第十八話 自室の外、異世界とて
【陰キャの狙撃手 ケント・オルカ】
仕立て屋さんから貰ったスーツに袖を通す。新品の糊の効いたスーツは黒のシンプルな色味だけど、銅のカフスや、光の当たり方に寄って翡翠の魔法陣式が浮き出たりと冒険者心もしっかりくすぐってくる。
「銃は今回特別仕様だ。」
「と言いますとー…」
「本部からお前が今追っている【マート組】の話を聞いた。そいつら、随分コネづくりに必死らしいな。」
初耳だが。
しかしそうなると困った、敵増えるし…、しかも懐柔が目的とか最早無理ゲー…
「世界樹に住む貴族共とも仲良くしてるらしいが、貴族共は一つ厄介な力を持っている。」
「と言いますと」
「【魔法律:累進過贅】という力だ。」
政経の授業で聞いた事ある。なんかお金持ち程多く税金取られるいい法律じゃなかった?
「このスキルを持った貴族連中相手に魔法を使えば魔力を半分無条件に搾取される、ひどいときにはハナから半分魔力を持っていかれるなんてのもある。」
「え、なにそれ?さすがにそんなんされたら勝てな…」
「そもそもこの世界樹ほぼ全域に天界は魔法壁に近い管理システムを張り巡らせているからな…、でお前に渡した銃は闇市から仕入れ俺が更に魔改造を施し、【魔導念貢】、またの名を【at tax code】というアイテムになってる。それらの影響を受けない特殊な仕様だ。」
なんか急に海外のベンチャーの金持ちみたいな用語が…
まぁ、とにかく今は礼を…
「ありが…」
「それと、お前に渡されてたこれも返しとくぞ。」
これは…
「それは骨董品だ。『旧調重弾』といってな、魔力を込めて撃った相手に自分との想い出を何度も見させるメンヘラ感満載の呪具だ。直接的なダメージは一切無い。よくそんなもん持ってたなお前。」
やっぱり…
これは白鳩スーツが黒魔導士の額を撃った時に使った物だ。てことはやっぱりあいつはビンセントを殺す気はなかったってことになる。闘いの後、ビンセントの意識は戻らないものの命に別状が無かったから何かおかしいと思ったら、フィールドに落ちていた。
自分の話が終わるとおじさんは地上階へワイを案内し手元の新聞摺物に目を落とす。翳りのある床屋の受付の席に座り、まるで何事もなかったかのように。こんな異世界はハナっから存在しないかのような、そんな感覚に襲われる。
けれどおじさんの手元の新聞は確かに魔導水晶で出来ている。ビニールシートみたいな薄っぺらくて柔らかく、折り畳めるそれは形こそ新聞ににているが透明の一枚の板に魔光電子であらゆる情報を表示する、いわば新聞型スマホ。
この世界の文明力の高さをまんま意味する。
この世界では誰もが持っているようなアイテムは様々な形にカスタムされていることが多い。例えば女性なんかだと画面を閉じると手鏡になる魔導水晶だったり、冒険者が持つ剣や盾には耐久力の高い画面のスマホが付いていたり…
白鳩スーツの行動への違和感、この世界で目にした本当の意味での多様性というかこだわりみたいなものを感じながら今度はトレーニングを付けてもらっている場所、群生林へ向かった。
「なんだよ、いいスーツ着てんじゃん。」
「クリスさん。どうもです。色々改造してもらって…」
「自信があれば、スーツの事は心配しないでいい!」
もちろん着替えさせていただきます!
ここ一週間、赤紫の蛇革ハットのお兄さん、クリスさんには随分お世話になった。1日の大体の流れは魔蟲を一体見つけてワイが倒す。その際には悪いところを見てもらって、で大体一体倒すぐらいでワイが力尽きるからその後に群がる魔蟲達をクリスさんが全匹倒す。
ワイはトレーニングを見てもらえて、クリスさんは囮がおびき寄せる群れを一網打尽にできるというウィンウィンの関係。
一週間の最初には一体が限度だったのが、今ではクリスさんのサポートに入りながら二体目を狩れるくらいまで成長した!
