4.笑い上戸と惚気話
エリザベート様は、ニコラウスの口上ですっかりご機嫌の笑い上戸になっていた。
「いやですわ、ニコラウス様。あなたのお母様に等しい年齢の女性を捕まえていうことではありません」
「いえいえエリザベート様、本心でございます。最初に見たときはまさかご夫人とは思いもよらず」
私とエリザベート様も仲が良かったはずなのに、ニコラウスにすっかり奪われてしまった。ニコラウスのよく回る舌はいまに始まったことではないので、驚くことではないのだけれど、ちょっと複雑だ。
エリザベート様はカトラリーが転んでもおかしいかのように、笑い過ぎて肩で息をしてしまいながら、紅茶のカップを口に運んで一息つく。そこへ、ニコラウスがさらに畳みかけた。
「しかし、エーデンタール国と帝国とではこんなにも女性の雰囲気が違うものなのですね。エーデンタール国にも美しい女性は多かったのですが、帝国にやって来ると誰も彼もが垢抜けない田舎者に思えてきてしまいます」
「それはきっと、ロザリア様のお陰じゃないかしら。ねえ、ロザリア様」
エリザベート様は、丸くて優しいブラウンの目を私に向けた。そうそう、あのときはこの目が気まずさに泳ぎっぱなしだったのだ。
「私のお陰というのに頷くのはおかしな気もしますが、そうですね」
「というと、やはりロザリア様から?」
「ええ、この屋敷でパーティーを催したんですのよ。ラウレンツ様が新しく妃を迎えたというのに、宮殿でお披露目は行わないというから、ぜひ我がノイマン家に取り仕切らせていただきたいと思って」
だってお金がかかるし、というか契約妃だし。
「そこに現れたロザリア様を見て、恥ずかしながら私、とっても驚いてしまって。でも、すごく素敵って思ったのよ。だって、お二人ともとっても幸せなお顔をしていたんだもの」
「幸せな顔、ですか……」
確かに、誰も彼もが清貧な化粧では気が付かないかもしれないけれど、そこにこの顔が飛び込むと、豊かを通り越して幸せな顔に見えてしまうかもしれない。少し納得した。
「ええ。皇族という身分とは関係なく、誰が見ても、幸せに満ちた夫婦の登場だったわ。そうして考えてみたら、あら、このお化粧ってちょっとおかしいんじゃないかしらって気になってしまって。すぐにロザリア様と同じようなお化粧にしてほしいってお願いしたわ」
エリザベート様が視線を向けた先の侍女が頷いた。ありがとうエリザベート様、すぐに行動に移してくれて。
「だから、今思えばロザリア様のご紹介は青天の霹靂とでもいうべきだったわ。ラウレンツ様も、ああ見えて神経質なところがあるのだけれど、ロザリア様の前だと全然違って見えるから、もうおかしくて」
「神経質、ですか……」
言われて考えてみたけれど、あまりそんな印象はなかった。確かに几帳面だけれど、仕事のやり方がそうというだけだ。持って生まれたものか後天的に身に着いたものかは分からないけれど、少なくとも、傾いた国を再建する過程で否応なしに身に着くものだろう。膨大に積み上がった仕事は漫然と処理しても進むものではないからだ。
ただ、ラウレンツ様がエリザベート様と会うときは必ずノイマン公爵もいると考えると、その評価も頷ける。慎重に言葉を選び、友好的に見せつつ、こちらは踏み込んでもあちらには踏み込ませまいと線を引く。ここ数ヶ月間見ていたのでよく分かる。
そう考えると、初めてのお披露目に際して私を褒めちぎったのはやりすぎで、ラウレンツ様らしくなかった。
「ラウレンツ様は少し優しすぎるところがありますね。隣に人がいるとそれが分かりやすく出てしまうのかもしれません」
「ふふ、そうね。でもあんな風に、いい意味で肩の力の抜けたラウレンツ様にお会いしたのは初めてだったのよ」
「そうですねえ……」
そこで、ニコラウスが頷きながら顎に手を当てた。
「私から見ても、ラウレンツ殿下は若さのわりに隙がなさすぎます。とはいえ、そのお話をうかがう限り、ロザリア様の前だと違うんですかね?」
「まさか。私の前でもラウレンツ様はいつも皇子殿下然としていらっしゃいます。もちろん、臣下や貴族の前に現れる際はまた違う貫禄がございますけど」
「ふふ、そうねえ。忙しいと、執務に携わるご様子を見ることが多いわよね。でも、日頃は仲良くしていらっしゃるのでしょう?」
はて? 意図を測りかねて首を傾げてしまった。エリザベート様は穏やかに微笑んでいるし、例によって何らか探りを入れられているとは思わないが……。
でも、私とラウレンツ様の関係に隙があってはいけない。幸いにも良いエピソードもある。
これはアピールのし甲斐があるというものだ。頬に手を添えながら、恥じらいを装ってそっと視線を落とした。
「それはもちろん。ラウレンツ様は優しいですから、私もついつい甘えてしまうのですが……」
「あらあら! それはどんなふうに?」
「どんな……と、口にするのは恥ずかしいですけれども」
エリザベート様の目が輝く。反面、ニコラウスは若干表情を歪ませた。なおルヴァリエ様は居たたまれなさそうにずっとカップに口をつけている。ちなみに、エリザベート様の愛犬とたわむれていた(従えていた)ヴァレンも、ふっと顔をこちらへ向けた。
「ラウレンツ様があまりに躊躇いなく私のことを可愛いと褒めてくださるものですから」
「まあ!」
「つい私も一線を越えてしまいまして……ラウレンツ様は、それはもう優しく、私のことを可愛がってくださいました」
ゴフッとルヴァリエ様もニコラウスも激しく咳き込んだ。私が怪訝な顔を向け、侍女が慌ててその世話を焼く。しかしエリザベート様は無視だったし、なんならその目の輝きは増した。




