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【カクヨムコン10特別賞】加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一章

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14.金食い庭と金稼ぎ市

 ドレスをたくしあげて小走りで階段へと向かっていると、ちょうどよく角からヴァレンが歩いてきた。きょろ、と軽く当たりを見回すように鼻を動かしてから、トットットと私の足元までやってくる。


「どうしたロザリア、皇子の仕事は休みか」

「むしろ仕事中。でもちょうどよかった、『星の庭園』に向かってくれって言われてるの」

「ああ、まったく、人が集まっていて鬱陶しいといったらないな」


 マーケットが開かれると聞いたヴァレンは、下手に野生のオオカミと間違えられて駆除でもされてはたまらんと、今日は散歩をせずに部屋にいると話していた。それがこうして宮殿内をうろついてくれていたとはありがたい。


「ね、ちょっと乗せていってくれない? 急いで行ってほしいって言われたんだけど、『星の庭園』って西門まで行くから遠くて」

「構わんが、皇子妃がオオカミに乗っていたなどと噂されていいのか?」

「大丈夫、ヴァレンはイヌってことになるみたいだから」

「何?」


 踊り場まで行って窓の鍵を開けていると、途端にヴァレンが憤慨し始めた。


「私は許可していないぞ!」

「だってヴァレンに聞いておきますとは言えないじゃない」

「言え」

「でも、宮殿はともかく、これから貴族の屋敷を訪ねる際にオオカミじゃ連れていけないって言われちゃって。もともと宮殿内でもヴァレンがオオカミだって知ってる人は少ないし、イヌだって思われたらみんな可愛がってくれるだろうし、過ごしやすくなるかなって思っちゃったの」


「そういう問題ではない。私のプライドの話をしているのだ」

「大丈夫よ、私とラウレンツ様はちゃーんとオオカミだって分かってるから」


 屈んで抱きつくと「だからそういう問題ではない」と腕から頭がすっぽ抜けた。皇子妃ポジションになって以来、私のお手入れ用品だけでなくヴァレン用のお手入れ用品もランクアップし、その毛は今までにましてサラッサラだ。


「大体、あの皇子は口がうますぎるのだ。なんやかんや言ってロザリア、お前はあの皇子のいいように転がされているぞ」

「そうなのかしら? そうかもしれないわね」


 窓を開け放ち、ヴァレンの背に乗せてもらう。ふわふわの毛の中に埋もれるようで気持ちがいい。


「でも田舎で自由気ままな二人暮らし、したいでしょ?」


 よろしく、と手で首もとを撫でて合図すると、ヴァレンは窓枠に前足をかけた。


「まあ、この帝国が田舎まで豊かになっていればな」


 そのままひょいと――3階の窓から飛び降りた。風にあおられぎゅっと目を瞑っている間、カリッ、カリッとヴァレンの爪が壁を蹴る音が聞こえた。ひゅう、と風の渦に抱かれながら、ヴァレンは軽やかに着地し、そのままバラ園の陰を走る。


「西門までは行かないぞ、人が多すぎる」

「もちろんよ、ショートカットできれば十分」


 その最中、ピピピと鳥の声が聞こえたかと思ったら、ヴァレンの顔の隣にコマドリが合流した。神獣のヴァレンは、たまに普通の動物ともコミュニケーションをとっている。


「どうしたの?」

「人が集まっているせいで何事かと気にしているようだ。気にすることはない、ただの祭りだ。夕刻に行けばエサが落ちているだろう」


 大雑把な説明だったけれど、そのコマドリは納得したのか、ピピピと鳴きながらまたどこかへ羽ばたいていった。ヴァレンの背に乗って運ばれたまま、その姿を見送る。


「いいわね、ヴァレンは他の動物とも話せて……」

「そうでもない。大半は一部の人間と同じくらい物分かりも悪いからな」

「さりげなく人の一部が動物並みに物分かりが悪いなんて言うんじゃありません」

「事実ではないか。アラリック王子などその類だった」


 『星の庭園』にいる人々が少し見え始めたところで、ヴァレンは素早く隣の『秋の散歩道』と名付けられた道へ移った。両脇が森のような林に囲まれているので身を隠しやすいのだ。


 そうして西門の近くまで行き、人の声が近くなってきたところで減速する。私が地面に降りた後、ヴァレンは匂いでなにかを探すような仕草をした。


「……懐かしい匂いがするな。この花の香りは……エーデンタールから来た貴族もいそうだな」

「今日は三ヶ月に一度の特に大きなマーケットの日らしいから。知り合いに見られたらちょっと面倒くさいわね」

「顔を知っている人間は少ないんじゃないか。ヴィオラ公爵令嬢が大体前に出ていたではないか」

「それはそうね、わざわざ官僚がこんなところまで遊びに来ているとは思えないし……」


 いずれにせよ、ヴァレンと喋ることができるのはここまでだ。し、と人差し指を立てて唇に当てると、器用にもちょっと肩を竦めるような仕草で返された。オオカミだと騒ぎになるのを避けるためか、その尻尾を揺らしながら軽い足取りで林の中へ消えていく。


 さて。『星の庭園』に顔を覗かせると、宮殿内から少し見えていたとおり、人がごった返していて非常に盛況だった。『星の庭園』は、広い敷地の中に大きく円形の道が描かれ、さらにそれを突っ切るように縦横の道が走り、中心部に小さな円形があり……と、上から見たときには幾何学的で美しい見た目をしている。しかも、植木の中には等間隔にランタンが置いてあり、夜に火を灯せば宮殿から星空のような景色が楽しめるというコンセプトで……。


「本当にどこもかしこもお金がかかってるわよね。貴族に切り売りしようにもそうもいかないわよね、皇族の居所が近すぎるのは問題だもの」


 そうして本来は観賞するためだけにある庭園の道には、情緒もへったくれもなく人がごったがえしている。道の4分の3は客でごったがえし、残る4分の1にはごちゃごちゃと商人が並んでいる。みんな植木に背を向けるようにしてはいるのだけれど、出店状況が様々――シーツや絨毯を敷いて物を並べている人もいれば、引いてきた荷台からそのまま売っている人、簡単な骨組みで城下の店先を再現している人もいる――で、どうも無秩序に見えてしまう。


「でも、こうしてなんでもアリにしてるからここまで盛り上がっているのよね……きちんと構えないといけないとなったら出せない人もいるし、逆に格式高く見せるためにシーツを敷くより立派に構えたい人もいるだろうし……」


 さすが自ら商人として指揮をとるだけあって、よく考えられている。ついついマーケットで売られているものも見て、あんな石の飾りをつけたらヴァレンも可愛いだろうけれどイヤがるかな、なんてことを考えてしまって――自分が仕事で来ていることを思い出して、慌てて事務官が話していた場所へ足を向ける。『星の庭園』の入口だと言っていたけれど、私が入ってきたところにはいなかったからもう一方のほうだろう。


 迂回したほうが早いかもしれない、と一度庭園を出てぐるりと回り、反対側の入口に行って――見つけた。

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