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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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39.王城と余談⑤

 雨が降っていた。バラバラと石を穿つ大きな音が外から響き、窓を絶え間なく水が滴っている。今晩はうるさくてあまり眠れないかもしれないな――そう思いながら明かりを消した。今晩は月が見えず、あたりは真っ暗だった。


 そのとき、扉が叩かれた気がした。雨音かと思ったが、振り向いているうちにもう一度ノックされる。遅い時間だというのに、なにか緊急の知らせでもあるというのか。


「こんな夜更けに、一体何用か」


 つい苛立ちを隠せずに扉を開けると「あっ……」と悲鳴が聞こえた。


 ぼんやりとした薄明りの中、ヴィオラが立っていた。


「ごめんなさい、アラリックお兄様。もうお休みでしたでしょうか?」

「ああ、なんだヴィオラか。いや大丈夫だ、こんな時間に尋ねてくる者がいるとは思わず、警戒するあまりつい声を荒げてしまい……」


 そっと、ヴィオラの控えめな紫色の目が周囲をうかがうように動いた。


「警戒、ですか……」

「いや大丈夫だ、私の勘違いだ。何も心配することはない。それよりどうしたのだヴィオラ、なにか心配事でも……」


 ヴィオラがわざわざ寝室まで訪ねてくるなど、きっと何か困ったことがあったに違いない。室内に招き入れようとしたところで、ふと、廊下に衛兵が見当たらないことに気がついた。


 こうしてヴィオラも訪ねてくることがあるというのに、今日の夜番は一体どこにいるのだ。ヴィオラの前だというのに、ついまた苛立ってしまった。


「すまないヴィオラ、今日の衛兵は自らの職責もろくに果たせぬ役立たずのようだ。すぐに人を呼ぼう」

「いえ殿下、その必要はございませんわ」

「お前はすぐにそうして遠慮するが、これは命に関わることだ。いくら寝室の塔とはいえ、公爵令嬢が供もつけずに歩いているのも危険だ。いや、本来ならばきちんと衛兵がいるから安全なのだが、だからこそだな」

「いえ殿下、衛兵はおりますので、問題ないでしょうと申し上げているのです」

「何?」


 どこにいるというのか――周囲を見回す前に、視界の隅で光が反射した。


 ひんやりと冷たい刃の感触が首に押し当てられ、ゾッと背筋が震えた。そのまま、全身が強張り、芯から震え始める。


「……何者だ」

「どうぞお気になさらず、殿下。殿下はただ、教えてくださればいいのです」


 ランタンの灯りに照らされながら、ヴィオラはそっと微笑んだ。いつものとおり、まるで花のように美しく愛らしい笑顔だった。


「王家の印章は、どこにあるのでしょう?」

「……何?」

「王家の印章です。お兄様は近々私と婚約し、正式に玉座を譲り受ける手筈となっておりましたでしょう? そのために必要な印章は、すでにお兄様がお持ちとうかがいました。それはどちらにございますか?」


 何……何の話をしているのだ、ヴィオラは。困惑のあまり、頭が真っ白になっていた。なぜ、ヴィオラが印章の在処を気にするのだ?


「……焦ることはない、ヴィオラ。私達の結婚式で、印章は私に授与される。そうすれば――」

「お兄様、恐れながら、誰の結婚式のお話でございましょう?」


 誰の? 私とヴィオラ以外の、誰の結婚式だというのだ?


「お兄様、お兄様は明日、陛下の弑虐を企んだことを理由に王位継承権を失うのです。ですから、お兄様が印章を受け継ぐことはできません」

「……待てヴィオラ、一体どうした!?」


 思わずヴィオラの両肩を掴むと、首に熱が走った。しかし構うものか、ヴィオラの様子がおかしいのだ。


「何の話をしている? 一体誰に何を言われた? まさか――まさか、王城を去ったはずのロザリアが君に呪いをかけたか!?」

「ああ、ええ、本当に、ロザリア様の呪いは厄介でございました」


 その大きな瞳にたっぷりの憂いを浮かべ、ヴィオラは溜息をこぼした。


「ロザリア様も、最初は公爵令嬢の私に歯向かわずにおりましたから、弁えのある方だと思っておりました。しかし、公爵家が実権をこの手にできようという場では必ず邪魔をして……アラリックお兄様がいなければ、私は自らの役目を全うできなかったでしょう」

「そう……だろうな。ロザリアは、いつも、君に嫉妬して、公爵令嬢に過ぎないからなどと理由をつけて、邪魔をしてばかり……」


 いつものように相槌を打ちながら、しかし目の前の状況に直感だけが追いついたような、妙な心地に襲われていた。


 公爵家が実権を握るとは、一体どういうことか。


「ねえお兄様、覚えていらっしゃいますでしょう? ロザリア様が改定した王城統制規則のことを」

「あ、ああ、もちろん。あんな改定をされて、本当に迷惑だったな。お陰で今日もこの私がニワトリの餌の量を確認させられなければならなかった。官僚らからも苦情が多く、特に軍務卿――君の兄君には、不便をかけて……」

「ええ、本当に。父上も兄上も、何年も何年もかけて、やっと陛下の寝室周辺に自由に兵を出入りさせられるようになったのです。その地道な努力が、ここ数年のロザリア様の所業のせいで水泡に帰してしまいました」


