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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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32.恋の行方と迷子の話題

 ラウレンツ様は、非常に出来た方だ。臣下と親しくはあるが、だからといってその意見を必ず容れるわけではない。とはいえ一切感情のない動く銅像のように采配を振るうわけではなく、裏ではそれなりに頭も悩ませていて、仕事に熱心過ぎるだけで、中身はちゃんとただの人だ。


 だから誰かを好きになってしまうのはきっと当然のことなのだが、一体それは誰か。今までの情報からすれば、おそらく浪費家は好きではなく、好みのタイプは健康的な見た目……。ちょっとふくよかなほうがいいのだろうか?


 書簡を届けた足でそのまま一緒に紅茶をいただきながら、じっと対面を見つめる。ラウレンツ様は涼しい顔をして紅茶を飲んでいた。


「……宮殿で社交界を開きましょうか」

「ごめん、何の話かな?」

「ラウレンツ様の意中のお相手をお呼びする口実です。とりあえず顔合わせくらいはしておきましょう? 相手の爵位にもよりますが、官僚に顔を知られておいて悪いことはありません」

「いや、そういうのはいいから。君は君の仕事に集中してくれればそれでいいから」

「じゃ、ラウレンツ様がその意中のお相手にちゃんと自分でお声かけするんですか?」

「いや……」


 煮え切らない態度のラウレンツ様に呆れてしまった。商人としても皇子としても優秀なのに、どうやら恋の類にはさっぱり疎いらしい。父親が恋の病にかかっているだけある。


「ラウレンツ様、ラウレンツ様が見初めた方がおいくつの方かは存じ上げませんし、帝国では王国と慣習も異なるかもしれません。が、多くの女性は妙齢を迎える前にお相手を見つけているものです。もちろん皇子妃にと望んで奪い取ることはできますが、少なくとも一部の貴族を敵に回します。唾をつけるなら早くすべきです」

「唾……、君は本当にすごいことを言うな」

「当然です。私、その点に関してはアラリック王子に感心しておりますので」


 ラウレンツ様は、紅茶のカップを持ったまま硬直した。まるでおぞましいことを聞いてしまったような顔をしている。


「……君は……唾をつけられた、と……?」

「ええ、物心つく前にお金で召し上げられましたから。王家の婚姻に関していえば“婚約者”と発表するだけで周囲への牽制には充分ですよ」

「ああ、そういう……」

「まあ最終的には唾を吐かれたようなものですけど。ふふ」


 ちょっとうまいこと言っちゃった、と笑ったけれど、ラウレンツ様はにこりともしなかった。お陰で私も笑みを引っ込める羽目になる。


「ともあれラウレンツ様、よく考えてください。まず好意を寄せた令嬢のことを調べましょう、こうしているうちにお相手が決まってしまうかもしれませんので一刻を争います。とりあえずお仕事が片付いたら城下に行きましょうか?」

「少し外の空気を吸いに行こう」


 まるで遮るように勢いよく立ち上がる。やはりこの人……女性関係にあれこれ出歯亀されるのが嫌いなのだろうか?


「ロザリアも、今日の午後はもう仕事がないだろう。一緒に来てくれ」

「……構いませんが」


 でも意外と奥手そうだから恋の手助けはして差し上げたほうがいいのでは……。しかし有難迷惑という言葉もあるし、あまり話題にしないほうがいいかも……。


 悩みながら庭園に出るとき、ちょうどヴァレンが奥からやってきた。駆けてくると胸元のグリーンの石が揺れていっそう可愛い。飛び込んでくるのを屈んで受け止めると、もふもふと顔を埋めて甘えてくる。ずいぶんご機嫌だ。


「どうしたのヴァレン、なにかいいことでもあった?」

「なにか珍しい果物でもあったのかな、口元が汚れているけど……」


 ラウレンツ様も隣に屈みこみ、ヴァレンの口の周りについた黄色い液体に触れる。いくらヴァレンを賢いと思っていても、ただのオオカミだと思っていたらこんな危険なことはできないはず……。


 恋の病にはかかっているけど、それはそれとして神獣だ気付いたのかも? じっとその横顔を見つめるけれど「みかんでも食べたのかなあ」とぼやくだけで話しかけはしない。ただ鈍いだけなのかも……。


「これからロザリアと散歩に行ってくるよ。ヴァレンは宮殿に――」


 あ、私達散歩に行くのね。初耳だったわ。


「……宮殿に、戻る気はなさそうだね……」


 ヴァレンは私の腕に抱かれたまま首を傾げるだけなので「なぜ私だけ追い返されるのだ?」と思っているに違いない。実際、ヴァレンが一緒に散歩に行って困ることはない。


「だめですか? 城下ではヴァレンも人混みを避けるのが大変だったでしょうし、たまには二人と一匹でゆっくり歩いても」

「……いいんだけどね。いいんだけど……」


 口籠るばかりではっきりしない返答、やはり恋の病……。アラリック王子の暴走っぷりもヴィオラ公爵令嬢が噛んでから余計に酷くなっていたし、恋は大体の男性を駄目にする代物なのかもしれない。


 今日の庭園には雪がちらついていた。ヴァレンによれば「2、3日もすれば大雪だろうな」ということなので、これからは白い庭園が楽しめるのだろう。イザベラ元皇妃の散財に感謝だ。


