書籍発売記念SS・帝国皇子の命令と辺境伯弟の悲哀2/2
辺境伯領の端にある宿駅で、僕は馬を降り、外套をとる。宿場役人に馬を預け、別の馬の鬣を撫でてやっていると、隣の男が軽く会釈した。手紙の配達人のような格好をしていて、寒さを凌ぐ外套の下の目は微笑むと同時に線のようになった。
「急ぎの用事ですか」
「あ、いえ。暗くなるんで」
「ああ、それは確かに。赤毛の熊が出てはいけない」
ノクティを名乗る符牒だった。これに対する受け答えは決まっている。
「用心のために、白いオオカミを連れたほうがいいですね」
「オオカミであれば雪に隠れる姿も見つけられましょう」
「お陰で椎の実を拾うのが怖くなりました」
間違いなかった。互いに馬を労わってやりながら確認を終え、もう一度口を開く。
「……隣家の鶏が番と喧嘩してしまったようなんです。鶏といっても、雛なんですけれど」
隣家はエーデンタール国、鶏は冠を戴く者、すなわち王。その雛となれば王子で、番は婚約者。直接は口にせずとも、ノクティであれば伝わるようになっている。
「幼い頃から一緒のところに住まわせていたんですが、番を追い出してしまって。理由はなんなんだろうと考えていたんです」
「それはきっと、別の番がいるからでしょう」
「いないはずないとは思いますが、だからって長年の番ですよ」
「年月はなにも心情を示すものではないじゃありませんか。かの雛鳥は雄鶏でしょう? 種の繁栄のために他の雌を求めることはおかしいことではない」
「保存でなく繁栄ですか?」
婚約期間は長いが、エーデンタール国の第一王子とロザリア様の仲は決して良くない。そして第一王子側から、種の保存という本能的な理由、つまり感情的な理由というよりは王家あるいは国の発展を理由としてあのロザリア様を追い出した。
「ええ。繁栄のためには血統が欠かせぬ、繁殖牝馬と同じです。かの雄鶏はかつての番、その個体よりも種としての血統にこだわったのでしょう。もっとも、新たな番には血統以上の価値も見出だせたのではないでしょうか」
はあ、なるほど。じゃ婚約破棄は事実で、血統重視の別の相手に乗り換えた。……そういえばエーデンタール国の第一王子は公爵令嬢と年が近いな。でも血統以上の価値があるってことは、公爵令嬢が例の神獣の守護も受けてるってことかもしれない。
「鶏って、番と喧嘩することもあるんですね。僕は初耳なんですけど、みんな知ってるものですか?」
「常識というほどではありませんね。しかし、世話をしていれば分かることでしょう」
婚約破棄はまだ知れ渡ってないけれど、隠されているわけでもない。そのうち知れることで、この情報の価値はもうすぐなくなる。となるとあのロザリア様って、結構やり手なのかもしれない。ラウレンツ様相手に情報戦を仕掛けたなんて。
「そういえば、その新しい番を見せつけるように歩いてる様子もあったような……」
「そうでしょうとも。とはいえ、雛のすることですから。親鳥が干渉してくる可能性もありそうですけどね」
王子が勝手に決めた婚約破棄で、王の意見は未定か……。もう少し詳しく知りたいところだけれど、ラウレンツ様はいま婚約破棄の事実だけを問題視しているし、ここまででいいか。
「ありがとうございます、参考になります」
「ご心配であれば知り合いを紹介しましょうか。鶏のことなら私よりずっと詳しい者がいますから」
「助かります。僕は主人の屋敷に戻らなきゃいけないんですけど」
続報は随時辺境伯家に届けてもらう、と。あーあ、ラウレンツ様、ゴールドクレスト一本じゃ割に合わないですよ。
「それはそれは。今晩中ですか」
「はい。用事を終えたので、これから戻るところです」
今のところはこれで充分です。そう伝えると、ノクティは「ご苦労様です」と頷いた。こちらこそ。
そうして来た道をもう一度走り、城に戻った。ラウレンツ様はよりによって小屋の中にいて、捜すのに苦労した。仮にも帝国皇子が掃除道具と一緒に立たないでほしい。
ラウレンツ様は窓から東の塔を見上げていた。ああ、そこから例のロザリア様を観察していたんだな。この人は自分の目で見ないと気が済まないところがあるから。
婚約破棄の事実とその周辺を伝えると、ラウレンツ様は軽く顎を引いて頷いた。
「そうか、ありがとう」
「……あの、なんでわざわざあんな面倒な方を連れてきたんですか?」
まだどう転ぶか分からないし、僕はそういう賭けみたいなことは苦手だ。訊ねると、ラウレンツ様は口元に笑みを穿いた。
「厄介事は利用価値の裏返しだ。彼女は使える」
「はあ。まあ、オオカミも可愛いですもんね」
僕はてっきり、ラウレンツ様があのロザリア様とオオカミに同情したのかと思った。どういう状況だったかまでは分からないけど、だって王子に婚約破棄されちゃったら居場所がないだろうから。拾ってあげないと飢え死にして可哀想って思ったのかなって。
ラウレンツ様は笑っただけだった。
「そうだな。お前ではないが、俺もあの可愛さは分かる」
ああ、また、本気か冗談か分からない返事だ。ラウレンツ様は合理と論理が全てみたいな顔してるくせに、たまに良心に理屈をつけるから。例えば僕が知る限りでは乞食を拾って職を与えていたこともある。誰もやりたがらない仕事だからちょうどいいなんて言ってたけど、それって冬の寒さを乞食に凌がせる方便じゃないんですかねーとか……。
あーあ、この人がただの悪逆非道な幼馴染なら無視できたのに……。はあ、と深い溜息をついた。
「じゃあラウレンツ様、私はこれで……」
「そう遠慮しないで、久しぶりに食事も一緒にとろうじゃないか」
「あのロザリア様との会話に同席させたいだけじゃないですか。やめてくださいよ、私は静かに暮らしたいんです……」
「ゴールドクレストなら食堂に置いておいた。さて、そろそろ食事の時間だな」
ラウレンツ様が小屋の外へ足を向ける。ああ――食堂にゴールドクレストを受け取りに行けばそのまま食事が始まるのだ。タイミングまで見計らって、なんて最低なラウレンツ様。
本当に、この人のこと苦手だ。この人に雇われるあのロザリア様も、可哀想に。心の中でそっと同情した。
書籍は本日発売です! よろしくお願いいたします。
続きも早く始められたらいいなと思ってます……。




