が始まった。自己紹介から自分の長所短所、この会社で働きたいと思った志望動機。明日地球が滅ぶだなんて考えられないほどスムーズに面接が続いた。
一通り終わったのだろう時間に面接官は時計を見た。流されるように自身も左につけている腕時計の動く長針を見た。
本来なら聞こえないはずの滑らかな動きをする秒針が壊れかけたおもちゃのようにチクタクと音を刻む。
「やはり、時間が気になりますよね」
面接官に時計に目をやっているところを見られてしまった。
汗が頬を伝う。
「面接自体はここで終了です。ここからはおいこぼれの話し相手になってくれませんか。君、この後の予定は?」
「一時間後に家族と最寄駅と集合です。その間なら」
面接官が頷く。
「では三十分だけ少し話をしましょう」
面接官は椅子から立ち上がると窓から見えるビルとビルの間に挟まっている小さなマンションを指差した。
「あれ、私が住んでいるマンションなんです」
「はぁ……」
「明日で私はあのマンションと近所のビルの下敷きになって死ぬのでしょう」
面接官はくっくっくと小さく笑い出した。
「最初の方はすいませんでした。突然あんな質問を」
「いえ、気になさらないでください」
地球最後の日にまで仕事とは。
この会社が入っているビルのエントランスを当たり前のことだが通ってきたが受付には誰一人人影は見当たらなかった。
おそらく充実させた一日を送っている最中なのだろう。
「あの、佐藤さんはこの後どうする予定なのですか」
面接官もとい、佐藤さんは窓から自分の目へ視線を移した。
「深夜に最寄駅で叫びながら刃物を振り回す予定です」
穏やかな口調からは想像できないことを口から出した。
「それって犯罪なんじゃないですか」
思わずそういってしまった。
面接官は目を伏せて再び言葉を口から並べた。
「やはりそう思いますよね。私もそう思っています」
ならば、なぜするのか。
「でも、どうせみんな死ぬのなら犯罪も関係ないと思うのです」
____何をいっているのか、理解できなかった。
「ここに来るまで、君はどこを通って何を見てきましたか」
思い浮かべるのは最寄駅から徒歩十分の間の風景。
高い建物だらけの本来ならスーツが歩いているはずの街のあの殺風景な様子。
「あ」
そこに一つだけ不自然に存在していた公園。
「公園、がありました」
面接官は微笑んだ。
「えぇ、公園がありますね。公園には人がいましたか」
「はい。おそらく家族連れが多かったですね」
「そうですか。やはり地球最後の日には家族と過ごすのが一番ですね」
君も確か最後は家族と過ごす予定なんだそうですね。
面接官はこれから犯罪者になるような顔をしているようには見えなかった。
家族という言葉に過剰に反応するのは気のせいだろうか。
「佐藤さんは家族とは過ごさないのですか」
面接官は手元にスマホを取り出し自身に一枚の家族写真を見せた。きっと若かりし頃の面接官らしき男性と隣に立つ微笑んでいる美しい女性にその間に立っている小さな子供。
幸せそうだった。
「二人とも30年前に死んでしまいました」
面接官のスマホを持つ手がそっと震えた。
「駅で二人は通り魔に刺されてしまったようです」
面接官はスマホをしまった。
「その復讐を果たそう、とお考えということですか」
「いえ、違いますよ。復讐なんぞしたら妻と子供に天国に行ったら怒られてしまう」
「では、なぜ……」
「君も小さい時に考えたりはしなかったですか。どうして大きな声を出して街を歩いてはいけないのか、どうして日常的に刃物を持ち歩いたらダメなのか」
何も言えなかった。
「君が今まで生きてきた中でそれを答えてくれる人はいましたか」
「両親が、人様の迷惑になることはするな、と」
「いい両親を持ちましたね。きっと道を間違えそうになったら導いてくれるいい人立っだのでしょう。でも迷惑なことを私たち人間はしているはずです」
面接官は鞄から一昨日の日付が書いてあるしわくちゃな新聞を取り出した。
「なぜ明日地球が滅ぶか理由は知っていますか」
「確か、どこかの機関が作り上げた宇宙巨大装置が誤作動を起こして地球に衝突してくるからだとテレビではいってますね」
「えぇそうです」
面接官が言いたいことが分かったような気がした。
一昨日のしわくちゃな新聞からもそうだが全てのことに確かに人が関わっているのだ。決して悪とは言えないが根本的な理由の最終到着地点が人というものに行き着いてしまう。
「今日の受付や仕事場を見るにみんな自分を優先させて休んでいます」
もちろん、君以外の受験者もね。
「なぜ、佐藤さんは休まなかったのですか」などとはどうしても言えなかった。
喉元まできた言葉を面接官は察したのかにこやかに笑ってくれた。
