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●第八章 永遠の白

 1912年2月末、スコット隊の帰還が近づいていた。


「あと三日で基地に到着の予定です」


 メイヤーズの報告に、雪絵は深くため息をついた。

 歴史は、確実に変わっていた。


 予備のデポ地点の設置。

 改良された通信システム。

 そして何より、現代の気象学の知識を活かした的確な予報。


 それらが組み合わさって、歴史上の悲劇は避けられたのだ。


「シンプソン博士!」


 通信室から、興奮した声が響いた。


「スコット隊が見えました!」


 雪絵は急いで外に出た。

 吹雪の中、かすかに人影が見える。

 歴史的な探検の終わりが、近づいていた。


 その夜、キャサリンへの最後の手紙を書いた。


「親愛なるキャサリンへ。

 あなたの研究は、必ず人類の未来に大きな影響を与えるでしょう」


 ペンを走らせながら、雪絵は現代の知識と、この時代での経験を、慎重に言葉に織り込んでいった。


「地球は、私たちが想像する以上に繊細なシステムです。

 そして、人類の活動は確実にそれに影響を与えている。

 この事実を理解し、適切な対策を講じることは、我々の世代の責務なのです」


 手紙の最後に、こう記した。


「科学には、性別も国境もありません。

 そして、真実を追究する勇気は、時として歴史を変えることさえある。

 あなたの研究が、人類の未来への道標となることを、心から願っています」


 手紙を封筒に入れながら、雪絵は窓の外を見た。

 オーロラが、より一層鮮やかに輝いている。


 その時、突然、強い眩暈に襲われた。

 意識が遠のいていく。

 最後に見たのは、空一面に広がる極光の光……


●エピローグ 未来からの記録


 2024年、南極・昭和基地。


「これが、シンプソンの残した気象データですか?」


 野村雪絵は、古い観測記録のデジタルアーカイブを見つめていた。


「はい。彼の記録は、現代の気候変動研究にも重要な示唆を与えているんです」


 同僚の研究員が熱心に説明する。


「特に興味深いのは、この時期の異常気象の予測と対応です。当時としては、驚くほど正確でした」


 雪絵は、不思議な既視感を覚えながら、データに見入った。


「そうそう、もう一つ面白い史実が」


 同僚が、古い手紙のコピーを見せてきた。


「シンプソンは、女性研究者のキャサリン・ウェストブルックと頻繁に文通していたんです。彼女は後に、産業革命と気候変動の関連性を初めて指摘した研究者として知られています」


 雪絵は、懐かしいような、不思議な感覚に包まれた。


「実は私も、アマチュア無線をやっているんです」


 そう言いながら、雪絵は基地の窓の外を見た。

 オーロラが、静かに瞬いている。


 それは、まるで百年以上の時を超えた、科学者たちの対話のようだった。


 基地の観測機器が、新しいデータを記録し続けている。

 過去と未来をつなぐ、氷の方程式を解くために。


                          (完)



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