52.帰ってください
ウェイド辺境伯の圧に、ルヴィン王子は乱暴に押しのけようとする。しかし、ルヴィン王子の力とウェイド辺境伯の力は明らかに違うようで、全くと言って効いているようには思えない。
まあ、そりゃあ宮廷でのほほんと暮らしている王子が実際に戦闘をしていたりするウェイド辺境伯に勝てるわけがない。
ルヴィン王子は悔しそうにしながら、私たちを睨めつけてくる。
「お前……これは大罪だぞ!!」
その言葉に、ウェイド辺境伯は鼻で笑う。
「大罪だって? 今の君に何が出来るって言うんだ。そもそもだな、前提として間違っているんだよ」
ウェイド辺境伯は笑う。
「シセと俺は、婚約を結んでいる。残念ながら君と違って、シセは浮気なんてしないんだ」
「なっ……!?」
ルヴィン王子は目を見開いて驚く。開いた口が塞がらないといった様子で、私の方を見てきた。
「その通りです。申し訳ありませんが、あなたになんて私は興味がありません。宮廷は大変なことになっているようですが、私にはもう関係ありません。聖女を複数人雇ったら解決することなのですから、私になんて頼らなくてもいいですよね?」
私はじっとルヴィン王子を見据える。
「どうせ、お金がもったいないから私を連れ戻したいんでしょう? なんて不純なのでしょうか。そこにはきっと愛すらありません」
そっとウェイド辺境伯の隣に立ち、彼の手をぎゅっと握る。一瞬驚いた素振りを見せた彼であったが、すぐに握り返してくれた。
「私たちは真実の愛を見つけたので、あなたはさっさと宮廷に帰ってください」
「ま、待てよ! 待ってくれよ!」
ルヴィン王子は惨めにも叫ぼうとする。しかし、周囲の領民がそれを許さなかった。遮るように領民たちが王子へと罵声を浴びせる。
「さっさと帰れ!」
「お前なんてシセさんには釣り合わねえよ!」
「惨めだよなぁ王子さんよ!」
雨のように降り注ぐ言葉に、ルヴィン王子は冷や汗を流す。なんとか言い訳を紡ごうとしている様子だったが、さすがの彼でも言葉を発することはできなかった。
悔しそうにしながら馬車に乗り込み、泣きそうになりながら御者に王都へ戻るように指示して逃げるように帰っていく。
私はそれを眺めながら、大きく息を吐いた。
これならもう、ルヴィン王子も関わってこないだろう。
「シセ……?」
ふとウェイド辺境伯が声をかけてきたので、小首を傾げてしまう。
「もう……手を離していいんじゃないか?」
「あっ」
ウェイド辺境伯は恥ずかしそうにするが、私も私で恥ずかしくなってしまって慌てて手を離した。ははは……まさかずっと手を握っていただなんて、私も気がつかなかったな。




