19.戦闘
「来いよクソアマ!! お前にできるならよぉ!!」
クソアマか……罵声を浴びるのは慣れているが、さすがにこの呼び方は初めてだ。ルヴィン王子を思い出すが、彼は最低限王子たる話し方をしていたのかもしれない。
ともあれ。挑発をされ、あまつさえ少年の身が危ないともなれば、遠慮や躊躇をする必要はなさそうだ。
「詳しい話はあとで聞かせて貰います。せいぜい、死なないように頑張ってください」
そう言って私は精神を集中させる。刹那、パッと私の足下に魔法陣が浮かびあがった。
「なっ……この女、魔法が使えるのか!?」
魔族は目を見開いて驚く。どうやら想定外のことであったようだ。とどのつまり、奴は今動揺を呈してしまっている。
ならばもう、敗北の心配はする必要ないだろう。
「《極天》」
刹那、魔族の足下にも巨大な魔法陣が浮かびあがる。同時に眩い光が魔族を包み込む。
「あ、あぐっ……皮膚が焼ける……あがっ!」
魔族が膝を付いて、少年を手から離す。同時にウェイド辺境伯が少年の方に駆けていって、すぐに抱きかかえてこちらに退避してきた。
ともあれ、私が使った魔法は光属性のもの。魔族には効果抜群であり、こんなものを浴びてしまったら肉体すらも崩壊してもおかしくはない。
しかしまあ、ここで殺すわけにもいかない。事情は聞いておかなければ今後に関わる。
私は苦しんでいる魔族に近づき、冷静に声をかける。
「どうやって結界を抜けて入ってこられたのですか? そもそも、どういう目的を持ってこんなことをしたんですか?」
魔族は苦しみ悶えながらも、歯を見せてにやりと笑う。
「へへっ……そもそも結界ができる前だよ。知っているだろう、この領地が魔物に脅かされていることをよぉ……?」
私は黙ってしまう。離れた場所から見ていたウェイド辺境伯も、言葉を聞いて黙ってしまっていた。だが、すぐに声を出す。
「つまりなんだ! 俺の領地に危険な魔物が出てくるようになったのも、貴様のせいだというのか!?」
魔族はケラケラと笑う。
「そうだとも! うちのボスが新しい領地が欲しいって言っててなぁ……! ただ、この結界のせいで俺は出られなくなったから……少しばかり『出る方法』を試そうとしていてね」
出る方法……そんなものはないはずだ。万が一無理矢理出ようとしたとしても、結界に負けて体がめちゃくちゃになってしまうはずだ。
「それがよぁ……この人間を攫った理由に繋がってくるわけだ。つまりだ、人の命を犠牲に結界に穴を開けようとしていたわけだっての!」
人の命を犠牲に……聞いたことがある。そもそも、私たちが使う魔法は誰が言ったか誰が決めたかも分からないが、暗黙のルールの中で使用している。
禁止事項として、たとえば神に逆らうこと。これもダメだ。
あとは……人の命を使うもの。これも禁じられている。
つまりこの魔族は、魔法倫理に反した魔法を発動しようとしていたことになる。
魔族でそんな動きがあったなんて……ひとまず、この魔族を捕らえて更なる事情聴取をするべきだ。
「分かりました。それでは、これからあなたを拘束させていただきます」
私がそう言うと、魔族は笑い出す。
「ばーか!! こっちも対策はしてんだよ!!」
魔族の腹に見たこともない魔法陣が浮かびあがる。
刹那、赤く輝いて魔族の体が爆発した。
私は咄嗟に衝撃を防ぐために防御魔法を発動する。
「……面倒くさいことになりそうですね」