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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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30.神獣と帝国皇子③

 とても面白いことになってきた。上機嫌でいつもの橋の上に転がっていると、いつもより重たい足取りの音が聞こえてくる。


「……早いな、ヴァレン。さては待っていたんだろう」


 ついでに果物の匂いもした。今回はブドウだが、この庭園にはなっていないので、きっと皇子自ら供物として持ってきたのだろう。


 なかなか見上げたやつではないか。やってきたその膝に前足をひっかけると「分かってるよ、ブドウだろう」と言いながら、一房丸ごと寄越した。それでは食べにくいのだ、一度橋の上に置け。


「食べないのか? ……ああ、受け取りにくいのか。ごめんよ」


 座り込んだ皇子は、改めて私の前にブドウを置いた。隣に伏せ、前足で挟みながら一粒かじる。なかなか美味かった。


「……いや、恋じゃないだろう」


 なんだこの皇子は、いきなり否定から話を始めるヤツがあるか。


 しかし話題も話題だったので笑ってしまった。つい、ふぐふぐと声を漏らしてしまったが、半ば呆然としている皇子は気が付かないらしい。信じられないものでも見るように、自分の両手のひらを見つめている。


「……確かにロザリアは可愛い。自信たっぷりな微笑みが特に可愛い。困惑したり狼狽している顔も可愛くてつい困らせてみたくもなる。一緒にいると落ち着くし、休憩は一緒に取りたいし、仕事以外の話もしたいし、執務室にいないときは何をしているのか気になる。おいしそうに食事をしているのを見ると微笑ましい気持ちにもなるし、そんな顔をしてくれるならなにか取り寄せたいと思ってしまうし、先日の髪飾りといい、なにかひとつでも喜んでくれることをしたいと思ってしまう。化粧を変えたロザリアは一層可愛らしくなったし、それを公爵家筆頭に貴族たちが認めたのも当然だが、反面、先日の公爵家のようにロザリアを見る男が頬を赤らめるのを見ると、何の立場でロザリアを前に照れるのだと妙な腹立たしさを感じる……ため、確かにロザリアのいう要素が恋を定義するものとして正しければこれは恋だということになる。が、ロザリアはあくまでアラリック王子の発言から恋とはいかなる要素を持つものかと定義づけてこれをもとに俺の感情を恋だと演繹したに過ぎないのであって、根本的に定義が誤っている可能性はいくらでもある。だから……」


 あまりにもくだらないことをだらだらと呟くので、途中から聞くのをやめていた。


 しかしいつの間にか終わっていたらしい、突如、ラウレンツ皇子が私の視線まで顔の高さを落とした。


「……ヴァレン、君、ロザリアが言っているより賢いだろう? 俺が何を話しているか、分かっているんじゃないのか?」


 もちろんだとも。はぐはぐとブドウを齧りながら、しかし無視してやった。


 この皇子は、なんとも馬鹿げたことに、数日前からこの有様なのだ。といっても、変わったのは「これは恋ではない」と大真面目に理屈をくっつけようとしていることだけで、最初から話していることの内容は変わっていない。


 ロザリアの仕事がどうで、ロザリアがメイドであるよりもっと近い存在になってくれたほうがありがたくて、ロザリアが仕事のときしか自分の傍にいないのが少々寂しい気がして――この皇子の“独り言”はもともとそんな感じだった。徐々にロザリアの仕事の話からロザリア自身の話に移っていたことについて、この皇子が気付いていたかは定かではないのはさておき。


 そのうえで、先日はネーベルハイン国の侯爵令息の儀礼的な所作に嫉妬していたし、いくらこの皇子の生い立ちに問題があるとはいえ、早晩気付いて終わるものだと思っていた。


「……なかなか尻尾を出さないな。……いや、だからね、これは恋などではないんだよ。俺は――一人の信頼できる臣下として、ロザリアを喜ばせたいと思う。女性当主というものが滅多に存在しないから、臣下に女性がいることがない、ゆえに過去に例がなく……したがって、妙な勘違いをしているだけなのではないかと……」


 それがなんと、想像よりずっと馬鹿げた事態となっている。この皇子、どうやら恋に疎いのではなく、無意識に恋愛というものを拒絶しているらしい。


 もちろん理解できるところではある。ロザリアがどこまで知っているか聞いたことはないが、どうやらこの皇子、継母に実母を殺されたようなのだ。


 実母は、もともと皇家へ召し上げられる予定ではあったものの、病弱ゆえに子を成せぬ可能性があり、皇妃として不適切であるとの提言が多かった。しかし、現皇帝の熱烈な恋ゆえに、半ば強引に皇妃として召し上げられ、そして奇跡的にラウレンツ皇子を産み落とした。


 それを、産後の肥立ちの悪さに見せかけて毒殺したのが元皇妃イザベラだという。


 元皇妃イザベラは、もとはラウレンツ皇子の実母の専属メイドであったらしい。ラウレンツ皇子の実母を毒殺した後、皇帝の傷心を癒す名目で手練手管を尽くし、遂に皇妃の座に収まった。


