2.辺境へ行きます
王都から出ている馬車に乗り、私は辺境に向かっていた。行き先は特に決めていない。御者さんにお金を出して、この金額で行ける限りの遠い場所へとお願いしたからだ。
馬車内は静かで、のほほんとしていてなんだか落ち着く。
微かに当たる風がこんなにも気持ちいいと思ったのは久しぶりだ。
だけど……少し問題があった。
「君……どっかで見たことある気がするんだよね」
一緒に乗り合わせた、よくわからない男性がじっと私のことを見てきていたのだ。
私は全力で顔を逸らしながら、知らないふりをする。
「いや、やっぱあるよ。なんだっけ、いや、やっぱないかもしれないな」
ないのかよ。
私は苦笑してしまっていると、ふとちらりとその人を見てしまう。
金色の美しい髪に、青い瞳。細身でありながらも、腕からはほどよく筋肉がついているのが分かる。
正直、かなり顔はいいと思う。
少なくとも、よっぽどルヴィン王子よりかは良い方だ。
「そんなに見ないでください、気でもあるんですか」
私が言うと、男は慌てて訂正する。
「いや! そんなつもりは本当にないんだ! まあ……気のせいだったのかな。俺、顔覚えるの苦手なんだよね、はは」
そう言いながら、男は頭に手を当てて笑う。
「えーと、俺はウェイド辺境伯。この馬車が最後に着く場所の領主をしているよ」
ウェイド辺境伯……聞いたことがある。かなりの変わった人であり、王家からの評価は散々である。だが、領民からの評判はかなり高く……まあ王家から嫌われて左遷された貴族と言ったところだ。
どうしてそんな人がこんなところに……と思うが、大方王都に何かしら呼び出されたのだろう。
「でも、君はどうしてこの馬車に? 王都の人たちは、間違いなく乗らないから珍しくてね」
まあ、それもそうか。王都からウェイド辺境伯の旅行だとかは聞かないし、あったとしてもたまにある帰省程度だろう。
「えーと、ちょっと田舎で暮らしてみたくて」
「へぇ〜……にしては、荷物ないね。というか、ほぼ手ぶらに見えるけど?」
さすがは貴族と言うだけある。その辺りはかなり鋭いようだ。
私が押し黙っていると、ウェイド辺境伯ははははと笑う。
「なるほど、ワケありか! いいよいいよ、俺んとこの領民はそういうのが多いからね」
「ありがとうございます」
「礼儀いいねぇ嬢ちゃん。礼儀がいいのはいいことだ」
ずっと楽しそうに笑っているウェイド辺境伯。脳天気な人ではあるが、悪い人ではなさそうだ。
「ただ〜……嬢ちゃん、少し運がないね。多分何も調べずにうちの領地にしちゃったでしょ」
ウェイド辺境伯が申し訳なさそうに言ってくる。私は少し分からなかったので首を傾げた。
「いやね、最近うちの領地魔物が酷くてね。冒険者ギルドも必死に対応しているんだけど、少しばかりキャパオーバー気味で、対応が追いついていないんだ」
なるほど、そんなことがあったのか。王家で働いていると情報が入ってきそうではあるものの、国王が嫌っている場所は、そもそも途中で情報が止まって入ってこなかったりする。
つまり辺境伯領は今、かなりヤバイ状況と言ったところである。
ただ、それなら都合が良い。
恩を売るなら今である。
「それなら、私がなんとかします」
「え、え? いや〜さすがに嬢ちゃんじゃどうしようもない気がするけど……」
「まあまあ、大丈夫ですよ。ただ……一つだけお願いが」
「なんだい?」
私は冷静に伝える。
「ぐっすり眠れるベッドを用意してください」
◆
ウェイド辺境伯領に到着した私は、街のど真ん中に立って目を瞑る。
端では、ウェイド辺境伯が不思議そうに見守っている。
私は深呼吸をして、魔力を研ぎ澄ます。
そして——結界を発動する。
私の周囲から眩い光が満ち満ちて、私を中心にドーム状の結界が広がっていく。
「おおおお! これは……」
ウェイド辺境伯が感嘆を漏らす。
私は気にせず結界を広げ続け、ついには領地全てを覆うことに成功した。
私はくるりと振り返って、ウェイド辺境伯に終わったことを伝える。
「き、君……もしかしてあの……まあ、いいか。ワケありはいくらでもいるんだ。君は君として受け入れるよ。ここまでしてもらっちゃあ、何も言えないしね。歓迎するよ」
ウェイド辺境伯は優しげに手を差し出して、にこりと笑う。
私はウェイド辺境伯の手を握り、笑顔を浮かべる。
「ええ。ワケありとして、お世話になります」
こうして、私のセカンドライフが幕を開けた。