01.公爵夫人と招待状
たくさんの評価・ブックマークほか、続編をと感想をいただきありがとうございました……!
毎日更新は難しいかもしれませんが、せっかくそう言っていただけたならと続きを書くことにしました。引き続き見守っていただけると嬉しいです。
エリザベート様からお茶会の招待状が届いた。手紙には『最近宮殿にいらっしゃった方もぜひご一緒に』と書いてあり、どうやらニコラウスのことが知られているらしいと分かった。
「あの夫人が、元隣国伯爵令息を連れて来いと言うだろうか?」
手紙の内容を教えると、ヴァレンが鋭い疑問を呈した。私もまったく同意見だ。
「言わないでしょうね。エリザベート様は政治方面には全く口を出さないし、遠回しに探りを入れるような性格でもないわ。ということはノイマン公爵の頼みね」
「そんな遠回しなことをせずとも、直接宮殿に出向いて探りを入れればよいと思うがな」
「そうねえ……エリザベート様を隠れ蓑にしたつもりで下手を打ったのかどうか、そこは行ってみないと分からないわね。とりあえずラウレンツ様にお知らせしましょ」
私が立ち上がると、ヴァレンもソファから飛び降りた。チャリンとグリーンの飾りが揺れる。
執務室に向かいながら、明るい窓の外に目をやった。少し前まで雪の積もっていた庭園には、いつの間にか緑が見えるようになった。風はまだ少し冷たいけれど、色鮮やかな花が少しずつ顔を出し、春を待ちわびている。
「いい季節になったわね。もう少ししたら一緒に歩いてお散歩ができるようになるかしら」
「そうだな。あの皇子も一緒に行くと言って譲らないだろうが」
「ヴァレン、逆よ、逆。ラウレンツ様が誘ってくださるのを、ヴァレンが一緒に行くって言って聞かないのよ。いい加減、ラウレンツ様を好きなのを認めなさいよ」
そんなラウレンツ様の執務室に行き、扉をノックすると「ロザリアか」と返ってきた。なんとラウレンツ様、足音で来る人を聞き分けているそうなのだ。大体ヴァレンと同じだ。
「失礼します、すみません、お忙しいところ」
「いや、ちょうどひと段落したところだから構わないよ」
顔を上げながら、ラウレンツ様は手元の書類を脇に避けた。元気になって久しい顔が「なにか用事かな」と言いながら鮮やかに微笑む。
「お前はロザリアが来るたびにそう言っているな」
それがヴァレンの一声で固まる。扉を閉めると同時に口を開いたヴァレンは、そのままラウレンツ様の足元まで歩み寄った。
「たまには本当のことを言ってもいいのだぞ?」
「……あのね、ヴァレン。ここに座っているとちょうど君が見えにくいんだ。いきなり喋らないでくれるかな」
いまのヴァレンは、ラウレンツ様の前でもまったく遠慮せずに口を開く。最初の頃はラウレンツ様も慣れなかったらしく、ヴァレンの声を聞くたびにギョッとしていた。最近は慣れてきて、内容によっては迷惑そうな顔もしている。そしてたまに、今のように姿なき声に驚いている。
「でもラウレンツ様、ヴァレンのいうとおりですよ。本当にお忙しいときは忙しいと言っていただいて構わないんです、私も急ぎでないものは後回しにしていただいて構わないのですから」
「大丈夫だよ、急務がないのは事実だから。休憩がてら、紅茶でも淹れて話を聞こう」
圧倒的に優しい職場、ありがとうラウレンツ様……! 胸に手を当てて感謝していると怪訝な顔をされてしまったので、私も別のかたちでお返ししよう。
紅茶が準備された後、ラウレンツ様にエリザベート様からの手紙を渡した。一瞬で眉をひそめたので、やはりラウレンツ様から見ても不可解なのだろう。
「エリザベート様がニコラウスを連れて来いなんて、やっぱり言いませんよね」
「言わないね。十中八九ノイマン公爵が手を回したのだろうが、それにしては見え過ぎている」
「こちらにノイマン公爵を警戒させようと考えているのでしょうか?」
「言われずともするだろう、なにせエーデンタール国で公爵家がクーデターを企んでいたと明らかになったばかりだ。……失敗したとはいえね。その意味では裏を読みすぎる必要はないかもしれない」
ラウレンツ様は招待状を丁寧にたたみ、テーブルの上に置いた。ヴァレンがクンクンと招待状の匂いをかぎ「確かにあの夫人の匂いだな」と教えてくれた。
「隣でノイマン公爵が指示したわけでもなさそうだ」
「その発想はなかったよ、便利な鼻だね」
「ヴァレンは匂いの嗅ぎ分けが得意ですし、記憶力もいいんです。助かりますよ」
「私も雇ってくれて構わんのだぞ。報酬は貨幣でなく現物でいただきたいが」
「神獣を雇う皇子がどこにいるんだ。君だってロザリア以外を主人と認めないくせに」
溜息をついたラウレンツ様は、私を見てまた眉根を寄せた。
「なにかおかしなことを言ったか?」
「え? ああいえ、ヴァレンと仲良くなってくれてよかったと、つい微笑ましい気持ちになってしまって」
もともと仲が良さそうだとは思っていたけれど、冗談を言えるほどの仲だとは思っていなかった。無意識に頬を緩めてしまう。
「ヴァレンの加護が帝国に与えられるのも、さもあらんというところです。ラウレンツ様が皇子で本当によかったです。ね、ヴァレン」
「私は評価を保留している」
「またそんなこと言って。あ、じゃあラウレンツ様、話は戻りますけれど、そういうことなのでニコラウスを連れてお茶会へ行って参りますね」
ラウレンツ様は、カップを口に運ぶ手を止めた。紅茶を飲むことはしないまま、ゆっくりと手をおろす。
「……ニコラウスとか」
「ええ。あ、ルヴァリエ様も連れていくべきですかね?」
「……そうだな。それがいい。アイツが茶会という場で何の役に立つかは分からないが、いないよりずっといい。君の隣にはルヴァリエを――……座らせてもいけないな。ノイマン公爵夫人にいって、2人とはテーブルを分けて隣同士に座るといい」
ルヴァリエ様に関してはそう警戒することはないはずだが、すぐに分かった。丸テーブルでは、どうやってもニコラウスの隣の一方は私かエリザベート様になってしまう。帝国にとってまだ得体の知れぬニコラウスを、皇子妃と公爵夫人のどちらの隣にも置くべきでない。ニコラウスの実質的な危険性はおくとしても、そのくらいの慎重さを見せつけて悪いことはないということだ。
「ええ、分かりました。まだニコラウスの評価は保留ですものね。気を付けて参ります」
さすがラウレンツ様です。今日も感心しながら頷いた。
ラウレンツ様は、渋い顔で紅茶を飲み直していた。




