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校長先生の試練と、次の”デバッグ”!

 森の木立が少しずつ切れ、視界が開けた。その先には、高い石壁に囲まれた壮麗な建物がそびえ立っている。これがリリアの通う魔法学園だ。三日間かけて馬車に揺られ、ようやく辿り着いた目的地でもある。高く伸びた尖塔には蔦が絡み、石畳の道は古い歴史を物語るように深く磨耗していた。思わず息を呑んで横を見ると、リリアは表情を固くしたまま、大きな門をまっすぐ見据えている。


 馬車から降りると、門の左右には、重厚な鎧に身を包んだ騎士が立っていた。金属製の甲冑には魔力で刻まれた紋章がいくつも光り、厳重な警備態勢であることがうかがえる。門番の一人がこちらに歩み寄ってきた。


「学生証を提示願います」


 低くよく通る声。リリアは鞄から金属製の板を取り出し、差し出した。それが彼女の学生証らしい。門番はそれを一瞥してから、今度は俺に視線を向ける。


「そちらの男性は?」


 リリアがわずかに言いづらそうに口を開いた。声が少し震えているのは、退学寸前という立場を思い出したからだろう。


「わ、私の監督役です。校長先生からも一応は話が通っているはず、です……」


 門番は怪訝そうに俺を見つめ、やがて相棒の門番と目配せを交わす。


「……確認は取れているが、詳しいことは知らない。とにかく通りなさい。すぐに校長室へ行くように」


 門がゆっくりと開いていく。向こうには広々とした中庭があり、中央の噴水からはきらきらと水が吹き上がっていた。けれど、リリアはさっきまでのやり取りが気になるのか、ちらりと門番を振り返る。


「……妙ね。なんであんなに警備が厳重だったのかしら」

「いつもはそうでもないのか?」

「門に騎士が立っているなんて見たことがないわ。学生証のチェックなんて今までなかったし……そもそも門は開けっ放しだったもの」


 俺たちは首をひねりつつも、足を踏み出した。中へ一歩入ってみると、厳重な警備体制とは打って変わって、想像以上に穏やかな空気に包まれている。

 石造りの校舎や、ところどころに施された装飾品はまるで中世の豪邸のようで、正直ちょっとワクワクしてしまう。


 しかし、生徒たちのいるエリアに近づくと、空気が一変した。ひそひそとした視線が全身に突き刺さる。大人の男がリリアと並んで歩いているのだから、そりゃ目立つだろう。しかもリリアは退学処分寸前で有名らしく、あちこちから好奇の囁きが聞こえてくる。


「帰ってきたんだ……でも、あれじゃあもう……」

「あの男の人は誰? 変な服……」


 リリアは聞こえないふりをして足を速める。肩がわずかに震えているのを見て、声をかけるべきか迷ったが、かえって彼女を追い詰めそうな気がして踏みとどまった。とにかく急いで校長室へ行くしかない。


***


 石造りの校舎へ入ると、壁には色鮮やかなステンドグラスや繊細なレリーフが施されていた。高い天井の梁からは教会のような厳かな雰囲気が漂い、重厚な扉や螺旋階段がどこまでも続いている。まるで迷宮のようだ。


 リリアは慣れた足取りで階段を上がり、奥まった廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まった。「校長室」と刻まれたプレートが掲げられている。


「……行くわよ」


 リリアが振り返り、小さく息をついてから扉をノックする。中から「どうぞ」という柔らかながら芯の強そうな声が返ってきた。


 重い扉を開けると、広々とした部屋に本棚や机がきれいに並び、多くの魔術書が整然と収められている。その中央に置かれたデスクの向こうで、銀色の髪を上品にまとめた年配の女性が静かに立ち上がった。落ち着いたローブを纏い、透き通るような眼差しでこちらを見つめてくる。この学園の校長、コルネリア先生だ。