 もちろん、元皇妃イザベラの次の狙いはラウレンツ皇子であったが、皇妃死亡後に皇子が死亡すると前者も事故でなかったと疑念を抱かれるおそれがある。ゆえに、ほとぼりが冷めるまで放っておかれた。その期間が、ラウレンツ皇子が元皇妃イザベラを帝国から追放するための力を蓄えるのに十分であり、つまり元皇妃イザベラにとっては命取りであった。


 ゆえに、この皇子は、実母は恋により死の運命を辿り、実父は恋により国を狂わせたと幼いころから認識しているのだろう。ここまできてしまえば、恋愛について鈍いどころの話ではない。


「……こう考えるのはどうだろう。ロザリアはエーデンタール国からの間諜だから、心を許してはならないと」


 だからといって、恋ではない理由ではなく、自らの恋に歯止めをかける理由をでっちあげようとするのが、なんともズレたこの皇子だ。知らん顔してガツガツとブドウを食い続けていると、ラウレンツ皇子の視線がもう一度落ちてきた。


「……ヴァレン。分かった、恋の話はもういい。たまには真面目な話をしよう。鉱山から調査隊が帰ってきたが、溢れんばかりの鉱物でむしろ発掘にあたる人員が足りないということだった。農作物に関しても報告を早めさせたが、軒並み収穫高が2倍近くになっている。いずれについても特別なことをした覚えはなく、原因は不明とのことだ」


 それはそうだろうとも。しかし、人々はもう少し神獣という存在に対しても祈ってもいいのではないだろうか。


「……君は神獣なんだろう?」


 ほら、そうして馬鹿正直に訊ねるから、お前は馬鹿だというのだ。


「死んだ山はほんの一年や二年では生き返らない。それどころか、鉱山に関しては掘り尽くしてしまえば終わりだ。こればかりは人の手で、努力でどうにかなるものではない。君が神獣で、その加護をロザリアのいる帝国に及ぼしているんだろう?」


 もちろん、そのとおりだ。はぐはぐと最後の一粒を口に放り込む。


 我々神獣は、いるだけで勝手に加護を与えるようなありがたい存在ではない。神獣の守護を与えられた人間がうっかりまともでなかった場合には見切りをつけるし、まともであったとしても、周囲の様子に鑑みて力は抑える。


 ロザリアが生まれて以後、私は二度も誓いを立てた。一度目は、ロザリアの家族が私の存在に気付いたとき、真っ先に王家に売る金額の計算を始めたので、この家族には加護をもたらすまいと決めた。二度目は、エーデンタール国王家がロザリアを召し上げてからだ。莫大な金と引き換えにロザリアを買い取り、数年と経たずに事実上ヴィオラ公爵令嬢に乗り換え、ロザリアが王城で役に立たねば存在する価値なしと日々詰り続けた。こんな王家が治める国が貧しさに喘ごうが、知ったことではないと思った。


 しかし、帝国はなかなか良い。ラウレンツ皇子は大馬鹿だが、政治と商売の腕は確かだ。この皇子のもとでロザリアが働くことに、最初はもちろん難色も示してしまったが、今となってはなかなか悪くない選択肢だったと考えている。衣食住が豊かに保障され、日々抑圧され存在を否定されるようなこともなくなり、いつの間にか、ロザリアはゴブレットを買うか悩む余裕までできるようになった。


 だからこの数ヶ月はよかろう、ラウレンツ皇子がロザリアに与えたものを加護にして返してやろう。そう考えることにしたのだ。


「ヴァレン、少しは返事をしたらどうなんだ。ワン……とは言わないのか、しかし何か返事くらいはできるんだろう? 神獣は通常の獣に比べてはるかに知能が高く、喋れずとも人間の言葉をほとんど、いやすべて理解できているはずだ」


 ただ、この皇子がロザリアに恋してしまったというのは、非常に面白い反面、若干面倒な側面もある。


 それはこの皇子も認識している。しばらく私に向かって返事をしろだの喋ってみろだの話していたが、やがて諦め、また最初の話題に戻った。


「……この感情が恋かどうかは措くとしても、ロザリア以外が皇子妃になるなど考えられないのだけは間違いない。ただ……契約ではなく正式に皇子妃になってくれと頼んだら、ロザリアの労働力を無償で手に入れたがっているようにしか見えないんじゃないだろうか」


 現在のロザリアは、契約妃であるがゆえに、その仕事に対して金を支払われている。では、実際に皇子妃になった場合にはどうか。給料をもらう皇子妃など聞いたことがない。


「それにもし、ヴァレンが神獣だとしたら。俺は、アラリック王子と同じになる。それだけはしたくない」


 フンフンと鼻を鳴らしてやると、胴に腕を回され、抱きしめるような形で暖をとられた。


 だからきっと、お前は、せめて私が神獣だとは知らないほうがいいのだ。


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