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賢者の石②

 朝になり、事務所に神谷が出勤する。その時、車が置いてないことに気が付く。

「お二人とも、お出かけかしら?」

 事務所に入ったが、やはり姿は見えない。一条の部屋を覗いても、姿はなかった。それから、一時間程経ち、ようやく一条の車が車庫に入っていく。そして、二人が事務所に入ってくる。

「やあ、おはよう。神谷君。」

「おはようございます。お二人とも、どちらに…?」

 正装をしている二人の姿を見て、疑問に思う。

「実は、昨日は私の特別な日でねぇ。」

 言いながら、あるライターをチラリと見せる。神谷は、ああ、と納得し理解する。

「ここには、ストーカーが居ますものねぇ。お食事は?」

「もう、食べてきたよ。」

「解りました。なら、服を着替えて、お仕事の支度をしてください。」

 神谷は、手慣れたように言う。と言うか、すでに慣れた。



 天使の微笑みが手に入り、月夜はヒナコの屋敷へ足を運んだ。

「…て、まだそいついるの!?」

 当たり前のように、キースは月夜の後ろに立っていた。

「もう、気にする止めた。疲れるだけだから。」

「…そうね。で、今回が、その報酬。」

 ヒナコは、紙を月夜に渡す。なかなかの値段に、にっこりする。

「ありがとう!早速、皆に報酬の分け前を渡すよ!それと…。」

 言って、キースのほうを向く。

「お前にも、少しだけ分け前をくれてやる!」

 まさかの言葉に、キースは驚く。

「ま、マジでか…!?」

「一応、ドローンを回収して、得物を持ち帰ったからな。でも、仲間にしたわけじゃないからな!そこんとこ、ちゃんと…!」

「うっほぉ〜!!嬉しいぜぇ!調度、文無しだったんだ!!」

『話し、聞いてねぇし…。』

 こいつの性格も、徐々に理解出来るようになっていた。

「あのね、月夜。次の仕事の話しなんだけど…。」

 李が、めずらしく戸惑いながら言う。

「どうしたんだ?」

「今回の仕事、と言うより、シルバーに対しての挑戦状が届いているの!お宝は、"賢者の石"」

「!?」

 月夜が思いつくのは、ただ一人だった。

「ローズクイーンか…!」

 李が、頷く。

「彼女が、ある孤島の要塞に、賢者の石があるから、取りに来いって挑戦状をよこしてきたわ!」

「なるほどなぁ。二回も、捕り損ねたから、奪い合いをしたいってわけか!」

 月夜は、ニヤリと笑う。

「ええ。でも、その要塞、簡単に入れる場所じゃないみたい!兵隊たちが構えていて、いくつもの砲弾が完備してあるわ!」

「兵隊…ねぇ。じゃあ、殺し合いになるな!」

「殺し合い!?お前、そんな危険な場所に行って、わざわざ石一個をとってこようってのか!?」

 めずらしく、キースが心配そうに話しかけてくる。

月夜は、目を丸くする。そして、フッと笑って見せる。

「何度も、殺し合いはやってる。今更、なにを…。」

「お前、明らかにローズクイーンに命狙われているんだぞ!?それをわざわざ…!!」

「せっかく、あの女から挑戦状を送りつけてきたんだ。断ったら、怪盗の名に傷がつく!それに、ローズクイーンとは二度やりあって、対策は練ってある。問題ないさ。」

「じゃあ、受けるのね?」

 李が、心配そうに言う。

「ああ。で、場所と日時は?」


 月夜は、事務所に戻り、一条に告げる。

「え?また、遠くへ出張!?しかも、一ヶ月もの間…!?」

「あ、はい。今回は、長い期間になってしまいますが…。」

 月夜は、申し訳なさそうに言う。

「…そうか。」

 一条は、寂しそうに言う。

「仕方がない。それも、君の仕事なんだろ?こちらの仕事の心配はいらないから、くれぐれも気を付けて行っておいで!」

「はい。ありがとうございます!」

「いつ、ここを発つの?」

「明日には…。」

「急だなぁ!もう、肌寒い時期になってきた。くれぐれも、身体には気を付けるんだよ?」

「…はい。」

 言った後、自分の部屋へ行って、スーツケースの中に荷物を入れ始める。

『こんなに、長い期間一条さんと離れるなんて、いつ以来だろう…。やっぱり、寂しいな…。まさか、ローズクイーンが、一ヶ月の有余を提示してくるなんて…!それだけ、あの女が俺を利用してまで入りづらい場所なんだろうな。今回は、警察じゃなくて、拳銃を持った兵隊相手…。気合い入れていかねぇとな!』