「リリア。戻ってきたのね」


 柔らかい声音に、リリアはぺこりと頭を下げる。だがその声の裏に何かを感じるのか、リリアの肩が微かに震えている。


「は、はい……。ご無沙汰してしまいました」


 続いて、コルネリア先生の視線が俺へと向けられる。一見穏やかだが、どこか鋭く観察するようなまなざしだ。


「はじめまして、校長のコルネリアです。あなたが“リリアの保護者”を務める方ね? お名前は?」


「後藤亮太です。リリアのおばあさんから頼まれて、リリアを監督することに……」


 最後まで言い終わらないうちに、コルネリア先生は静かに首を振った。


「失礼だけれど、見たところあなたは魔法使いではないわよね? リリアとはどういったご関係で?」


 その言葉からは、はっきりとした疑念がうかがえる。俺は戸惑いを覚えながらも、正直に答えるしかなかった。


「ええ、魔法は使えませんし、親族でもありません。もとは別の世界……いえ、別の国で技術職のような仕事をしていました」


 この説明ではピンとこないだろうが、嘘を言うわけにもいかない。俺の曖昧な言葉に、コルネリア先生は軽く息をついて渋い表情を見せた。


「そう。魔力の素養がない方が、保護者としてふさわしいかどうか……正直、わたくしとしてはかなり疑問だわ。リリアが問題を起こしたとき、あなたは適切に対処できるのかしら?」


 穏やかな口調とは裏腹に、鋭い眼差しには厳しい批判がこもっている。横目でリリアを見ると、彼女は不安そうに眉を寄せていた。だが、ここで引き下がったらリリアの退学はほぼ決定してしまう。何とか言葉を探して返事をする。


「たしかに魔法そのものは使えませんが、リリアが唱える呪文の構造に“不具合”がないかを見極めることなら、多少はできると思います。森で魔法が暴走したときも、呪文を“修正”して成功させた経験がありまして……」


「……呪文を”修正”ですって? あなたが?」


 コルネリア先生は驚いた様子で何事か思案している。そして再び、静かながらも毅然とした口調で言い放った。


「……リリア、もしやあなた、また呪文を無断で改変していたのかしら?」


 その言葉に、リリアは恐る恐る答える。


「……は、はい。教科書通りだとどうしても上手くいかなかったから……」


 コルネリア先生は、呆れたように言葉を返した。


「何度も言ったはずです。呪文の改変は危険だと。魔法が上手くいかないなら、呪文ではなく、自分自身を変える努力をしなさいと」


 どうやら俺がとっさにリリアの呪文を“修正”したのは、本来とても危険な行為だったらしい。とはいえ、コルネリア先生はそれ以上強く咎めず、代わりに俺へ向き直る。


「……なるほど。それでゴトーさんは、リリアの呪文を教科書通りに直してあげた、という訳なのね」

「いえ、俺には魔法の知識がないので、それはできません。呪文の構造を読み解いて、自力で修正しました」


「構造を読み解いて……修正? まさか、そんなこと……」


 しまった、と思ったが、コルネリア先生はそれ以上追及してこない。素直に話したのがかえって功を奏したのかもしれない。しばらく考え込んだ後、先生は言葉を選ぶように口を開いた。


「……とにかく、魔法の知識のないあなたを、簡単に“保護者”として認めるわけにはいきません。――そこで、テストをさせていただきます。リリアとあなたに、ね」


「テスト……ですか?」


 リリアが不安そうに問い返すと、コルネリア先生は机の上に置いてあったコップを2つ、ゆっくりと並べ替えた。片方には水が入っていて、もう片方は空っぽだ。


「リリア、あなたには今ここで“水の呪文”を使ってもらいます。こちらに入っている水を、もう一方のコップへ移す。それだけよ。ただし、呪文を正しく制御できなければ失敗するでしょうね」


 一見簡単な指示だが、リリアの顔はみるみる青ざめていく。暴走続きの魔力を自分でうまく扱える気がしないのだろう。


「で、でも先生……私、このところ呪文の暴走が続いていて……」


「知っています。だからこそ試してほしいの。失敗すれば、今度こそ本当の退学。ゴトーさんの保護者資格も無しです。――逆に成功すれば、あなたとゴトーさんを認めましょう」


 あまりにも厳しい宣告に、リリアの肩がさらに震える。思わず俺は口を挟んだ。


「先生、リリアが呪文を使う際、俺がサポートしてもいいんですよね?」


「もちろん。今回のテストは、“ゴトーさんがリリアを正しく導けるか”を見る目的もあるのですから。それと、1回で成功しなくても構いません。水が無くなるまでに、一度でも移せれば合格としましょう」


 リリアが不安そうな目でこちらを見上げる。俺はできるだけ穏やかな声を心がけて言った。


「大丈夫、やってみよう。最初から完璧にやらなくてもいい。一緒に”デバッグ”をして、少しずつ調整していけばいいんだ」

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