●第六章 運命の分岐点
1911年12月、南極の夏は最盛期を迎えていた。
しかし、気象データは異常な寒さを示していた。
「これは、1912年に記録された異常気象と同じパターン……」
雪絵は、歴史的な記録と目の前のデータを見比べていた。
あの時、スコット隊を襲った寒波の前兆。
しかし今回は、準備がある。
「Dr. Simpson、アムンセン隊からの通信です」
メイヤーズが報告書を手渡してきた。
ノルウェー隊は、予定通りのペースで南極点に近づいていた。
「了解した。スコット隊との通信は?」
「はい。最新の位置報告です」
地図上で二つの探検隊の位置を確認する。
歴史的な記録と照らし合わせれば、この後の展開は……
雪絵は、深い決断を迫られていた。
このまま歴史の流れに身を任せるのか。
それとも……
「メイヤーズ、緊急の通信を打ちたい」
雪絵は、慎重に言葉を選びながら電文を作成した。
「厳冬期の異常気象の可能性あり。予備のデポ地点への迂回を推奨」
これは、明確な歴史改変の試みだった。
しかし、人命を救う可能性があるなら。
その時、キャサリンからの手紙が届いた。
「シンプソン博士、あなたの前回の手紙について、さらに考察を重ねました」
手紙には、地球規模の気候変動に関する、より詳細な分析が記されていた。
「人類の活動が地球に与える影響を理解することは、我々の未来にとって重要な意味を持つのではないでしょうか」
雪絵は、椅子に深く腰掛けた。
キャサリンの洞察は、現代の環境問題の本質を言い当てている。
しかし、その予見的な研究を公表することは、歴史に大きな波紋を投げかけるはずだ。
「Dr. Simpson!」
突然の呼び声に、雪絵は我に返った。
「スコット隊から応答があります」
通信機から、かすかに音声が聞こえてきた。
「……補給ポイントの変更、了解。現在、予備デポに向けて進路を」
雪絵は、深いため息をついた。
歴史は、確実に変わり始めている。
その夜、キャサリンへの返信を書きながら、雪絵は考えていた。
科学者として、未来を知る者として、そして一人の人間として。
自分の選択は、正しかったのだろうか。
「親愛なるキャサリンへ。
あなたの研究は、人類の未来に重要な示唆を与えるものです」
手紙には、南極の最新データと、それが示唆する地球規模の変化について記した。
そして最後に、こう付け加えた。
「時として、真実を見出すことは、大きな責任を伴います。
しかし、その責任を引き受けることこそ、科学者の使命なのかもしれません」
基地の外では、極夜が明けた空に、オーロラが舞い始めていた。
それは、過去と未来が交錯する南極の夜空を、幻想的に照らし出していた。