 決意を新たに、月夜はスーツケースをバタンと閉めた。その日の夜。いつものように、一条と月夜は一緒に寝ていた。

「…君が、宇佐美氏に連れて行かれて以来だね。こんなに長く離れるのは…。」

 一条が、名残惜しそうに月夜の顔に手を当てる。

「そうですね。…正直、彰さんと離れるのは、とても寂しいです。こうやって、触れ合うことができないんですから…。」

「私もだよ。仕事でなければ、君を離したくない…!」

 一条は、月夜に熱い口づけをした。そして、二人は激しく抱き合った。もう、後悔のないように…。朝になり、スーツケースを片手に、コートを着て一条に挨拶する。

「…それじゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい…!」

 一条は、月夜がドアを閉めて姿が見えなくなるまで、目に焼き付けておいた。月夜は、事務所を後にする。

『命のやりとり…。だが、絶対にまたここに無事に帰ってみせる!!』

 月夜は、待っていた仲間のもとへ向かった。

「待たせたな。じゃあ、出発しようか…!」

「おうっ!」

 月夜が乗り、車は目的の場所へと向かうのだった。

            ※

 孤島の近くの介護施設。貞治の紹介で、月夜は隠れ蓑のため働いていた。

「ご飯ですよぉ、巌さ〜ん。お口を開けてください。」

 月夜は、口にスプーンを近づけると、おじいさんは口を開けてもぐもぐと食べ始める。

「月夜君。その人の食介が終わったら、こっちもお願い!」

「はぁ〜い!」

 施設で働き始めて調度二週間が経とうとしていた。外からは海が見え、例の孤島の姿も見えている。だが、風景を見ている時間などないほど、介護の仕事は忙しかった。

「ああ!小林さん、お茶零しますよ!」

「んあ?誰じゃあ〜?義男かぁ!」

「そ、そうですよぉ〜、お父さん!」

 適当に答える。と、不意にお尻を撫でる手が伸びてくる。

「いい〜っ!?」

 振り返ると、車椅子のおばあさんが居た。

「あんたぁ、良い男だねぇ〜。彼氏でもいるのかい〜?」

「やだぁ、久恵さん!月夜君は、男の子ですよぉ?彼女に決まってるでしょ〜?」

 職員のおばさんが、笑いながら答える。

「あ、ははっ…。」

 月夜は、苦笑いを返す。

『認知症、侮れねぇ〜…!』

「月夜く〜ん。ちょっと、トイレ介助手伝ってぇ〜!」

「はぁ〜い!」

 一日一日が忙しく、バタバタ駆け回っていた。

「ああ!橋本さ〜ん!花を食べちゃダメですよぉ!」

「月夜く〜ん。貞子さんをお部屋まで連れて行ってぇ〜!」

「あ、はぁ〜い!貞子さん、僕の手につかまってくださいねぇ。ゆっくり、立ちますよぉ?一二の三!」

「月夜く〜ん。それ終わったら、休憩に入っていいわよぉ〜!」

「分かりましたぁ!」

 ただただ毎日が忙しく、月夜はため息を吐いた。

「はぁ〜。介護って、こんなに大変だったんだなぁ〜…。」

『これじゃあ、考え事をしている暇もねぇや。』

 そこへ、休憩に来たホーム長が来る。

「ありがとうねぇ!宇佐美さんが手伝いに来てくれて、本当に助かってます!」

「あ、いいえ。僕なんて、ちっとも…!」

「介護の仕事って、人間相手にしているでしょ?だから、色々な利用者さんがいて、辛くて辞めていってしまう人が多いんです。認知症の人達は、増える一方!きりがない!若い人達の力が、本当に必要なんです。」

 ホーム長は、言ってため息を吐く。

『確かに、年寄りの人口のほうが多いもんなぁ〜。下の世話なんて、若いやつらが進んでやろうと思わないだろうし…。』

 月夜は、介護の大変さを身に沁みていた。

「でも、宇佐美貞治さんが、君を紹介してくれて助かりました!投資家の家の方に、手伝ってもらうのは心苦しいと思っていたのですが、思い切って相談して良かった!」

「お互い様ですよ!助け合って、宇佐美の会社と協力しあっているんですから!」

「ありがとう!短期間の間だけど、よろしくお願いしますね!」

「はい。僕で、力になるのなら!」

 貞夫が、色々な施設に投資していた気持ちが、少しだけ解る気がした。

「本当にありがとうね月夜君!男の人の力があると、心強いわぁ〜!」

 介護士のおばさんが、マジマジと言う。

「中には、暴力的な人も居るから…。今日は、助けてくれてありがとうね!」

 そう言ったおばさんの腕には、利用者のおじいさんから暴力を受けた痣が残っている。

「いいえ!…やっぱり、日常の生活の手伝っているのに、暴力を受けるのは嫌ですよね。助けているのに、暴言を吐かれたり、手を出されたり…。」

「…そうねぇ。時々、辛くなるわ。」

 おばさんは、痣を撫でる。

「月夜君。短期間と言わずに、長くここで働いてくれたら良いのに…。」

「すみません。僕、仕事を掛け持ちしているもので…。」

「そう、残念ねぇ〜。まあ、ぼやいても仕方ないわ。明日もよろしくね!」

「はい!」

「あ、時間になったわ!もう、あがってくれて良いわよ。お疲れ様!」

「お疲れ様です!」

 一日の仕事が済み、仲間がいる別荘へ帰る。その帰り道、海に浮かぶ孤島に目をやり、足を止める。

『…賢者の石。必ず手に入れてみせる!』

 別荘に戻ると、仲間が迎えてくれた。

「おうっ!お疲れ〜!」

 フューが、声をかける。

「マジ疲れたぜ、介護の仕事〜!安月給で、あんな大変な仕事してるおばちゃんたちの苦労がよく分かるぜぇ!俺には、介護の仕事向いてないわぁ〜!」

 言いながら、肩を回す。

「で、そっちの下見の守備はどうだった?」

「試しに、ドローンを飛ばしてみたが、兵隊に銃で撃ち落とされた。上からは無理だな。たから、バスクとキースが、外側と内側を下見してきた。」

「まずは、俺からだ。」

 言いながら、バスクが外面図をテーブルに広げる。

「下は、絶壁。東西南北に、三機ずつ砲弾が設置してある。その上に、四角い要塞が建っていて、狙撃兵が三人ずついる。四時間に一度ずつ、兵士が交代をする。夜になると、警備が厳しくなり、五人ずつ配置される。」

「ってことは、かなりの数の兵隊がいるってことか…。」

 月夜は、顎に手を当てる。

「次は、俺だ。」

 キースは、内部構図を出す。

「上の要塞は、兵隊がざっと三十五人程度いる。宿舎も、この要塞の中だけだ。そこから、下へと続く道が東西南北に別れている。」

 キースは、下の構図を広げる。

「まるで、迷路だな!」

「ああ。まさに、迷路だった。中には、行き止まりの道がいくつもあった。そして、お宝があるのは四カ所。入り口には、暗証番号を入力して開く扉になっている。お宝の下見もしてきた。」

 キースは、写真を四枚出す。

「お前、よく見つからなかったなぁ!」

 フューが、驚く。

「まあな!」

 キースは、自慢げに笑う。

「これは、四神の石像か…!」

 月夜は、写真を手に取る。

「ああ。青龍、白虎、玄武、朱雀の四神だ。お宝は、その四神の目玉についている。青龍は、青の宝石。白虎は、白の宝石。玄武は、緑の宝石。朱雀は、赤の宝石だった。一体、どれが"賢者の石"なのか?」

「決まってる。朱雀の赤い宝石だ!」

 月夜は、朱雀の写真を指指した。

「え?なんで、分かる!?」

「実際に、競売で李と本物の石の欠片を目にしたからだ。本物の賢者の石は、光を当てるとかなり凄い範囲の輝きを放ち、宝石の中には、脈うってる感じの振動がある。」

「そ、そうなのか!?初めて聞いたぜ!」

 キースが驚く。

「この四神を守っている兵隊が、こんなに居るってことは、今回はもしかして本物の賢者の石なのかもしれないな!」

 月夜は、胸が高鳴った。

「なるほどな…!ローズクイーンのやつ、俺たちをおとりにして、この朱雀の間に忍び込もうって算段してやがったか!」

 目的が、殺し合いだけではないことが分かり、月夜は、フンッと鼻で笑う。

「下見は済んだ。早速、明日…。」

「いや、ちょっと待ってくれ!」

 キースが口をはさむ。

「何だよ!?」

「明日、もう一度俺に潜入させてくれないか?」

「はあ!?なんで…!」

 皆、アングリと口を開ける。

「せっかくだから、朱雀のお宝だけじゃなく、他のお宝も手に入れようぜ!」

「また、なんでそんなリスクを抱えなくちゃいけないんだよ!?」

 月夜が、意見する。

「そうだぜ!大体、宝石が無くなれば、警備がもっと強固に…!」

 フューも意見する。すると、キースはある物をテーブルの上に出す。それは、宝石をかたどった偽物のガラス玉だった。

「お前、いつの間に…!?」

「潜入した時に、宝石のサイズを測って偽物を作ってみた。すり替えておけば、盗まれたことがバレずに済むだろ?それに、せっかく命がけで賢者の石を取り合うんだ!なら、収入は多いほうが良いだろ?他の三つのお宝も、手に入れておこうぜ!」