「最近の若者は特にそうだ。スマホばっか見て相手のことは何一つ見ていない。君が私との会話を今だけでもちゃんとしてくれて嬉しいよ」
「それにね」、面接官の口からは言葉ばかりが溢れている。
「私は確かに刃物を振り回そすと入ったけれども人を殺すまでは言っていないよ」
「しかし、万が一その刃物が通行人に当たってしまったらどうするのですか」
「私が叫んだらきっとほどんのどの人たちが私をタコ殴りにするから大丈夫だ。きっとどこぞの誰かが動画配信をしたり私を止めに言ったりして最後の英雄扱いがされる。これこそ若者たちがいうwin-winという言葉がしっくりとこないかい」
そうだろうか。
もしも面接官を止めるものがいなかったら本当に面接官は人を殺してしまう可能性がある。そして面接官がいう英雄が現れたとしても面接官にとってはそれがいい結果と言えるのだろうか。
たまに現れる動画サイトでの英雄扱いされたに近しい内容の動画を見るがやはり意見が二つに分かれるものばかり。
「最後くらい自分も周りに迷惑をかけたって、いいと思うんだ」
それしか方法が見つからなかったのだろう。面接官にとっての本当の迷惑とは。
たった数十分しかないない彼との会話の中で彼の人柄がよく伝わった、と思いたい。その中でも彼は今まで迷惑をかけたことは人生で数えるほどしかなく、きっとあったとしても友達に可愛らしい嘘をついただけなのだろう。
本来だったらこの場にいなかったであろう人にこれ以上言うのはやめにしよう。
肩からまるで空気が抜けたようだ。
「私ばかり話してしまって申し訳ないね。君はこの後家族とどう過ごす予定なんだい」
自分でも理由はわからないが口角が上がっているような気がする。
「家族と一緒にアルバムを最期まで眺めるだけです。母の手料理を食べながら」
深く話すつもりはない。それが最善だと思った。
面接官は深く頷き確かにそれはいいね、と言ってくれた。
面接官は再び時計を見た。今度は違う意味での時計の見方。
「もう三十分過ぎていたそうだ。すまないね」
「いえ、最期に話せてよかったです」
面接官に退出の許可が降りる。
椅子からゆっくり立ち上がり、鞄を手に取る。鞄が少し重たい。
これを自分は電車で一時間かけて持ってきたのか。
ドアノブに手をかけ一言お礼を言う。
「本日はありがとうございました」
面接官は深く頷く。
「くれぐれも今日の夜は出歩くことは進めないでおくよ」
面接官はの言葉に今度は自分が頷く。
そしてドアを閉める。
「あぁ、そうだ。待ってくれ」
ドアがガチャリとなる前に止められる。
「この会社で君の内定が決まったらメールを送ろうと思っていたのだが今言ってもいいなら言おうと思う」
「いえ、大丈夫です」
なぜだか自分の声がいつもより明るい。
「辞退させていただきます」
どうせ明日には世界が終わっているんだから今日くらい二つくらい人様に迷惑をかけても文句は言われないだろう。
それに自分の結果くらいもうわかりきっている。
面接官はそれ以上引き止めることはしなかった。
なぜだか心が軽い。
地球最後の日だからだろうか。
それとも本当の意味で他人と話したことがなかったからなのか。
ちょうどポケットが震える。
きっと一足早く家族が駅についたのだろう。
「もしもし。うん。今からそっち向かう」
きっと家族にも自分が知らない迷惑をかけていたのだろう。
このままでは家族を猛暑の中待たせてしまう。
俺は走って駅へと向かうのだった。
夜遅くにテレビを家族でテレビを囲んだ。
案の定テレビではアナウンサーがいる情報番組も特番もなかった。ただ単に地球に落ちてくる大きな物体が接近してくる様子を永遠と映し出されている。
外が段々と暗くなっていく。
「そろそろねぇ」
母の呑気な声で本当に世界が終わってしまうのかと疑ってしまう。
父はみっともなく母に手を繋いでもらっている。
「あんた、最後まで私に迷惑をかけるつもりなの?」
「だって……」
迷惑、という割には母も満更ではなさそうだ。
物体が近づくにつれて風が窓の隙間という隙間から入ってくる。机いっぱいに広げていたアルバムの中の写真が家族の空間を埋め尽くす。
父が写真を必死になって拾い集めようとする。
「手伝うよ」
写真は勢いを止めることなくついに窓の外にまで飛んでいってしまった。
結局近隣の住民にまで手伝わせる羽目になった。
地球最後の日に何やってんだと言いたくなるが最後にはみんなで思いっきり馬鹿みたいだと笑った。
この頃には面接官のことなんて忘れていた。
知人のことも忘れていた。
ただただみんなで笑ったこの瞬間を生きていた。
地球最後の十秒前、俺は不覚にももっと周りに迷惑をかけるべきだったと思ってしまった。