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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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26.商談成立と市場調査

 ノイマン公爵家でのお披露目会から数夜明け、今日の私は帝都の中心地にお出かけしていた。


 モンドハイン宮殿が贅沢の中心なら帝都の中心は華麗の中心、広場にある噴水はトップに大理石のオブジェを飾った超大型で、帝国の豊かさを象徴するように三段の器に水が注がれ、周りではピエロが踊っているし、ストリートフードを売る市もある。


 何でもない日なのにまるでお祭りのように人の波が寄せては返す、これぞまさに帝国の中心地。今日の空はどんより曇っているけれど、それを帳消しにするくらいには明るい雰囲気に、私もついつい馬車の中からはしゃいでしまった。


「さすが帝都ですね、王都よりもずっと賑やかです! 私が降りても平気でしょうか、まだ民衆には顔を知られておりませんし……」


 向かい側のラウレンツ様を振り向きながら、言葉が尻すぼみになってしまった。なぜって、大真面目に腕を組み、私の隣に座るヴァレンと睨み合っているのだ。


「……どうなさったんですか、ラウレンツ様。それにヴァレンまで」

「……いや。俺はてっきりヴァレンに好かれているものだと思っていたのに、今日はなんだか冷たいなと感じてね……」


 馬車に乗ったときのことだろうか。ラウレンツ様が馬車の中から私の手を引いてくれた後、飛び乗って来たヴァレンはラウレンツ様の隣にもふりと収まり、私が座ると途端に私の隣に移ったのだ。お陰で馬車の中でも私は暖かい。


「まあ、こういってはなんですが、ヴァレンもラウレンツ様より私のほうが好きですからね。これは不敬と言われても譲れませんから」

「……そういうことにしておこうか」


 どういうことだろうか? もしかして遠回しに私がはしゃいでいるのを咎めたのだろうか? なにせ今日はお忍びのお遊びではなく、お忍びの市場調査だ。


 今朝、唐突に「帝都の中心まで出掛けてみないか」と提案されたときは何事かと思ったが、すぐにピンときた。他の官僚にも予定を知らせず、しかもこんなラフな普段着、先日ネーベルハイン国の侯爵令息との間で話題に出た鉱石の出回り具合、ついでに女性の化粧状況を内密に確認したいという趣旨に違いない。なかなかに察しの良い自分をつい褒めてしまった。


 が、さすがに咎めるのにヴァレンを引き合いにだすのは遠回しが過ぎる。なにか別の意図が……と体を小さくして叱責に備えたけれど、ラウレンツ様は視線を窓の外へ向けてしまった。


「それより、適当なところで馬車を停めて降りよう。ガウンのフードを被れば、気付かれやしないよ」


 そのまま御者に合図をし、少し離れた宿の前で馬車を停めた。先に降りた後は、いつもどおり分厚いブルーのマントの下から手を伸ばしてくれる。その仕草に違和感はない、が……。


「……ラウレンツ様」

「なんだい?」


 私が降りると、ヴァレンも引き続き馬車から飛び降り、そのまま私のドレスに体をこすりつけるようにしてくるくると回る。お陰でヴァレンの体の幅分の防御壁ができたような気分だし、足元だけふんわりと暖かい。


 が、そんなことはいま問題ではない。


「……なにか困りごとでも?」


 さきほどの言葉が額面通りだとしても、ここ数日間のラウレンツ様は少々おかしい。


 仕事はいつもどおりこなしているし、なんならその効率は良くなっている。ただ、だからこそ確保できる休憩時間を、わざわざ私の休憩時間と合わせ、一緒に紅茶を飲み、しかし他愛のない話に終始する。そして私の隣に座るヴァレンをたまに睨んでいる。


 まさか、ヴァレンが神獣だと気付き、よくも皇子たる自分を謀ったなと腹を立てているのでは。そして私にそれを問いただそうとしているも、神獣の力が未知数ゆえにヴァレンの前では何も言えずにいるのでは。


 その疑惑に気付いたものの、私のほうからそう切り出すことなどできない。ヴァレンとも相談したけれど「あの皇子は油断ならんからな」としか言ってくれなかった。


 ラウレンツ様は、私とヴァレンにどんな感情と疑問を抱いているのか。もしグレーの部分があるのであれば早々に対処せねばと、キッとグリーンの双眸を睨みつける。再び住まいと職を失うわけにはいかない。


「もし、私の仕事ぶりにご懸念がございましたら遠慮なくおっしゃってください。そのための日当に最高級の衣食住と身周り品と専属メイドとその他もろもろの最高待遇ですから!」


 じっと私を見下ろすラウレンツ様は無言だった。なんなら馬車から私を降ろすために手を握ってそのまま固まっている。


「……懸念か」


 形のいい唇が少し呆然としたように動いた。憚ることはありませんよと、しっかりと首を縦に振って応える。


「ええ、なにかご不安か、そこまでいかない些細なコメントでも結構です。その程度のことで雇用主に不信感を抱く私ではありませんので! アラリック王子のように私を寒空の下で馬車から蹴り落とす真似でもすれば話は別ですが!」


 なお、アラリック王子がそんな暴力に及ぼうとした際、私はうっかり後ろ足でアラリック王子の膝を蹴り上げてしまったのだが。お陰で馬車から転がり落ちずに済み、なんなら後から馬車を降りようとしたアラリック王子がヴァレンに体当たりを食らって、逆に馬車から転がり落ちる羽目になった。ちなみに、以後一切暴力じみた嫌がらせをされなかったというのは余談である。


 ともあれ、それに比べれば気前と品と処遇のいいラウレンツ様による大抵の無茶ぶりは許せよう! ぎゅっと両手でその手を握ったけれど、やはりラウレンツ様はぴくりとも動かずにじっと私を見つめ返すだけだ。


「……それなら」

「ええ!」

「……今日は力を抜いて楽しんでほしい」


 ……日頃の私が、力を入れすぎて空回りしていた……? それは確かにいただけない。特に今日はお忍びの調査だ。手を握ったままもう一度深く頷いた。


「ええ、もちろんです。自然な立ち振る舞いになるよう、留意します」

「…………そうだね」

「では早速あちらの市場を覗いてみませんか? ヴァレンの首飾りにすると似合いそうな素敵な石が売っていたのです。あ、ちょっとはしゃぎすぎてわざとらしいですかね?」

「……いや、大丈夫だ。東のマーケットのほうかな、行こう」


 少し硬い表情のまま、ラウレンツ様は踵を返した。手は握ったままだった。

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