 まさかの考えに、皆唖然とする。

「…潜入がバレたら、お前責任とれるのかよ!?」

 フューが、声をあげる。

「心配ない!俺は、トレジャーハンターだ!実力のほどを、見せてやるよ!」

 言ったら聞かないことは、月夜はよくわかっていた。

「ったく…!好きにしろ。それじゃあ、決行は明後日だ!バスク、キース、俺の三人で乗り込む。いいな?」

「おうっ!」

 全員、気合いの入った返事を返す。その後、食事を済ませ、月夜は部屋に入った。

「月夜ぁ〜。先に、シャワー浴びさせてもらうわぁ。」

「ああ。構わないよ。」

 フューは、じゃあ、と部屋を出ていく。一人になった月夜は、一条に電話をかけることにした。

「あ、一条さん。」

「月夜君!そっちの仕事は、どう?うまくやってる?」

「慣れない介護の仕事で、クタクタです!今日なんか、介護士のおばさんに手をあげた利用者さんがいて、止めに入ったんですけど、認知症のおじいさん、まったく力を抜かなくて、年寄りがあんなに力があるとは思いませんでしたよ!おかげで、介護士のおばさんの腕に痣ができちゃって、…可哀想でした。」

 おばさんの痣を思い出して、月夜は少し落ち込む。

「そう。それは、大変だったね。君も、無理しないで、体には気を付けてね!」

「はい。…そっちの仕事は、どうですか?」

「こっちはね、今人気の歌手に脅迫状が届いてね、その犯人の捜索を依頼されてるとこだよ。今、調度テレビで歌ってるから、つけてみて。」

 言われるまま、テレビの電源を入れると、ある女性が歌を歌っていた。

「ああ。南由比ですか?」

 南由比は、今人気の歌手だ。プロの歌手になって、三カ月というスピード出世した人物だ。

「そう。今は、彼女の身辺に不審人物がいないかどうか、確かめてる最中だよ。」

「一気に人気が出ましたからね。嫉妬する人もいるんじゃないですか?」

「私も、そう思っているよ。だから、幾人かに的を絞っている。そう長くない日に、犯人を特定できると思うよ!」

「そうですか。一条さんも、あまり無理をしないでくださいね?」

「ああ。…。」

 急に、一条が無言になる。

「…一条さん?」

「…正直、君の居ない生活は、寂しいよ。家に帰って来ても、君の姿は無い。ベッドに寝ても、君の温もりを感じられない…。こんな生活、昔のことを思い出して嫌になるよ!」

「一条さん。…僕も、同じ気持ちです。あなたがいないと、とても寂しい…!」

「早く、仕事を終わらせて、帰ってきて!私の所へ…!」

「はい…!待っていてください、僕が帰るのを…!」

「うん。…愛しているよ、月夜…!」

 一条の言葉に、月夜はドキッとする。そして、嬉しくなり笑みがこぼれる。

「…はい。俺も、愛しています、彰さん…!お休みなさい。」

「ああ。お休み。」

 月夜は、電話をきり、スマホの画面を見ながら微笑む。

『彰さん…!きっと、無事に帰ってみせる!』

「愛してるぅ〜!」

 フューが、後ろで、ニシシッと笑いながら聞いていた。月夜は、ドキッとしてフューのほうを向く。

「う、うるへぇ〜!!」

 恥ずかしくなり、顔を赤くする。

シャワーを浴び終え、フューのベッドの横にあるもう一つのベッドで、月夜は眠りにつこうとしていた。フューは、イビキをかいて眠っていた。

『…あ〜。早く、帰りたいなぁ。仕事を早めに終わらせるために、頑張るしかないか…。』

 考えながら、いつの間にか自然と目は閉じていった。

            ※

 介護施設の仕事も、今日までとなっていた。

「なんか、少し寂しいわねぇ。」

「月夜君いると、なんだか若さの元気をもらって、仕事が楽しかったのにねぇ。」

「本当に、手伝ってくださりありがとうございました、宇佐美さん!」

 ホーム長は、手渡しで給料を渡す。

「短い間でしたけど、とても勉強になりました!仕事もやりがいがあったし!本当にありがとうございましたぁ!」

 月夜は、施設の人達に、深々と頭を下げる。姿が見えなくなるまで、皆手を振ってくれた。

『すごく、良い人たちだったな。』

 少し名残惜しくはあったが、本来の仕事に戻るため、その気持ちを断ち切る。

「決戦は、明日…だな!」

 海に浮かぶ孤島を見ながら、この景色も見納めだと思って足を止めた。いつものように、別荘に戻ると、一人を抜かして全員が待っていた。

「おうっ!今日まで、お疲れさん!」

 いつものように、フューが言う。

「おうっ!介護の仕事とも、お別れだな。この別荘とも、明日でおさらばだ!」

「なんか、すげぇ長い間お世話になったよなぁ。一ヶ月かぁ〜。」

 フューが言うと、皆が、うんうん、と頷く。

「それで、キースの野郎、本当に昼間から要塞に侵入しに行ったのか?」

「本当だ!試しに、ジェリーが作り直した小型のドローンを使って見張らせてみたんたけどよ、あいつ本当に計り知れねぇぜ!水の上を、走って絶壁まで到達しやがった!」

「水の上を走るぅ〜!?ははっ、さすが忍者だな…。」

 月夜は、顔が引きつる。奴の超人さが、身に沁みて解る。

「でよ、一度も兵隊に見つからず、サイレンも鳴ってなかったぜ!?もしかしたら、マジでお宝盗んで来やがるかもしれねぇ!」

 フューが、少し興奮気味に言う。

「あいつ、ほんとぉ〜に何者なのかねぇ〜?」

 ジェリーが、ドローンの映像を見ながら言う。

「どうした、ジェリー?」

「また、水上走って戻って来てるよぉ〜?」

「へっ…!?」

 全員が、映像を見て驚く。

「ま、マジだったのか…!!」

 月夜は、映像を見て驚く。

『確かに、こんな人間業、誰も思いつかない。兵隊も、気を抜いてしまうはずだ…!』

「あ、戻って来たぁ!」

 ジェリーの言葉の後、別荘の扉が開く。

「待たせたな、皆〜!」

「…お、おうっ…。」

 全員、唖然とする。

「ほら、得物ゲットだぜ!」

 キースは、三つの丸い宝石をテーブルの上に広げた。青い宝石、緑の宝石、白い宝石。

「や、やりやがった…!!」

 フューが、驚きの声をあげる。

「こいつぁ〜すげぇやぁ〜!!」

 ジェリーが、目を輝かせる。

「!?」