「そういえばラウレンツ様、さきほどお話しようと思っていたのですが、宮廷統制規則の整備がもうすぐ終わります。最後の修正点は親戚を官僚に推薦することを禁止する規定ですが」

「ああ、親戚なんて広い括りではろくに臣下が集まらなくなるからね。いい具合の例外規定を盛り込まなければならないのが途中で止まっているんだけど」

「とりあえず推薦者が3人以上の場合に内1人は父母兄弟以外であれば許容する形で話が進んでいます。それ以外の場合はこれから詰めますが、概ね固まる予定です」

「君は仕事が早いね。半年くらいはかかるものだと思っていたよ」

「でも環境を整えてくださったのはラウレンツ様ですよ。宮殿にいる官僚はみな適材適所ですから」


 たとえば法務卿と外務卿だ。彼らの役職が逆なら、今頃ネーベルハイン国からはそっぽを向かれ、宮殿はもう少し沈んでいる。


 法務卿は、仕事はできる。しかし陰気で暗い引き籠り体質で、何度か顔を合わせているものの、声は聞いたことがない。執務室から滅多に出て来ず、私が扉を殴る勢いで叩くと、青白い手と一緒に成果物が出てくる。出来はすごぶる良い。ちなみに例によって法務卿補佐は不在なのだが、一人で仕事を回せるくらい優秀だ。言われないと仕事をしないのが難点なのだが。


 かたや、外務卿は明るく陽気なオジサンで、ナハト辺境伯のタイプに近い。だからネーベルハイン国との相性がすごぶる良くて、例の侯爵令息とは個人的に会食をするほどの仲らしい。私にもいつも朗らかに「やあロザリア妃殿下、今日も麗しいですね」と微笑んでくれ、私もついついつられて微笑み返してしまう。そしてその隙にめちゃくちゃな内容の書簡を押し付けてくる。


「あの人達を見ていると、能力は人によって違っていて、それぞれに役割があるものだと思いますね。それを汲むのもひとつの仕事だと思うと、ラウレンツ様は商人なだけあってやはり人を見る目があるのだと思います」

「……いま残っている官僚は、みな父の代から仕えてくれているよ。もちろん皇妃一族追放後に呼び戻したり昇進させたりした者もいるけれど」

「じゃあ見る目は皇帝陛下譲りなんですかね」


 閉口したラウレンツ様の頬が赤い。寒さのせいではないので、意外と照れるところもあるらしい。


「だいぶ財政基盤も整ったようですし、はやく財務卿の空席を埋めたいですね。どなたか良い方がいらっしゃればいいのですが」

「ああそうだ、その話だけど、ナハト辺境伯の弟にずっと声をかけていたんだ。人見知りでなかなか屋敷から出てきてくれないんだけどね、今回やっと重い腰を上げて宮殿に来てくれることになって」

「あら、じゃあよかったですね」

「が、頷いたわけではない。今度来たときに改めて頼む予定だから、君も同席してほしいという話をね」

「……そうですねえ……あ、ええ、もちろん同席自体はまったく構いませんが」


 あのナハト辺境伯の弟君で、人見知りか……。ふむ、私は悩んで口を閉じてしまったのだけれど、ラウレンツ様はラウレンツ様で別の観点から口を閉じる気配がした。


「……ロザリア」

「なんでしょう」

「……君が仕事熱心なのはとても嬉しいんだけれど、それはそれとして、たまには別の話でもどうだろう」

「別の話ですか? 最近小耳に入れた王国事情でもお話します?」

「いやそうではなくて。……もっと、例えば……、君自身の話とか」


 ……ここにきて私の素性に疑いを? いや、ラウレンツ様のことだ、裏で私の素性は洗った後に違いない。それでもなお私本人からも事情を聴取したいということは……。


「……背任がないことの証明として、エーデンタール国を獲る方法をお教えしましょうか?」

「非常に気になる話題だけれど、そうではないね。ちなみに、君がエーデンタール国からの間諜でないことはもう分かっているし、エーデンタール国に何かを仕掛ける理由もない。もちろん帝国にも影響する重大な政変でも起きようものなら別だけれど――」

「起きますよ、そのうち」


 グリーンの目が丸く見開かれた。本当はお金になるお話なのだけれど、ラウレンツ様もいうとおり、先日のマーケットの様子に鑑みれば、帝国がエーデンタール国に戦を仕掛ける理由はない。それに、私が国を出てから時間も経ったので、そろそろ頃合いなのだろう。


「もう少し奥にお散歩しながらお話しましょうか。これももうすぐ価値がなくなってしまう情報ですから、世間話ということで」

「……そういう話をする予定じゃなかったんだけどな」

「あ、もちろんラウレンツ様からしたい話があればどうぞ」

「……君の好きな果物とか」

「ラズベリーですが、何かお役に立ちそうですか?」


 ラウレンツ様の眉間には深いしわが刻まれた。


「……大いに役立つよ」

「それならいいのですが……」


 皇子妃への貢ぎ物でも確認されたのだろうか? はて、と首を傾げる私に、ラウレンツ様は「あと気に入った料理とか」「帝国で行ってみたいところとか」と要領を得ない質問をするばかりだった。

明日も更新できます、よろしくお願いします。

もう少ししたら2~3話分溜まる予定です。

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