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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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23.文化の相違と情報の価値

 宮殿の外に出ると、月の紋章の描かれた皇族専用の馬車が待っていた。他の貴族の馬車とは違う格式高さを感じさせるのはその紋章だけではない、御者の服装もまるで上級使用人のそれで、馬もたてがみの一本一本まできれいに整えられ、車輪も砂埃ひとつ見当たらないほどきれいに磨かれていた。


 そして、そこまでくれば乗り心地も一味違う。一緒に乗ったヴァレンも、顔をしかめることもなくじっと座っている。むむむ、馬車でありながらこの乗り心地、やるな……なんて渋い声が聞こえてきそうだ。


「すごいですね、一体いくらの馬車なんですか?」

「考えたくもないね。これでも無駄な金の装飾はかなり落としたよ、重たくて馬にも負担だしね」


 すっかり元通りに戻ったラウレンツ様は、頬杖をつきながら呆れた溜息をつく。


「こうしてあらゆるところに元皇妃の爪痕という名の遺産がある……売り払うことができるわけでもないし、有効活用はしないとね」

「元皇妃――イザベラでしたっけ? 先日お話していらっしゃいましたけれど、鉛入りの白粉というのはイザベラ元皇妃が売っていたものなんですか? イザベラ皇妃の美貌が手に入ると銘打って」

「ああ、そうだよ。宮殿財政が傾いた後で、ない金を捻出するためにたちの悪い商人を引き入れてね」


 私は顔を見たことがないし、追放によりその肖像画も廃棄されたので顔は知らない。しかし、噂で絶世の美女だと聞いたことがあるし、実際に皇帝が骨抜きになって国を傾けたくらいだ。


 そのイザベラ元皇妃の美貌という触れ込みの効果は絶大だっただろう。存外、この皇子の商才は(継子とはいえ)イザベラ元皇妃から受け継がれたものなのかもしれない。


「一応その商人らも放逐したが、まだ足りない。君も言っていたとおり、白く見えることが美しいと、女性の中ではなっているそうだからね」

「そうですねえ。先日は理由を答えることができませんでしたが、考えてみれば数十年前の大飢饉が原因だったのかもしれません」


 私が生まれるより前の話だが、大陸全土で史上最悪の不作が続いた数年間があったらしい。当然のことながら大陸レベルで人口が激減し、王侯貴族までも質素倹約の生活が義務付けられたのだとか。


「その頃って、農民が貧困に喘いでいて、貴族の生活が脅かされる危険まで生じていたわけじゃないですか。そこで慎ましさこそ美徳と掲げることで貧しい現実を正当化して、農民の不満を抑制しようとしたんだと思います。白い化粧や目の下や頬の影はその質素倹約の名残ですね」

「……なるほどね」


 ほう、とラウレンツ様は顎に手を当てて感心してみせる。


「農民を説得するための方便が、いつの間にか貴族の中での美意識にすり変わってしまい、痩せこけた青白い顔を演出するようになっていたということか」

「多分ですけどね。まさしくそう考えることで私は自分を落ち着かせようとしているのかもしれません、この白くない顔で人前に出ても恥ずかしくないぞと」

「何を言ってる。人前に出て恥ずかしくないどころか、間違いなく、今のほうがいい」


 一語一語に息を込めるような強い口ぶりで言いきられてしまった。そう力強く言われるとそういうものかもしれないと思う自分がいるが、これもヴァレンにいわせれば口車に乗せられているということなのだろう。あまり真に受けず、社交界には身を引き締めて臨むことにしよう。


「まあ、男性の美意識と女性の美意識というのは違うものですものね。先に男性を味方につけるといいかもしれません」

「……いやそういう話ではなく」

「あ、そうですね、国でも違うそうですよ。ご存知ですか、たとえばエーデンタール国では低い鼻をコンプレックスに感じる人がいますが、ネーベルハイン国では可愛さの象徴なんだとか。逆にネーベルハイン国では褐色の肌の女性が当たり前で何の変哲もない特徴のように言われますが、帝国男性は非常に情熱的な魅力を感じるそうです。ラウレンツ様もやっぱり褐色の肌の女性のほうがお好きですか?」

「……それはもちろん、健康的な女性のほうが魅力的だよ」


 また微妙な顔をしている。もしかして皇族の責務たるお世継ぎ作りのことを考えて疲れてしまったのかもしれない。女性の好みの話はやめてさしあげよう。


 そうしてしばらく走った後、ノイマン公爵の帝都内別邸に到着した。到着したといっても、門から玄関に向けては赤レンガの道が伸びていて、玄関はまた少し先にある。家の敷地外に出るのも一苦労だなんて、私からすれば「無駄では?」と思えてしまうのだけれど、帝都では、門から入っていきなり目の前に玄関があるというのがいかにも貧乏くさいらしい。