 宝石を見ていた月夜が、あることに気が付く。三つの宝石の中央に、黒い物が入っていた。

「…もしかしたら…!?おい、明かりを消してくれ!それと、ペンライトをよこしてくれ!」

「お?おう…。」

 フューは、月夜の言う通り明かりを消す。そして、バスクがペンライトを渡す。

「いいか。見ててくれ!」

 月夜は、三つの宝石にペンライトを照らす。すると、三つの宝石が物凄い光を放ち、中の黒い物が脈を打つように動き出す。

「ななっ…!なんだ、この光!?」

 その場にいた仲間が、眩しい光に片目を瞑る。

「ど、どういうことだ、月夜!?」

 フューが、問いかける。

「これ、全部"賢者の石"だ!本物は、赤い宝石だけじゃなかったんだよ!!」

「な、なんだってぇ!?」

 月夜の言葉に、全員が声をあげる。

「ローズクイーンのやつ、知らなかったな!?」

 月夜は、目を閉じながらライトを消す。それと同時に、フューが明かりをつける。

「…。」

 その場にいた全員が、驚きの事実を知り、言葉を失う。月夜は、フッと笑う。

「…キース…。」

「んあ?」

 月夜に、急に名前を呼ばれ、正気に戻る。

「ご褒美だ…!」

「!?」

 月夜は、キースの胸倉を掴み自分に引き寄せると、キスをする。

「んん〜!?」

 周りで見ていた三人が、アングリする。

「はあぁ〜…!!」

 月夜が手を離すと、キースは興奮のあまり、気を失いその場に倒れる。

「つ、月夜ぁ〜!?」

 月夜の行動に、フューが呆れる。月夜は、肩を震わせている。

「…フュー、バスク、ジェリー!俺たち、大金持ちになるぞぉ…!!あ〜っはははっは!!」

 月夜は、興奮のあまり、我を失い大声で高笑いする。

「大金持ちぃ〜!?」

 三人が、声を合わせる。

「賢者の石の欠片で三兆だったんだぞぉ!?形のちゃんとした、本物が四つも手に入れれば、百兆…!?いやぁ、千兆…!?もっとかもしれねぇ!!」

「おぉおおお〜!!」

 月夜の話しに、三人とも興奮する。

「こいつ、良い仕事しやがったぁあ〜!!」

 フューも、興奮で大声を上げる。

「変態も、使いようだねぇえ〜!!」

 ジェリーも、興奮する。

「こほんっ!…大金が入るのは、願ったりだ!!」

 いつもは冷静なバスクも、興奮して肩を震わせている。

「どうする?もう、ずらかるかぁ!?」

 フューが、月夜の肩に腕を回す。

「いやぁ。まだ、朱雀の宝石が残っている!俺も、早くずらかりたいのは山々だが、あの女との決着が残ってるしな!」

 興奮で、涙を滲ませた月夜は答える。

「同業者の挑戦状、無下にしたら怪盗の名が廃るからな!」

 ようやく、興奮が収まってきて、月夜は一呼吸おく。

「分かったよ!俺たちチームの実力ってやつを、見せつけてやろうぜ!」

 フューも、興奮を抑えながら言う。

「幸先良さそうだし、そろそろ飯にでもするか?」

「そうだな。明日の決戦に備えようぜ!」

「賛成〜!」

 ジェリーも、いつもの調子に戻る。

「今、持ってくる…!」

 バスクも、普段の顔でキッチンへ向かう。歩きながら、まだ肩は震えて密かに興奮していた。

 決戦前の食事は、高笑いが絶えなかった。お腹いっぱいになったところで、それぞれにシャワーを浴びる。

「先に、入らせてもらったぜぇ。」

 フューが、月夜に話しかける。

「おうっ。じゃあ、次もらうわぁ。」

 月夜も、一条に電話を掛け終えたところで、シャワーを浴びる。嬉しさMAXで、鼻歌を歌う。そこへ、先ほど気を失っていたキースが覗こうと忍び寄る。

「ぬふふふ〜!」

 だが、バスクが後から首を腕に巻き、防ぐ。

「毎晩毎晩、こりてねぇ野郎だな。」

「さ、最後の夜ぐらい…!」

 バスクに抑えられ、キースはバタつく。その横から、シャワーを浴び終えた月夜が、髪をタオルで拭き、鼻歌を歌いながら通る。

「つ、月夜ぁあ〜!!」

 キースは、届かない腕を伸ばす。夜中になり、懲りないキースは、フューと月夜の寝所へ忍び込む。

「ぬふふふ〜!」

 そして、月夜の上に乗り、服を脱ごうとする。だが、月夜から股に蹴り、横からフューの鉄パイプで頭に攻撃を受け、沈没する。

「ぐうぅっ…!!」

 そこへ、同室のバスクが首根っこを引っ張り連れて行く。

「最後の夜ぐらい、静かに寝かせろ。」

 バスクは、ため息を吐く。毎晩続いていた行為も、今夜で終わりだ。


 朝になり、荷支度を整えた。そして、日が沈むのを待って、全員準備をした。

「皆、準備はいいか?」

 シルバー装備をした月夜が、部屋の扉を開けて、全員いるダイニングへ姿を現す。

「ばっちりだぜ!」

 フューが答え、全員が頷く。

「それじゃあ、最後のミッションに行くぞ!」

「おうっ!」

 シルバーチームの実力が試される時が来た。

            ※

 クルーザーで孤島に着いた一行は、岩場に身を潜め、兵隊の交代時間を待つ。その間、ジェリーは、小型で黒いドローン数体を放ち、要塞の周りを囲ませる。そして、クルーザーの中にある映像を見ている。

「…後、五分だ。」

 バスクの横で、シルバーとキースが身構える。

「兵隊が、気を抜き始めたよぉ〜。」

 ジェリーが言う。

「絶壁に近づくなら、今だ!」

 フューが、通信で伝える。シルバーたちは、頷き足早に絶壁の壁下へと走って行く。三人たどり着いたと同時に、バスクが時計を見る。

「…後、一分。」

「他の兵隊が、やって来たよぉ〜。」

 ジェリーが伝える。

「今だ!」

 フューが言う。

「GO!」

 バスクの声と同時に、三人は絶壁の上を走って登る。

「交代だ!」

「はあ〜、やっと…。」

 気を抜き、会話をしている兵隊の急所に、クナイが投げ込まれる。

「なっ、なんだ…!?」

 戸惑っていると、次々と兵隊が倒れていく。

「敵襲だっ!敵襲〜!!」

 ようやく気が付いた残りの兵隊たちが、銃を構える。だが、三人が次々と要塞の中に入り、攻撃していく。バスクは、銃。キースは、クナイ。シルバーは、パワーグローブとスピードブーツの蹴り。東西北に残っていた兵隊が、騒ぎに気がつき、ようやくサイレンが鳴る。

