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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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41.恩返しと弊害

 先日と同じく『星空の間』に通されていたニコラウスは、私とラウレンツ様が入るや否や従者と共に勢いよく立ち上がる。


「ロザリア様、公爵家の人間が軒並み捕縛されたそうです!」

「ええ、さきほどラウレンツ様と一緒に読ませていただきました」


 私がさして意外そうな反応を示さなかったせいか、ニコラウスは少しばかり不遜な態度で顎に手を当てた。


「なぜですか? 私は改定前の王城統制規則を見ていましたから、ロザリア様のおっしゃるとおり、あれが撤廃されては軍務卿に――公爵家に玉座を奪われるとばかり思っていました。それがなぜ失敗したのです」

「陛下にご注進しておいたからです」

「アラリック王子にはしなかったのに?」

「だって、アラリック王子に話したらヴィオラ様への嫉妬と片付けられますし。というか、それで片付けばいいほうです。アラリック王子はうっかりヴィオラ様に『君の家に謀反の疑いをかけてきたぞ、ハハハ』なんて漏らしてしまいかねません」


 その点、現国王はまだマシだ。私の忠告を聞き入れなかったのはさておき、公爵家に漏らすことはしなかった。頭の片隅で“もしかして”という予感があったのかもしれない。


「ですから、公爵家が捕縛されたと聞いて安心しました。陛下に信じてもらう以外、私が公爵家を止める手立てはありませんでしたので」

「……ロザリア様」


 ニコラウスは感心したような、それでいて呆れたような声を出した。


「あなたは相変わらず、誰より王子妃、いえ為政者の妃となるにふさわしい方です」

「ありがとうございます」


 私はあまりそう思わないし、ニコラウスの誉め言葉は例によって当てにならない。ただ、この件に関しては、以前も同じことを、おそらくお世辞でなく本心で言ってくれたので、素直に受け取ることにする。


「ですが……いや、だからお人好しというのは間違っているのかもしれませんが、今回の件は誰がどう見てもお人好しではないですか?」

「そうですか?」

「そうでしょう。あなたは幼い頃に加護を理由に金で召し上げられ、王城を出ることも許されぬ籠の鳥になりました。王妃教育だのなんだの理由をつけて王子の仕事を押し付けられ、当の王子は公爵令嬢とイチャこら過ごす日々。それを諫めれば婚約破棄なんて、童話でもここまでの不遇な人物はいません。それなのに、元凶たる王家を守る策を施して出ていくとは……」

「どうなんでしょう。現王家を守ったのはただの結果論ですし、私は当時の自分の責務を果たしたにすぎません」


 ニコラウスは私を過大評価している。私はただ、自分の出て行った王城で血で血を洗う抗争が繰り広げられ、気付いたら王の首がすげ変わっていましたなんてことになっていたら寝覚めが悪かっただけだ。


「なによりニコラウス様、籠の鳥というのは、自由はありませんが、籠の外の鳥の不自由はありません」

「空を飛ぶ鳥に不自由があるものですか」

「ありますよ。外敵がいつ襲いくるか分からず、雨が降ればこれを凌がねばならず、腹が減れば自ら狩りに出なければなりません。しかし、籠の鳥でいる間、その心配はまったくありませんでした」


 私は、生まれた家のことを地図上でしか覚えていない。しかし、ヴァレンは多くを語らないし、王家からの大金を理由に私を手放すくらいだ。私一人を養えない程度には貧乏だったに違いない。


「王家に召し上げられたお陰で、私の衣食住は満ち足りていました。もちろん大変なこともありましたし、“王家に召し上げられなかった私”にとっては苦しくて辛い日々だったのかもしれませんが、同時に、幸せな生活だった可能性もあります。食べるものに困ったこともないのに、それ以上なにを望むのかと思った私もいたかもしれません」


 だから、王家への忠告はお人よしでもなんでもなく、私とヴァレンを養ってくれたぶんを返しただけだ。もちろん、王家のほうが勝手に養うと言って引き取ったので養っていただくのは当然のこと、その意味で、公爵家を止める手立てを尽くさなかったとしても貰いっぱなしではないだろう。


「それに、もしかすると現王家が滅びて公爵家に統治されたほうが国には良かった可能性があります。現国王は血筋に執着しすぎるきらいがありますからね。だから私がしたことは、なにがどうということでもございません」

