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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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29.愛を知らないことと恋を知ること

 ワインを飲み終え、一度ゴブレットを預けた後、またマーケットを見て回り、最初に馬車の中から見たお店を見つけた。


 加工済みの色とりどりの鉱石が、ペンダントやイヤリングになって並んでいる。屈みながら、ヴァレンにも視線を合わせた。


「どう、ヴァレン、せっかくだから鉱石つきの首飾りなんて?」


 くい、と顎が上に向く。悪くないという意志表示だ。その両手を持って支えを与えてやり、並ぶ鉱石が見えるようにしてやる。


「何色がいいかしら? あなたの目に合う金色か、それとも私の髪とおそろいのブラウンか……私の目とおそろいの銀色だと毛に埋もれて目立たないものね……」


 ぱちくりと金の目がアクセサリーを物色する。ちなみにマーケットの主人は客商売に慣れているのか「立派な犬ですねえ」としか言わなかった。


「いっそグリーンなんてどうかしら? 銀色に映えてきれいだと思うし、私とおそろいでつける?」


 フンフンと鼻が動く。どうやらグリーンという色には賛成らしい。好きなデザインがあるかしらとその目線を追っていると、不意に私から離れ、なんとラウレンツ様の膝に足をかけて台の上を覗きこんだ。


「こらヴァレン、あなたの足で汚れるでしょう」

「構わないよ、そういうときのための普段着だ」


 ヴァレンとラウレンツ様は結局冷戦中ではないのか? はてと首を傾げていると、ヴァレンがポン、ポンと軽く台を叩いた。その近くにあったのはひし形のペンダントトップで、グリーン系のマーブル模様になっている。どうやらチェーンは自分で選べるらしい。


「これがいいの? あなたにはいいけど、私にはちょっとトップが大きいわね……」

「髪飾りにしたらいいんじゃないか」


 こっちにある、とラウレンツ様に手を引かれる。お陰でヴァレンを挟んで抱き合うような形になった。ごめんね、ヴァレン。


「髪飾りなら多少大きくても邪魔しないんじゃないかな。少し珍しい形だけどね」

「あらそうですね、きれいでいい感じです。でもこれってどう使うんでしょう……」


 金属の棒の先端にペンダントトップがつき、棒の反対側が二股に分かれている。帝国独自のものかと思ったけれど、ラウレンツ様も知らないらしい。


「さすが、色男は御目が高い」


 マーケットの主人がすかさず前に出た。帝国皇子を捕まえて“色男”、もしこの主人が宮殿に参上することがあれば自分の所業を思い出してひっくり返るだろう。


「こちらは東洋の髪飾りを真似して作ったものでしてね、帝都でもまだなかなか手に入りません。最近海を渡ってきた行商人が紹介してくれたものですので、これを身に着ければ社交界で二度見三度見されるでしょうな!」


 もう五度見くらいされた後です。


「どう使えばいいのかな、この飾りは」

「簡単ですとも、結ってある髪に斜め上から差せばいいのです。慣れたらこれだけで髪をまとめることもできますよ」

「試しても?」

「もちろんですとも」

「ロザリア、後ろを向いてくれ」


 マント越しに体をくるりと回され、ラウレンツ様に背を向ける形になった。なんだか妙に積極的だけれど――。


 そうだ鉱物の調査! ハッと我に返って背筋を伸ばした。自然な立ち振る舞い通り越して自然にヴァレンへのプレゼントを選び過ぎてしまった。きっとラウレンツ様は私の頭の高さでこの石の色や光の反射具合を確認しようとしているに違いない。


 しまった、ついうっかり、マーケットが新鮮で、鉱石もきれいすぎて……! 苦い顔をしていると、またくるりと体の向きが戻された。カチャカチャと石の音が頭上で鳴っている。


「うん、よく似合うよ」

「ええ、お似合いでございます。せっかくですから別の色も試しては?」

「そうだね。この間の金のドレスが良く似合っていたから黄色か、しかし瞳の色に合わせると銀色か……」


 そうですよね、いろんな鉱石の色を確認する必要がありますものね! どんどん自分が恥ずかしくなってきた。いつだって自分の職務を忘れてはならない。


「いや、やはり最初のグリーンが一番可愛いね。これにしよう」

「ありがとうございます!」


 しかもさり気なく説得的な言葉を選んで、私とヴァレンの要望に戻ってくると。今日も心の中で惜しみなく拍手を送った。公爵家での一夜以来、ラウレンツ様はますます冴えていらっしゃる。


「ヴァレンの首飾りも一緒に、だよね?」

「そうですけれど、私が自分で求めますよ」


 私の髪飾りは鉱石の色を確認ために買い求めたほうがよく、その意味で必要経費としても、少なくともヴァレンの首飾りはごく個人的なお買い物だ。そこまで含んでもらっていいものだろうか。


「ヴァレンとおそろいのアクセサリーは欲しいと思っていましたので、お仕事が終わった後も身に着けていたいのです。その意味では私が払うのが道理かと」

「それなら心配は要らないよ、俺の個人的な買い物だからね」

「……なぜですか?」

「なぜと言われても……」


 硬貨を出しながら、ラウレンツ様は珍しく困った顔をした。直感に従って動いたものの自分でも答えが見つかっていない、そんな顔だ。


「なぜだろうね。なにか贈りたいと思ったんだよ」

「さきほどのワインといい、もしかして、そのくらい無意識に私の仕事を評価してくださってます? 光栄です、ありがたく頂戴いたします」

「意識はあるつもりなんだけれど、じゃあそういうことにしよう。せっかくだからヴァレンもいまつけるといい」


 ラウレンツ様の足に手を引っかけたままだったヴァレンは、そのまま首飾りもつけてもらった。もともと通行証代わりにつけていた金のプレートの邪魔にもならず、なんならグリーンの首飾りともとからセットだったかのようだ。歩き始めると、揺れる石がチャリチャリと音を立てて、まるで高貴なオオカミのようだ。もちろん何よりも高貴な生き物なのだが。