「今更、遅いってぇの!」

 キースが、鼻で笑う。

「狙いは、南の朱雀の間だけだ!行くぞ!!」

 シルバーの合図で、一斉に絶壁の内側へと侵入する。キースの地図通り、迷路の道を走り抜けて行く。

「俺に着いて来い!」

 道を知り尽くしたキースが、先行する。その間、次々と兵隊が姿を現す。

「いたぞ〜!!」

銃弾がいくつも飛んでくる。それを避け、攻撃を繰り出していく。

「ぐおぉ〜!!」

「があっ…!!」

 兵隊は、次々と倒れていく。朱雀の間に近づくにつれ、兵隊の数が増えて行く。

「俺が、引きつけておく!」

 バスクが、銃で応戦する。その隙に、シルバーとキースは走って行く。

「ここだ!」

 キースが、合図する。

「今暗証番号を…。」

「必要ない!」

 シルバーは、パワーグローブで扉を砕く。

「ご、強引な奴だなぁ〜…。」

 キースが驚く。

「ローズクイーンが、いつ姿を現すか分からない。急ぐぞ!」

 朱雀の間に素早く入り、石像に近づく。そして、石像を壊して朱雀の目についていた宝石を手に入れる。

「やったな!」

「気を抜くのは、まだ早い!」

 シルバーは、足早に外へと向かう。

「得物を手に入れた!ドローンを用意してくれ!」

 イヤホンで、フューに連絡する。

「了解!ジェリー!」

「はいは〜い!」

 シルバーは、バスクのもとへ行く。

「引き上げるぞ!」

「先に行け!」

「分かった!」

 シルバーは、すぐさま従った。そして、要塞の上へと向かって行った。

「おい。奴を一人にして大丈夫なのか?」

 キースが、心配そうに言う。

「バスクは、何でも屋だって言っただろ?軍隊にも入ってたことがあるらしい。任せておけ!」

 シルバーが言い終えたと同時に、下から大きな爆煙が上がる。

「しゅ、手榴弾!?…お前たち、どこまで派手にやらかしてるんだ!?」

 キースが驚く。シルバーは、要塞の見晴らし台まで到達した。すると、どこからともなく、一つの銃弾が飛び交ってくる。バーン!という音と共に、近くの窓ガラスが一気に吹き飛ぶ。

「っ…!来やがったか!」

 シルバーは、身を壁に隠しながら上へと逃げる。激しい銃弾は、次々とシルバーを狙っている。

「俺への対策済みか!」

 シルバーは、ドローンが有る屋根の上へと逃げる。たどり着くと、そこには赤いタイツを着た一人の女の姿があった。

「やっぱり、俺を利用していたか。ローズクイーン…!」

 ローズクイーンは、銃を構える。

「得物を取得してくれてありがとう、シルバー!おかげで、手間が省けたわ!」

 シルバーは、フッと笑う。

「ショットガンとは、また物騒なおもちゃを持っているなぁ!女のたしなみか?」

「あの日々の屈辱、忘れた事はないわ!おかげで、逃げるのも苦労したわ!ここで、復讐してやる!!」

 ローズクイーンは、容赦なくショットガンを、放ってくる。

『くっそ!防弾ジョッキ着てても、体に風穴あけられちまう!!』

 シルバーは、銃弾を軽やかに避けていく。だが、ローズクイーンの射撃の腕は一流で、体をいくつもかすめていく。

『良い腕してやがる!急所を、何度も狙ってくる!』

 ローズクイーンの攻撃に、シルバーは防戦一方だった。すると、ショットガンの弾が切れる。その時を、見逃さなかった。

『今だ!!』

 シルバーは、スピードブーツの速度全開で、ローズクイーンの方へ近づく。

「かかったわね…!!」

 シルバーが、接近戦に持ち込むのを待っていたローズクイーンは、隠していたもう一つの銃を向ける。

「!!」

『散弾銃!?しまっ…!!』

 思ったと同時に、銃弾は放たれた。ドーン!!という銃声が響き渡る。シルバーは、目を閉じた。

『やられたか…!?』

 シルバーは、観念した。だが、少しも体が痛くないことに気づき、そっと目を開ける。すると、キースが自分の体の上にのしかかっていた。そして、キースの脇腹から大量の血が出ていることに気づく。