「……参りましたねえ」


 ぽりぽりと、ニコラウスはそのきれいな頬をかいてみせた。ちょっとばかりわざとらしいのがニコラウスらしさだ。


「王城にいた頃もそんな話はしましたが。もう少しご自身の気持ちを大事にしてもいいのではないですか、ロザリア様は」

「大丈夫です、最近少しばかり大きな賭けに手を出すくらいには感情的になっています。いつの間にか私は欲深くなっているようです」


 王城から出ない生活以外考えもしなかったのに、帝国の隅に終の棲家を手に入れ、ヴァレンとゆっくり過ごす……そんな可能性を提示されて、うっかり飛びついていまの私がある。宮殿で皇子妃の侍女にしていただいたほうが無難で手堅い未来だったかもしれないのに。


「でも、そうだとしたらラウレンツ様のお陰ですね」

「私のお陰?」

「ええ」


 ところで、ラウレンツ様は私達の遣り取りについて、終始怪訝な顔をしていた。王城の頃はああでこうで、なんて内輪ネタが過ぎたかもしれない。


「ヴァレンとの生活を提案してくれたのはラウレンツ様です。それに私、人生は選択の連続なのだというラウレンツ様の言葉が気に入りました。私には今まで選択肢が与えられたことがなかったものですから」

「……そういえばそんな話もしたが」

「ラウレンツ様は、当然のように私に選択肢を与えてくださったのです。ラウレンツ様のお陰で、私は自分のためになにかを選ぶことを知りました。お陰で最近は日々が充実しております」


 もしかすると、ラウレンツ様にそのお礼を言えたことはなかったかもしれない。ニコラウスの前でする話ではないが、契約妃とバレるような話ではないし、相手もニコラウスなので問題はなかろう。


「ありがとうございます、ラウレンツ様。私、いつもラウレンツ様に感謝していますよ」


 いつも飄々としているラウレンツ様の頬が、また赤く染まった。この人もこの人で、お礼を言われることに慣れていないらしい。


 関係を疑われない程度に軽くお辞儀をすると、ニコラウスが「あちゃー……」と小さくぼやいた。


「……隣国の皇子様が迎えにきてしまったか……」

「ニコラウス、お前まさかこの間話していたのは本気だったのか? 元は名もなき伯爵令嬢だからなんとかと……」

「何の話だ?」

「失礼しました殿下、こちらへ来る直前、エーデンタール王家の動向につき再度早馬がありまして」


 ニコラウスとその従者とが小声で何か喋るのを、ラウレンツ様の冷ややかな声が制した。しかしそんなことで怯むニコラウスではなく、なんなら真新しい書簡を取り出した。


「現在、王家が総力を挙げて“行方不明の”ロザリア様をお探しのようです。帝国皇子妃の名がロザリアであることは既に知れておりますし、近いうちに使者があるかもしれません」

「自ら婚約破棄しておいて、それを連れ戻すほど面の皮が厚い人間がいるとでも?」

「それがいるので面白いでしょう。とはいえ、ロザリア様を探す理由までは定かではありません。建前は“行方不明”ですしね」


 だから使者が来たときに備え、随時情報は共有いたしましょう――ニコラウスはそう言いたいのだろう。


「……ニコラウス、あなた……いえ、モルグッド伯爵家は本気で帝国に与する予定なの? もちろん書簡をいただいたから疑っているわけではないけれど……」

「ええ、当主も陛下には愛想を尽かせて長いですし、アラリック王子が玉座についた日には王城も国もどうなるか分かったものではありませんからね。特に私は、ロザリア様がいなくなった時点で現王家は支えを失ったと理解していましたから」


 ヴァレンの加護という観点から、あながち間違ってはいない。


 コホン、とラウレンツ様が軽く咳払いをした。


「ニコラウス、モルグッド伯爵家の領地の件は了解した。ただ、君が帝都に留まる件も含め、まだ決まっていないことも多い。随時連絡をするから、そのつもりでいてくれ」

「もちろんです、殿下。このニコラウス、殿下の仰せのままに」


 ここまで美しく、そして信じられない礼もあるまい。ニコラウスが再び立って頭を下げるのを見ながら、ついつい白い目を向けてしまっていた。

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