表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『貼りついた感覚』  作者: 赤虎鉄馬
4/4

― 最終話「下から、見ている」



足の裏から剥がれない感覚は、もはや“皮膚”の一部になったようだった。


何度も医者に行った。MRIも、精神科も。

だが、誰一人として「異常」は見つけられなかった。

それなのに――あの“何か”は、確かに存在していた。


ペタ……ペタ……。


今日は、もう履き物すらいらなかった。

裸足で歩くほうが、逆に“しっくり”くる。

その感触があることで、自分がまだ“こちら側”にいる気がした。


 


久野紗英。

彼女は、あの日から行方がわからない。


バスルームに貼りついていた、あのフィルム状の痕跡を見つけた日からだ。

警察に言っても、監視カメラに映る彼女は、なぜか“ひとりで”部屋を出ていったとされていた。

だが、直人は見ていた。

彼女が“床に沈んでいった”瞬間を。


薄い、ゼリーのような膜に包まれて。


――いや、違う。


もしかすると彼女は、最初からこの世の存在ではなかったのではないか。


自分が出会ってきた「日常」は、すべて夢だったのではないか。


 


ふと、床を見た。


畳の隙間に、ひときわ濃い影がある。


近づくと、それは“人の瞳”のように、じっとこちらを見上げていた。


にちゃっ……


足が吸いつく音と共に、視界が揺れる。


直人は気づく。


もう何年も前に、自分は“落ちていた”のだと。


あの夜、最初に足の裏に違和感を覚えた日。

夢の中で、何かを踏んだ気がした。


それが、始まりだった。


 


「……来ると思ってたよ」


懐かしい声が、床下から聞こえる。


紗英の声だ。

けれど、それはどこか濡れて、どろりとした響きを持っていた。


「やっと、あなたも……こっちに来るのね」


 


直人は、ゆっくりと床に座り込んだ。


もう疲れた。

足の裏のあの感覚が、もはや唯一の“真実”に思えた。


彼は微笑んだ。

“それ”が、じゅるり、と音を立てて、彼を包んでいく。


 


最後に聞こえたのは、自分自身の声だった。


> 「……下から、見ているよ……ずっと、ずっと」




 


そして次の朝。


その部屋には誰もおらず、ただ、畳に貼りついた人間の“足の形”が、

薄く湿ったフィルムのように残されていた。



---


- 完 -





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