「!?」

ローズクイーンは、キースの登場に驚く。

「…お、お前!俺を庇って…!!」

 シルバーは、驚いて動かないキースを見る。その後、手にしていた賢者の石が、遠くへ落ちていることに気づく。

『しまった…!』

 そのチャンスを待っていたローズクイーンは、迷わず落ちていた賢者の石を手に取る。

「運の良い人。死ななかったとはねぇ。今回は、私の勝ちね!じゃあねぇ!」

 ローズクイーンは、素早くその場を去っていく。その姿を見送ることしかできなかった。初めての完敗だった。

「おい!キース!!」

 シルバーは、キースの体を上に向かせた。キースは、応答しない。

「バカ野郎…!!フュー聞こえるか!?」

「どうした!?」

「キースが、負傷した!バスクをすぐに呼んでくれ!!」

 シルバーは、自分のフードをキースの負傷した脇腹に押し当てる。

「くっそぉ!血が止まらない!!」

 動揺して、サングラスが下に落ちるかも気にしていられなかった。

「おい!おい!!キース!!この変態野郎!!目を覚ませ!!」

 月夜の応答に答えるように、キースは大きく息をする。

「キース!?」

「…あの、女は…逃げたか…?」

 言いながら、うっすらと目を開ける。

「そんなことはいい!いいから、しゃべるな!!」

 キースは、左手を上げて、赤い宝石を見せる。

「お、お前…!こんな時に…!!」

「あの女が持って行ったのは、俺が作った偽物だぁ。本物は、こいつ。すぐに、フューに言って回収してもらえ。」

 言った後、キースは再び意識が薄らいでいく。

「おい!目を閉じるな!!…なんで…!なんで、俺なんかを庇ったんだよぉ!?」

 月夜は、キースの体を揺らす。周りには、血がたくさん出ていた。血の気が薄らいでいくのを感じ、焦る。

「…言っ…た、だろ?命がけで…守るって…。お前の…おかげで、仲間の大切さ…ってやつを…教えてもらった。一緒に暮らした仲間たちとの生活…悪く…なかったなぁ。」

 月夜は、死の予感を感じ、顔が青くなる。

「…ちくしょ〜…!結局、…最後までお前を手に入れることはできなかったなぁ。トレジャーハンターの名が、泣くぜ…!」

 キースは、口から血を吐く。そして、血だらけの手で、月夜の頬に手を当てる。手が、とても冷たかった。そして、その手が下へ落ちる。

「バカ…野郎!こんな時に、冗談なんか言ってる場合かぁ!!フュー!フュー!!バスクは、まだなのか!?」

「今すぐ着くはずだ!!もう少し待って…!!」

「時間がねぇ!!早く、来てくれぇ!!」

 月夜の叫びと同時に、ようやくバスクが到着する。

「悪い!待たせたな!!」

「バスク!!早く見てくれ!!こいつ、俺を庇って、至近距離から散弾銃を浴びたんだ!!」

 バスクも、通信を聞いていて、急を要することを感じていた。そして、血だらけのキースの傍による。

「…ヤバいな!応急処置をしている時間も惜しい!すぐに連れて行くぞ!!」

「どういう手段を使っても良い!こいつを、助けてくれ!!」

「近くに、俺の知ってる闇医者がいる!そこへ、連れて行く!!お前は、得物を持って、仲間の元へ戻れ!!」

 バスクは、血だらけのキースを抱え、月夜に宝石を投げ渡すと、素早く行った。

『…また。人の死を、目にしなくちゃいけないのか…?』

 失望感が、月夜を襲う。

            ※

 月夜たちは、再び別荘に戻り、バスクの連絡を待っていた。あれから、三日が経っていた。

「…。」

 誰も、何も言わずに、テーブルに座っていた。月夜は、テーブルに両手を重ね、顎をついていた。

『もう、一ヶ月が過ぎちまうな。彰さんに、怪しまれるかなぁ?』

 と、月夜のスマホが鳴り、三人とも顔を向ける。電話は、案の定一条だった。

「…悪い。少し、席を外す。」

「おう…。」

 月夜は、寝室に行き、電話に出る。

「月夜君!?もう、一ヶ月以上経ってるけど、そっちの仕事、長引いているの!?」

「…彰さん…!」

 途端に、涙が溢れてきて、スマホを耳に当てながらその場に座り込む。

「月夜…!?」

 電話越しに、月夜の鳴き声が聞こえ、一条は心配する。

「一体、何があった!?」

「…どうしよう…!俺の仕事仲間が、大きな事故をしてしまって…!生死を彷徨っているんです!!それで…!!」

「え!何だって!?」

「今も、病院から電話が無いんです!俺を庇って、重症なんです!!」

「とりあえず、落ち着きなさい!…事情は、大体分かったよ。その仲間の無事を、祈ってあげなさい!」

 なきじゃくる月夜を、一条はなだめる。

「こっちの心配はいらない。その、大切な仲間の人に対して、後悔がないように…!」

『…後悔がないように。俺が、彰さんに言った言葉だ。』

「辛くなったら、いつでも電話をかけてきなさい。君の事情が落ち着くまで、ここで待ってるから…!」

「…はい…!」

「いつもの、冷静な君に戻りなさい!こんな時だから、尚更だよ?…大丈夫!?」

 月夜は、涙を拭う。

「すみません、弱音を吐いてしまって…!」

「今更、遠慮することはない。そういう、関係だろ?」

「そ、そうですね…!」

 月夜は、弱々しい笑みを見せる。

「こちらが落ち着いたら、また連絡します!ご迷惑おかけします。」

「いいよ。それじゃあ…!」

「はい、それじゃあ!」

 月夜は、濡れた顔を拭い、仲間の居るテーブルへ戻る。

「あの、探偵さんか?」

 フューが、質問する。

「ああ。俺が戻らない事を不思議がって、かけてきた。」

「お前は、先に送り届けても良いんだぞ?」

「こんな状態で、彰さんのもとへ戻れないよ!キースが大怪我したのは、もとはと言えば俺が原因なんだから…!」

「そんなに、自分を責めるな!俺たちは、仲間なんだから…。一人で抱え込むなよ!」

「フュー…。」

「そうだよぉ。なんか、いつもの月夜らしくない!もっと、冷静になりなよぉ!」

「ジェリー…。」

 二人は、フッと笑って見せる。

「…ありがとう!」

 三日振りに、月夜は笑顔を見せた。

「とりあえず、腹ごしらえしようぜ!」

 フューの提案に、二人はのることにした。と、そこへ、フューの使っている回線から連絡が来て、三人とも目を向ける。

「…もしかして…!!」

 回線の連絡者は、バスクだった。

「バスクか!キースの容体は!?まさか…!!」

 こんなに、早く連絡が来たということは、と三人とも胸騒ぎがした。だが…。

「心配するな。キースは、生きてる!」

「!?」

 まさかの言葉に、三人とも驚く。

「あいつ、あんなに深い傷を負っていたにも関わらず、回復傾向にある!散弾銃の弾を全て取り除くには苦労したが、奴の持ち物を調べたら、忍者の秘薬と言うのか、出血止めの薬が入っていた。それを、試しに飲ませてみたら、あんなに出ていた血が、一気におさまった!おかげで、輸血をしたら血の気もおさまって、手術の時も楽に終わった。キースは、山を越えた。もう、心配することはない!本当に、頑丈な奴だ!」

