第十四話 「暗殺者ギルドが誇る最強の殺し屋」
【陰キャの狙撃手 ケント・オルカ】
受付の人に指定された場所は、キャラメル街よりも、セガラさん達の家よりも外側の結構な距離にあった。
街並みが林に埋もれ、森になり、ついにその中にちらほらあった大きな家も見えなくなるとそこから荒野が始まる。
極稀にこのあたりに出没するというモンスターの討伐クエストにその人は出ているらしい。
代用品の装備はよく使い込まれたライフルと、土色の迷彩服、ナイフ、ハンドガン一式。
性能的にも俺みたいなFランクが使うには勿体なさ過ぎる程の物…、こうなってくるとそれよりワンランク、いや、ツーランクも上の普段の装備は一級品過ぎて、俺はよっぽど信用されてないのか…、或いは孫に良いものをもたせようみたいに甘やかされてるのか…
出没するモンスターはこの気候で変異を遂げた、巨大な魔蟲の類だという。
ワイ、虫は苦手や…
別にムシキングも通ったし、掴む分くらいならそんなに問題はないけど、どうせエグいサイズのが出てくるんやろ…
やっぱり体液は緑なんやろか―
「偽ィイイイイイやぁ?ギチギチギチギチギチ」
あ、違った。想像の五十倍はエグい見た目してやがる。
人間の手足が生えまくった百足が尾からブニブニした触手を出し、その先に人の顔がついてこっちを見ながら挨拶してきてる。
ホラーすぐる…
勿論逃げます。
逃げますよ?なにか?カッコよく立ち向かうだけが勇者のあり方じゃないからね?
むしろ邪道の勇者は逃げる一択!!! 「偽ィイイイイイやぁ?ギチギチギチギチギチ」
ヒイィィィいなんか凄いキモい走り方で追ってきてるーーーーー!!!!!!!
何あれ何あれ何あれ、なんで?どうした?グレゴールさんなの?なんなの?怖いの?死ぬの?バカなの!?!?!?
【ステータス表示】!!!
走りながら振り向きざまに弱点を探す…
【名前】 センチュリーピード
【攻撃力】 888
【守備力】 777
【魔力】 666
【体力】 1267
【スキル】 捕食Level3・分解Level3・時間をかけて胃の中でじっくりねっとりじゅわじゅわ消化Level5
スキルがなんか凄い怖いんですけどっ!?!?!?
しかもステータス高過ぎて弱点とか見当たんないんだが!?!?
ムカデの体表を覆う外殻は硬く、代用品のライフルはまるで通らない…
動く最中に少しだけ見える段々腹の繋ぎ、その隙間の肉になら通るか!?
銃を構え、shoooot!!!!!!bang!!カキンッ!
いや、できるわけ
時速20キロで動く巨体の僅かな隙間、ブーツの低飛行魔法で加速しながら、足場の悪い群生林を駆け抜けながら振り向きざまにそんなん無理!!!!
「忌ィイイイイイ偽ャイアア!!!!!たす…ギャイアアアアイチイイイイイアギチギチギチギチ」
しまっ…!!
下半身の強靭なバネを使って上体だけを突っ込ませて来たムカデさんの伸縮距離は二十メートル強…
体当たりの衝撃でライフルが手元を滑り飛ぶ…。
見上げる顔、二本の薄く鋭利な牙に挟まれた口にはノコギリみたいな歯が喉奥まで並び、深緑の液体を垂らしながらワイを捕食しようと酸性にシューシュー音を立てている。
いや、食う前に唾液がアルカリから酸性になったからといって本来そんな音はしない…、とか言ってる場合じゃない…、死―
「忌ィイイイイイ偽ャイアア!!!!!ありギィィイチチチチチチチチ…」
その時、群生林を抜けて一発の銃弾がムカデさんの口の中を貫通し首の後ろを通過していった。
ゴボゴボと音を立てて煮沸する様に顔が爆散して、ムカデは地響を立てて倒れた。鳥や虫が慌てたようにざわめいているのが聴こえる。だ、誰助かったー…
弾道を真っ直ぐに、慎重に見返し通す。あれは…、うっすらとまた先の荒野の小丘に人影が見える。
【ステータス表示】の効果範囲…、それはつまりおよそ二千ヤード先、あり得ない…
そんな距離から、この群生林の垂れ下がる蔓や葉叢を縫って、一発の弾丸を肉の柔らかい口に命中させたなんて…
ワイは急いで態勢を立て直し、ライフルを拾ってその小丘へ向かって駆けだす。
あの一発の銃弾が一発きりだったのは自信があったからだ。
それで確実に仕留めれる、そういう自信が。
「(;´Д`)ハァハァ、あの…ハァハァ、さっきはありがとうご…ハァハァざいました…」
息を切らして辿り着いたそこにはなんとも既視感煽る服装のダンディーな男。
赤紫のハットにベスト、ジャケット、スリーピースのシャツは白く、金のボタンが荒野に注ぐ粗い陽の光を跳ね返す。
ネイビーブルーのパンツに、蛇革のガンホルダーにブーツが這っている。
この色合い、保安官さんと同じだ…
男はハットを日除けに顔に乗せて、その浅黒い肌と天パを西陽から隠している。
「あの…」
言いかけて声が飛ぶ。
小丘の反対側、さっきのムカデ級の魔物、カマキリや、クマバチみたいなのの死体が十や二十じゃきかない数が死屍累々《ししるいるい》と広がっていた。
『当暗殺者ギルドが誇る最強の殺し屋です。少し気難しい方かもしれませんが、腕は確かですのでご安心ください。』
受付の人の言葉が頭をよぎる。
「一匹、どいつでもいい。仕留めてこい。」
男は1ミリも動かずにそう言った…。
無理です!あいつら皆強すぎます!ワイはもう少しイモムシあたりから始めさせていただければと!!
とはいえず、答えに窮していると、男は人差し指でハットのツバを少し上げる。琥珀色の片目に真黒な瞳孔がこっちを捕食者のように伺っている。
背後でシューカラカラカラという音が耳元にする。多分赤紫のヘビなんだろうけど、なんだろうけど振り向けない。怖すぎる…
恐る恐る首をゆーっくり、ガキガキ捻ると、そこには銃を咥えた赤紫の俺より背が高いキングコブラ…
「これって…」
銃を受け取り、意図を確認する。中には銃弾がたった一発…、嘘だろ。
男は絶賛、キングコブラの燃える尻尾で火を付けたタバコをさっきと変わらぬ体勢で吹かしていらっしゃる。
煙を口から漏れさし、ふんと息を吐いて、さっさと行け感満載。
見晴らしのいい丘陵に背中を預け、長い片脚がぶらんと俺の来た方の景色に伸び垂れている。
成る程、これが最初の訓練内容。トレーニングを受けるのも一苦労ってことか…。
いや無理。