― 第一話「足裏のフィルム」
第一話「足裏のフィルム」
朝、目覚めと同時に違和感は訪れた。
右足の裏に、何かが“貼りついている”感触。
皮膚に直接、薄いフィルムのような――透明な何かがべったりと張り付いている。
だが、目視では何も見えない。指でなぞっても滑らかな肌がそこにあるだけだった。
「……またか」
神谷直人は起き上がり、寝ぼけた目でカーテンの隙間から漏れる朝日を見た。
その光はやけに冷たく、部屋の中にあるものすべてを少し色あせて見せていた。
足を床に下ろす。
途端に、ぬるりとした感触が踵から伝わってきて、ぞわりと背筋が震えた。
歩くたび、ぺたり、ぺたりと微かな音がする。
目には見えないが、確かに何かが張り付いている――
それは皮膚ではなく、自分の“存在そのもの”に貼りついているような、不快な重さだった。
> (ああ、もう何日目だ?)
ここ最近ずっとこの調子だ。
違和感は日を追うごとに明確になっていき、
まるでそれが“自分の一部”のように、馴染んできている気がする。
だが直人はそれを、ただの気のせい、精神的な疲労のせいだと信じ込もうとしていた。
――風呂場に立つ。
湯を張ったバスタブの前に、ゆっくりと身体を沈めようとしたその時。
足裏が、ぬめる。
「……っ!」
浴槽の底で、何かが“動いた”。
いや、違う。動いたのは、自分の右足だ。
足裏が意志を持っているかのように、ずるりと滑る。
慌てて浴槽から飛び出すと、白いタイルの上に水滴が落ちた。
しかし、その水滴の形は……
“足跡”だった。
自分の足とは違う、小さな裸足の足跡が、
浴槽の中から這い出すように、じんわりとタイルの上に浮かんでいた。
直人の背筋が凍る。
その時――
> 「おかえり」
耳元で、女の子のような声が、囁いた。
はっきりと、鼓膜をなぞるように。
だが部屋には誰もいない。
浴室の鏡には、自分以外の姿は映っていない。
ただ、鏡の奥に――
濡れた“何か”が立っていた気がした。