 バスクは、軽くため息を吐いて伝えた。

「分かった。後の事は、任せていいか?」

「構わない。アジトに戻ってくれ。俺は、しばらくは、コイツの世話をする。」

「…つ、月夜ぁ〜!チュー!チュー…!」

「…。」

 キースのうわ言が回線越しに聞こえてきて、三人は唖然とする。

「…なんか、涙流して損した…。」

 月夜は、額に手を当てる。

「本当に、しぶとい奴だねぇ〜…。」

 ジェリーは、かかっ、と笑う。

「了解!後のことは頼むぜ!」

 フューは、回線を切った。

「…だ、そうだぜ、月夜?」

 月夜は、安堵と奴の渋とさに、複雑な心境になる。

「死にそうだったってぇのに…。本当に、しぶとい奴だなぁ〜…!」

 フューが、驚く。

「バスクが傍に居るんだ。もう、心配するこたはないだろ。」

「忍者って、本当に計り知れないねぇ〜!」

 ジェリーも、ため息を吐く。

「じゃあ、腹ごしらえが終わったら、撤収だ!こことも、本当におさらばしようぜ!」

 月夜は、いつもの調子に戻って言う。

「そうしようぜ!」

 三人は、安堵してそそくさと支度をした。


 腹ごしらえを終えた三人は、車に乗った。

「帰ろうぜぇ!俺たちの住処に!」

「おうよ!出発〜!!」

 フューは、いつもの調子でアクセルを踏む。

『やっと、本当に彰さんのもとへ帰れる!!』

 月夜は、早速一条に電話をかけた。

「…えっ!一命を取り留めたの!?」

「はい!それで、他の友達が付き添いしてくれるから、僕たちは今から帰れることになりました!明日には、そちらに着きそうです!」

 月夜は、嬉しそうに言う。

「…そう。いつもの君に戻れて、良かったよ!」

「す、すみません!先ほどは、取り乱してしまって…。」

「いいんだよ!それより、何より笑顔で帰ってくる君を待っているよ!」

「はい!長期間、ご迷惑をおかけしました!月夜、すぐに一条さんのいる場所へ戻りますね!」

「ああ。楽しみに待ってるよ!」

 一条も、月夜の様子にホッとして答える。月夜は、スマホの電源を切ってから、胸に手を当てる。

『これで、本当に終わったんだ…!心置きなく、家に帰れる!』

 月夜の穏やかな表情を目にして、フューとジェリーはにっこり笑う。

「じゃあ、飛ばしますかぁ!!」

 フューは、アクセルをふかした。

 フューに、事務所の近くまで送ってもらい、月夜はキャリーケースを片手に足早で住処に向かった。

『久々に、彰さんの姿が見れる!きっと、心待ちにしていてくれている!そして、いつものように、力強いハグをして、お帰りって迎えてくれるんだぁ!!』

 気持ちがウキウキして、月夜は事務所の扉を思い切り開ける。

「ただいま戻りましたぁ!!一条さ…?」

 月夜の気持ちに反して、事務所に一条の姿は見えなかった。

「…あれ?一条さん…!?」

 月夜は、事務所の周りを見渡す。だが、どこにも気配が感じられなかった。

「あ、お帰りなさい、月夜さん!」

 キッチンから、コーヒーカップを持った神谷が姿を現す。

「た、ただいまぁ…。ねえ、一条さんは…?」

「先生は、お仕事で今は南由比の事務所に行っています。なんでも、脅迫状を出していた犯人が特定出来たらしくて。」

「へぇ〜。そうなんだ…。」

 とてもがっかりして、荷物をゆっくり床に置く。月夜の落胆した表情を見て、神谷は苦笑いする。

「月夜さんも、長い出張で疲れていらっしゃるでしょ?コーヒー入れますから、荷物を部屋に置いてきてください!先生も、夕方には戻られると思いますよ。」

「…分かった。ありがとう。」

『ってことは、夕方まで会えないのか…。』

 月夜は、荷物を持ち直し、ゆっくりと自分の部屋へ歩いて行った。荷物をかたし、事務所のソファーで神谷の入れたコーヒーを少しずつ飲みながら、ボーッとする。

「ニャア〜!」

 そこへ、茶々が、やって来る。久々の茶々の姿を目にして、月夜は微笑む。

「ただいまぁ〜茶々!良い子にしてたかぁ?」

 頭を撫でてやると、嬉しそうにスリスリ月夜の手にこすりつけてくる。そんな、無邪気な茶々の姿を見て、心がホッとする。神谷は、いつものようにデスクワークをして働いている。その横顔を見て、月夜はある事に気づく。

「あれ?神谷さん、めずらしく化粧してるね。」

「えっ?ああ、ちょっと…。」

 神谷は、少し照れながら視線を逸らす。

「もしかして、良い人でも?」

 月夜は、ニヤリと笑って見せる。

「ま、まだ、付き合い始めたばかりです!友達に、紹介してもらって…。」

「へぇ〜。上手くいくといいね!」

「え、ええ。まあ…。」

 神谷は、耳に髪をかきあげる。耳には、花柄のピンクのピアスがしてあった。

『交際は、順調みたいだなぁ!』

 そんな考えをしていると、事務所の電話が鳴る。神谷は、素早く電話に出る。

「はい。こちら、一条探偵事務所…。あ、先生?」

 一条の名前が出て、月夜はドキッとする。

「…はい。はい、分かりました!月夜さん、テレビつけてください!」

 緊迫した口調で、神谷が月夜に言う。

「え、ああ。」

 月夜は、言われるまま、テーブルに置いたあったリモコンのボタンを押す。すると、あるニュースが流れていた。

「ー 現在、歌手の南由比さんに脅迫状を送っていた二十一歳の男が、一人を人質にとり、事務所の一室に立て籠もりをしています。」

「た、立て籠もり!?」

 月夜は、驚いてテレビを見やる。

「…はい、分かりました!先生も、無理をしないでくださいね!」

 神谷は、電話を切る。

「どうやら、先生が目星をつけていた男が、犯人だったみたいです!それで、一緒に来た警察の方たちが取り押さえようとしたところ、ポケットからナイフを取り出して、一人の事務所関係者を人質にとって、南由比を辞めさせろと、要求してきているそうです!先生も、犯人を説得するそうです。」

『彰さんも、帰って来て早々、大変な事件に巻き込まれているんだな…!』

 自分の事しか考えていなかった月夜は、少し反省する。理想ばっかり考えていた事に、少し恥ずかしく思う。一条の仕事を、もっと理解しておくべきだった。


 男は、ナイフを人質の首に当て、一室で立て籠もっていた。

「俺の要求通りにしろ!あの女を辞めさせろ!!さもないと、こいつを殺すぞ!!」

 警察が、ドア越しに説得を続ける。そこへ、一条がやって来た。

「私が、彼を説得しましょう。もとはと言えば、私が彼を追い込んでしまいましたから。」

「一条探偵…!」

「雅夫さん、開けますよ。」

 言いながら、一条はドアを開ける。

「い、一条さん!?」

 周りにいた警察が驚く。

「は、入って来るな!」

 一条は、構わず部屋の中に入る。

「ち、近づくと、この女を刺すぞ!」

「あなたは、出来ない。」

「!?」

「あなたは、とても心の優しい人だ。人を傷つけることなんてできない!」

「な、何を知ったようなことを…!この探偵風情が!!」

 言いながら、雅夫のナイフを持つ手は震えていた。

「あなたの部屋から、いくつもの歌詞を見つけました。」

 言いながら、一条は紙を持ち、本人に見せる。

「…どれも、良い詩だ。人の苦労、失望、勇気、嬉しさ、悲しさ、どれも心に残るものばかりだ。」

「う、うるせぇ!そんなこと言っても、俺の心は…!」

「歌手にこだわる必要はありません。人には、それぞれに合った仕事がある。私も、若い頃から職を転々として、苦労しました。今の職業にたどり着くまで、二十年かかりました。雅夫さん、あなたはまだ若い。せっかくの才能を、無駄にしてしまうんですか?人の人生なんて、短いものです。無駄な時間を過ごしている暇はありませんよ?」