 そのレンガ道を走る間、両脇の庭には既にたくさんの馬車が停まっていた。小窓から目だけを覗かせると、どれもこれも家紋入りで、いかにも今日のために一級の馬車を揃えましたといわんばかり。この社交界に招待された栄誉を誇っているのだろう。


「ずいぶん奥まで進みますね。手前で停まらなくていいんですか?」

「門から馬車の距離は位の高さに比例する。私達皇族だけは玄関の前まで行くことが許されるんだよ」

「あ、なるほど」


 そうして、私達の馬車は玄関の目の前で停車する。既に他の貴族は会場内に入り、私達が最後の客だった。


「ノイマン公爵は陛下の弟君でしたっけ?」

「そうだね、元皇妃追放にも尽力してもらった」

「仲が良いんですか?」

「……悪くはないけれど、どうして?」


 馬車を降りたラウレンツ様が手を差し出す。馬車を降りながらエスコートしてくれるのはラウレンツ様くらいなので、なんとなく手が馴染んできた。


「いえ、素朴な疑問です。もともと元皇妃は追放されてしかるべき人で、追放後は皇帝陛下も病に伏せっています。その状況で玉座を狙わないのですか?」

「さすが、いい指摘だね」


 私が降りると、ヴァレンも飛び降りる。ただ先導することはせず、私のドレスの影に隠れるように、その体をスカートに擦りつけた。いきなりオオカミが出て行って騒ぎになってはいけないからだ。


「前提として、ノイマン公爵は皇位継承権を有するままだ。もちろんその順位は最下位に等しいけどね」

「皇族の血が途切れると困りますものね。であれば、ラウレンツ様は害されるおそれがあるのでは?」

「もちろんある。でも、ノイマン公爵は帝国の現状を知っている。だからいまの状態で引き受けたいとは毛頭思っていないし、むしろ地盤を整えるために協力もしてくれているというわけだ」

「なるほど、それは一理あります。清濁併せ呑むといいますか、この辺りは難しい問題ですね」


 それこそ、国によっては公爵となった段階で皇位継承権を剥奪するところもあるはずだ。血筋を重視するか、王族を務める現在の自分達を重視するか――ちなみにエーデンタール国は前者だ。


「ちなみに公爵夫人は人のいい方だ。政治の世界では頼りにならないかもしれないが、人格は間違いなく貴族指折りだよ」

「いいですねえ、心が擦れて久しいので、そういったご夫人とはぜひ仲良くさせていただきたいです」


 言いながら、であれば公爵夫人は抱き込んだほうがいいだろうなと考える自分がいた。心が擦れて久しい私には純粋な友情を育む余力がない。


「そういえばエーデンタール国では……アラリック殿下とヴィオラ公爵令嬢がご結婚の予定だそうだね」

「殿下、エーデンタール国の情報料は別途いただきますよ」


 ラウレンツ様への感情も同じくなので、腕を優しく絡ませながら、わざとらしく微笑んでみせた。アラリック王子の隣で(ヴィオラ様に制限された以外の)権限を与えられていた私は情報の宝庫。帝国皇子妃たる今、その価値は格段に跳ね上がっているのだ、タダで渡すなんて真似はすまい。


 ラウレンツ様はちょっと面食らいながら、顎に当てた手で口を隠した。なんとこの皇子、あわよくばエーデンタール国を手に入れようという野心があるらしい。


「……必要とすることはあるかもしれない。とりあえず今はいいよ」

「ノーインフォ・ノーペイですね。いつでもお申し付けくださいませ」


 しかし、アラリック王子も、元婚約者の私が王都どころか国外に出ていくことを許すなんて。あの王城は大丈夫だろうかと、たまに心配になる。


 が、いまは過去の住処を気にしている場合ではない。腕を絡ませたまま腹筋に力を入れ、煌びやかな光を放つ玄関に臨む。これから私は、パンツを履かずに公爵の前に出るのだ。


「行きましょう、ラウレンツ様」

「……そうだね。でも俺がリードするから、まあそう硬くならず、君はいつも通りの君でいいいよ。ヴァレンにだけ気を配ってあげてくれ」


 フン、とヴァレンが鼻を鳴らして答えた。私達はゆっくりと、まるでこの社交界の主役のように悠然と、会場へと続く階段を上がる。ヴァレンも、至極当然のような態度で一歩一歩階段を上った。

すみません、もうフラグは立てません。下書きがなくなり絶賛執筆中です。

現状下書き残り2話です。お待ちいただいてありがとうございます、よろしくお願いします……。

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おじさん…失礼
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