「あらヴァレン、よく似合うし、可愛いわ! もちろんヴァレンはいつだって可愛いのだけれど!」

「……いつだって可愛い、か……」


 不意にラウレンツ様が顎に手を当てて考えこんでしまった。そんなにおかしなことを言っただろうか。


「ヴァレンの可愛さに疑問が?」

「いやそういう話ではなく。……どういう感情なのかと思って」

「どうと言われましても……」


 ヴァレンの顔を覗きこむ。見ているだけで可愛いし、愛らしいし、隙あらば頬ずりしたいし、実際たまにするし、なされるがままにするのも嫌がって逃げ出すのも可愛い。鼻を鳴らして偉そうにしていても、怒って牙を剥いても可愛くて仕方がない。


「難しいですね。ともかく、すべてが愛らしいとしか言いようがないのです」

「……愛らしい」

「ええ、やることなることすべてが可愛くて、その程度としては、どうしてこんなに可愛いのだろうと不思議に思ってしまうほど。まとめると愛らしいということになるかと思います」

「……自分でも不可解なほどにすべてが愛らしく、喜ぶことをしてやりたいと?」

「そうですね」


 なんだ分かってるじゃないですか、そう頷いてあげたのに、ラウレンツ様は顎に手を当てたままだった。


「……一緒にいてくれると落ち着くし、ずっと一緒にいたいと思う?」

「ええ、そうですね。幼い頃からずっと一緒ですし、ヴァレンがいない生活なんて考えられません」

「傍にいないとふとした瞬間に考えてしまうし、些細なことでもいいから喜ばせたいと感じてしまったり、他の者がその可愛さに気付くと嬉しい反面、自分だけが知っていればよかったと思う?」

「え? ……ええ、まあ、どこに行ったのかしらと思うことはありますが……後者は少し違うように思います。ラウレンツ様のいうそれはおそらく恋です」


 ピシッ、と今度こそラウレンツ様は往来で派手に固まった。おそらく人間に落雷があればこんな形になるのだろう。


 置いていってしまわぬよう、私も立ち止まって向き直った。


「ラウレンツ様のその所感、大要、アラリック王子がヴィオラ公爵令嬢について話していたことと一致しております。いつもアラリック王子は話しておりました」


 ヴィオラ様が一緒にいてくれると落ち着き、ふとした瞬間にも何をしているだろうかと思いを馳せてしまう。ヴィオラ様が喜ぶとまるで自分のことのように嬉しく、なんでもしてやりたいと思ってしまう。その美しさ、可愛らしさは周知の事実であるものの、自分にだけその愛らしい笑顔を向けてほしい気もして複雑なのだ。――と、ご高説を賜ったことがあった。私にその話をして一体なんとコメントしてほしかったのか、今でも私は分かっていないが、当時はとりあえず「色々悩みがあるんですね」と流してしまった。アラリック王子の反応は、どうでもよすぎて覚えていない。


 それを説明差し上げて、「というわけで」と締め括る。


「総括、恋焦がれてやまないということでした。ゆえに私はこれを抽象化した要素を含む感情を恋と認定しておりますが、ラウレンツ様がいま話したことがそれです。つまりそれは恋である可能性が高いです」


 愕然としたラウレンツ様の顔はなかなか見物だった。まさかこの俺が、現皇帝は元皇妃への恋心で国を狂わせたというのに、この俺までもが――なんてアテレコをつけるのはやめてさしあげるとして。


 ここ数日の妙な態度もそういうことだったのだろう、一人納得してしまった。血は争えないもので、ラウレンツ様もきっと恋の病に落ちたのだ。


 そして、そのラウレンツ様が思いを寄せる令嬢の候補など、最早分かっているようなもの。立ち尽くしたままのその両手を取って、しっかりと握った。


「ご安心ください、ラウレンツ様。私も恋には疎い類ではありますが、私は生半可な気持ちで皇子妃を引き受けたわけではありません。いえ、正直いい具合に言いくるめられるがままに頷いた側面もありますが、ラウレンツ様に望まれる限り、望まれるまで皇子妃を務める責任を持ちました」


 それになにより、やっぱり、ラウレンツ様はあまりにも優良な雇用主なのだ。能力は求めるけれど、必要な裁量を与えてくれ、仕事量も調整し、ときに職掌以上の仕事を求める際にはきちんと対価を支払ってくれる。そのくせ、たまに広い懐でサービスも振る舞ってくれる。


 こんな雇用主は、大陸中を探しても他にいない。


「その恋のお相手、必ずや皇子妃にしてさしあげます!」


 私はやっぱり、雇用主としてのラウレンツ様の素晴らしさに惚れ込んでしまったのだ。そしてそんな素敵な雇用主には、適切な成果で返すのが礼儀というものだ。


「あ、でもこれは皇子妃の職務ではないので、臨時お給金はください」

「……………………応相談だな」

「ええ!」


 その帰りの馬車で、ラウレンツ様は終始渋い顔で何かを考えこんでいた。間違いなく、恋の病だった。

週末にするっと読める短編を書きました。よかったらページ下部からご覧ください。

1万字くらいのややシリアスなハッピーエンド異世界恋愛です。

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