「あ、あの女、俺の歌詞見て、才能が無いって抜かしやがったんだ!ろくに苦労もしていないのに…!なのに、今はテレビに出るほど人気がでやがったんだ!許せねぇんだよ!!」

「はっきり言いましょう。南由比さんは、歌声は素晴らしいが、人の心に響く歌詞は書くことが出来ない!南さんは、あなたの歌詞無しでは、上がりつける事が出来ない!彼女も、まだ十代で若すぎる。あなたの実力を、分かるはずがないでしょう。年上のあなたが、理解出来ないでどうするのです?どんなに、恨み辛みをぶつけたところで、気は晴れませんよ。脅迫状を書く時間を費やすよりも、才能のある、人の心に響く歌詞を一生懸命書いていたほうが有意義だとは思いませんか?」

「!!」

「犯罪を重ねて、罪を重くしてしまったら…。捕まって、せっかくの時間を無駄にしてしまったら、有名なライターになるチャンスを逃してしまいますよ?」

「お、俺の歌詞になんて、共感する連中なんていやしない!いくら、書いても…。」

「そうでしょうか?私は、確かめるために由比さんのファンである人たちの書き込みを見ました。もちろん、由比さんの歌唱力を評価するものは多かった。だが、あなたの歌詞を、称賛する声も多かった。(心に響いた)(歌詞に共感した)(感動して心が熱くなった)など、実際のところ、歌詞に対する評価はとても高い。あなたの歌詞のファンも多いです、由比さんの実力を逆恨みするよりも、自分の実力を見せつけて、見返してやろうという気にはなりませんか?」

「っ…!」

 雅夫は、ナイフを、握っていた力を緩める。

「まだ、間に合います!自分の才能を疑ってはいけません。どんなに辛い時にも、支えてくれる人たちがいるのですから…!」

「…。」

 一条の説得に、雅夫は人質を捕まえていた手を放した。

「今だ!確保!!」

 後ろで聞いていた警察が、素早く雅夫を取り抑える。だが、彼はもう抵抗することはなかった。そして、一条の横に来て、足を止める。

「探偵さん。俺、まだ間に合うでしょうか?」

「ええ。十分に間に合います!あなたにも、大切な人がいるでしょう?」

「は、はい。大切な、彼女が一人…。」

「あなたの家に行った時に、彼女に会いました。とても心配していて、私に協力してくれて、あなたが書いた歌詞を渡してくれました。とても、心の優しい人だと…。その人との愛の歌詞を、書いてみてくれませんか?」

「…探偵さん…!ええ、独房の中でも、心に響く歌詞を書いてみます!」

「楽しみにしています!」

 一条は、微笑んだ。雅夫も、フッと笑う。そして、警察に連れて行かれた。


 事務所で、月夜はずっとテレビを眺めていた。

『彰さん…。大丈夫かなぁ?』

 すると、テレビで報道が流れる。

「ー ただいま入ったニュースです。事務所に立て籠もっていた男が、たった今警察により確保されました!あ、今その犯人が出てきました!」

「!?」

 月夜と神谷は、画面に見入る。LIVE映像が流れ、男が頭に上着をかけられて、手に手錠をかけられて建物から出てきた。一斉に、カメラのフラッシュがたかれる。

「…終わったんだ…。」

 月夜と神谷は、フウッとため息を吐く。テレビ画面がパトカーを映した後、ニュース画面は建物を映す。アナウンサーが、事件の詳細を話していた。その後ろで、建物から出てくる一条の姿が映る。

『あっ、彰さん…!』

 テレビ越しだったが、一条の姿を久しぶりに目にし、月夜はドキリとする。しばらく経つと、事務所の電話が鳴る。神谷は、デスクに戻り電話に出る。

「はい。一条探偵事務所です。先生!今、テレビ見ました!うまくいったんですね!?え、月夜さんですか?代わりましょうか?」

 神谷は、月夜に受話器を渡す。月夜は、少し緊張して、一度受話器を見てから電話に出る。

「はい、月夜です。」

「あ、月夜君?ごめんね、仕事で事務所に居られなくて!迎えてあげたかったんだけど、急をようしたものででねぇ〜!」

「テレビで見てました。大変だったみたいですね!」

「フウッ、まあね。犯人を説得するのに、走り回ってた!」

「お疲れ様でした!気を付けて、帰って来てくださいね!」

「ああ。すぐに戻るよ!待ってて!」

「はい。」

 月夜は、笑顔で受話器を置いた。

「先生、すぐお戻りに?」

「うん。そう言ってた!」

 神谷は、クスリと笑う。

「良かったですねぇ!もうすぐ、会えますよ?」

「う、うん…!」

 月夜は、少し照れながら視線を下に向ける。


 電話が鳴ってから、一時間以上経っていた。もう、日が傾いている。

「一条さん、遅いなぁ。」

 時間は、後五分で五時を指すところだった。すると、事務所の車庫へ一台の車が入っていく音がした。

「あ、帰って来たみたいですよ?」

 神谷が言う。それを聞いて、月夜はうずくまっていた頭を上げる。事務所の外から、急いで階段を駆け上がる音がし、思い切りドアが開け放たれ、息を切らした一条が姿を現す。

「あ、先生。お帰りな…。」

 神谷が言い終わる前に、月夜はソファーから立ち上がり、一条の元へ走っていく。入り口に立っていた一条も、月夜のほうへ足を進める。そして、二人は何も言わず強く抱き合った。傍で見ていた神谷は、フッと笑い、荷支度を整えてそっと事務所の出口へ歩いていく。

「明日は、私休暇を取りますので…。お二人とも、ごゆっくり。」

 言って、ドアを閉めた。二人は、しばらくそのままの状態でいた。

『ああ〜。懐かしい彰さんのコロンの香り。あったかい温もりだぁ〜!』

 月夜は、一条の胸にギュッと顔をうずめる。

「…お帰り、月夜…!」

「…ただいま、彰さん…!」

 お互いの存在の大きさを感じながら、抱き合う力を込めた。

「ごめんね、遅くなってしまって…!これでも、急いで駆け付けたんだけど、こう言う時に限って、仕事が長引いてしまったね…。」

「ううん。俺の方こそ、待たせちゃってごめんなさい…!早く、仕事を終わらせて、彰さんの所へ戻ろうと思ったんだけど…。」

 二人は、ゆっくりと手を緩め、見つめ合う。

「今夜は、放さないよ…!」

「うん…!」

 我慢していた気持ちを吐き出すように、二人は熱い口づけを交わした。


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