 ヴィオラは悩ましげに頬に手を添える。長いまつ毛が上下した。


「ロザリア様はもっと愚かだと思っておりました。貧乏伯爵令嬢ですし、神獣だというオオカミもろくに役に立ちません。我々公爵家の企みに勘付いたとしても、すぐにアラリックお兄様に訴えるものだと思っておりました。そうすればきっと、お兄様はそれをロザリア様の嫉妬と片付けてくれるでしょうし、なんならそれを理由に追放でもしてくれるのではないかと……」


 不意に耳元に、ロザリアの声が蘇った。


『殿下、ヴィオラ様と仲良くなさるのは結構ですが、お立場を弁えてください』


 私がヴィオラを連れて歩くたびに、ロザリアはその眦を吊り上げていた。


『ヴィオラ様は殿下の従妹に過ぎません。それなのに社交界で二度もダンスを踊り、臣下への挨拶にも同席させ、常にパートナーとして扱うなど、皆にヴィオラ様の立場を勘違いされせようなものです。殿下がヴィオラ公爵令嬢と婚姻なさると勘違いされたら、どうなるかお分かりでしょう』


『ふん、何の話をしている。自分の立場が惜しいのならそう言ってはどうだ』


『いいえ殿下、私はあなたのお立場の話をしているのです。公爵家現当主は確かに現陛下の実弟で、血は水より濃いと言います。しかし、歴史には血で血を洗う抗争があるのも事実です』


『血生臭い話をするな、食事が不味くなる』


『であれば殿下、どうぞご自身の振る舞いを省みてください。ヴィオラ様をお好きになるのは結構、しかし、それが誰かにとって利益となるものではないか、そこまでお考えになってください』


「ですから私、本当に嬉しかったのです」


 ハッと、ヴィオラの声で我に返る。


「私が結婚したいと言っただけでロザリア様を王城から追い出してくださって。それにロザリア様もあっさりと王城を出て行きましたし、きっと私の買い被りだったのでしょう、ロザリア様は公爵家の企みになんか気付いていなかった。なんだ、あの邪魔な人を追い出すにはこんな一言でよかったのかと、拍子抜けしてしまいました。これならウサギを連れてくる必要もなかったのに」


 そうだ、もうロザリアはいない。ヴィオラと仲良くしすぎるな、そう忠告していたロザリアは、私が王城から追い出した。


「しかし、ロザリア様がきちんと王城統制規則を残して行かれたせいで手間取りました。本当は、すぐにでも陛下とアラリックお兄様の首を刎ねる予定でしたのよ? それなのに、兵の配置が変えられ、兄上の権限までこれでもかと小さくされていて、もう、父上と共に怒りを隠せませんでしたわ。ロザリア様は、私達の努力をなんだと思っているのでしょう」


 ロザリアに言われたことがあった、『王城統制規則が古くて使い物にならなかったので修正しました』『いまこれを承認する権限は殿下にあるはずです、今すぐに承認してください』、そう急かされ、そんなものを整えてどうすると呆れながら、あまりにうるさく言われ、承認した。


「ですから仕方なく、他の臣下を利用して規則撤廃へと働きかけざるを得ませんでした。軍務卿の兄が表立って動いて、誰かに私達の往年の目的を見抜かれては困りますもの。あ、ご安心ください。私、ロザリア様は殺めるつもりで探しておりますけれども、お兄様はこの手では殺さず、弑虐の罪を被っていただくことにしたんですのよ」


 ぱっと両手をあわせ、ヴィオラは花が咲くように顔を綻ばせた。


「先日、私のウサギを探すために皆が王城の外に出てくださったでしょう? あのときに、お兄様と総務卿のお部屋に、謀反の証拠を隠しておきました! 総務卿は陛下の古きご友人、残られては後々争いの種になると思いまして。私、争いごとって嫌いなんですの!」


 いつの間にか、喉がカラカラに渇いていた。


 目の前にいるのは、誰だ。か弱く、優しく、儚げなヴィオラは、一体どこへ行ってしまった?


「それからお兄様、私、他人のお古が大嫌いなのです。現公爵令嬢であり、これから王女となる私が、どうしてあのロザリア様の元婚約者などと婚姻しなければならないのでしょう? お兄様の見た目と中身があの帝国商人ならまだ考える余地もございましたが……そんな仮定の話をしても仕方がありませんわね」


 そっと、ヴィオラが手を伸ばしてきた。指先がそっと私の顎に触れる。


「さあアラリックお兄様、もう一度教えてくださいませ。王家の印章は、どちらにございますか? それを教えてくださるのが、お兄様の最後のお仕事です」


 何がなんだか分からないまま、頭の中ではぐるぐると、質問に対する答えだけが回っていた。


「……王家の、印章は……」


 頭には、グレイの瞳でこちらをまっすぐに見つめるロザリアが浮かんでいた。


「……私は、持っていない。……持っているとしたら、ロザリアだ」


 ヴィオラが瞠目した瞬間、闇夜の中で複数の剣の音が響いた。

過去作について、舞台設定ほかを若干変更して連載中です。よろしければページ下部リンクからどうぞ。(過去作を読んだことがある方は元作品非公開となっており申し訳ないですが、ありがとうございます!)

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― 新着の感想 ―
そうかー、ヴィオラちゃんはそういう娘だったのね。完全に騙されておりました。おみそれしました。
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