もちろん隣でクリスさんは数十を倒していく、しかもそれでリハビリ中らしい。
上には上がいる。
下で見上げていた時は一番上が簡単に見えていた。
山登りと同じで、登ってない人間には山の頂上は簡単に見えたりする。
いざ登り始めると五合目だってキツイ。
リタイアする人もいっぱいいるだろう。
たまたま頂上から折り返してくるクリスさんみたいな人の助けがなければ、ワイはそこでキャンプをして夜をやり過ごすことはできなかったと思う。
本当に準備もなく、何も知らないままただ頂上に辿り着きたいという気持ちだけて来てしまったから。
運が良かった。
その夜はとにかく寒い。
嫌な人が世の中には一杯いて、道端で肩をぶつけるように人のメンタルを砕きにくる。
「こんな簡単な事、何回言えば出来るようになるの?」とか出来る人の言う事は出来ない人には辛い。
それでその言葉が辛くて、苦しんでる間にまた同じ事を繰り返してしまう。このスパイラルから抜け出るのは難しい。ADHDで学校でいじめられて、家でも当然気まずかったワイには脱出不可能のデスゲームやった。
夜が包むように辺りから自分を隠してくれて、それで少しだけ安心できても、朝がまたやってくることに怯えなくちゃいけない。
だから夜はいつまでたっても寒いまま…
「yo, I told you!! you gotta pull!!! do you understaaaand???!!!?? pulllll!!!!!!
(わっかんねぇやつだな!!!逸らすんだよ!!!逸らすのっ!!!)」
クリスさんは俺の射撃の姿勢を何度も何度も直しに来る。
膝カックンで、付きっきりで、何度も何度も、俺ができるようになるまで。
自分が他のモンスターを相手にしていても。
「だーかーらー!!!!逸らさんかいっ!!!!」
正直言って口は悪い。関西弁みたいにあけすけ無く何でも言ってくる。
「wat?huh? what you got in that damn mouth on your shitty face huh???
(何?なんだよ?なんか言いたげだなおい!言ってみろ!言ってみやがれええぃいい!!!!!!!)」
おまけにちょっとしたヤカラ並に圧もある。
でもこの人は聞いてくれる。
「いや、全っ然言ってることわかんないんすけどっ!そらしてたじゃん!!!!」とか文句言っても、
「oh my God!! now u talking back to me huh?? oight, then imma teach you some lesson...get this!!!m***f***」
(信じらんねぇ!!!なにっ!?口答え!?あー、そう、じゃあもういいよ実力行使!!!!)
と、力で解決してくる。
あれ、違った。
いい話にしようと思ったのに、これじゃクリスさんただのパワハラじゃん。
俺の子供みたいな文句を、大人の余裕で受け止めて、皮肉の効いたジョークと共に返してくれるって言うとしたのに痛って!!!
「ちょ!なんでっ耳引っ張る!!?!?」
「お前がなん便言っても分かんないからだろ!!!!
あっ、いいこと思いついた。逆にお前がこんな風に体逸らすときっていつか考えろ」
えー…
なんだろ…、容赦無く耳を後ろに引っ張られ、仰け反りながら考える。
「あっ!」
「なんだ」
「ゲーム朝までやってそっからアームチェアの限界まで伸びする時!」
「ヲタが」
「うるせぇな!!!」
「まぁ、いいや、とにかくその要領でやってみろ!」
「ウィッス」
結局、ワイの場合何事も付き合ってくれる人、お人好しで面倒見のいい人、それでいて気の合う人なら、
やな人に言われたやな言葉とおんなじ様な言葉を投げかけられても、
なんか納得してしまったりする。
でもそれって結局人生規模で考えると、気の合う仲間を見つけようみたいな話になってきて、
じゃあそうなるとやっぱり部屋や学校に引きこもってないで、どっか冒険しに行くでコマンドはあってるのかな…?
異世界に来たから出逢えた訳だし…
でも自発的にあの部屋から出てこれたかと言うと怪しい。
それにせっかくクリスさんみたいな人に出逢えても、冒険者をやってればすぐに別れもやってくる。
一期一会とは言うけれど、その一会が一時だとまでは学校では習わなかったな…
異世界は異世界とて…、だなー…
「だーかーらー!!毎回言ってっけどこいつら魔蟲はすぐに再生するから他の魔物とは戦闘スタイルが違うの!!!
片腕くらいなら簡単に犠牲にするんだからそれを考慮して動けって…、ったく!!!」
と、しみじみしてる暇もないみたいだ…
今は冒険を楽しまなくちゃ