第士話 ママエルフは朝から忙しい
【新たな転移者 辰川翔也】
・ギャグ漫画みたいなクソでかい竜の髭とやらに乗ってキャラメル街へ来た
・そこで出会った日本人転移者(多分ハーフ)と天使っ娘とおでんを食す
・酔っ払った鍛治部のアンソニーとセガラの提案で二次会の宅飲みが始まる
・明日の締切を忘れたいヤケクソのセガラに付き合い飲み過ぎて絶賛二日酔い←イマココ
「おーい!!皆起きて!!!!もう昼前だよー!!!!!」
ロリエルフに起こされるというなんとも夢のようなシチュ。それにしても頭痛ー…
「むにゃむにゃ、後二年」
それは寝過ぎやショタエルフ。長寿だからって寝過ぎや。セミか。
「ヂェム、み、水を…」
あ、すいませんが俺にもお願いします…
「もー、しょーがないなー…、一応『朝アサリ漁り、漁ったアサリあっさり去り、あっ…』スープ作ったから飲んでよね!」
とんちの効いたスープありがと、でもそれやとアサリ入ってへんやん?
「普通にアサリ抜きスープって言えよ」
それはもう普通にスープでええやん
「ヤック、文句言うなら飲まなくてよろしい!」
お母さんみたいなこと言ってるやん…、カワエエな。
さ、諦めて起きるか。
ケント君と天使っ娘はすでに起きて朝食作りに部屋の片付けを手伝ったりしていたらしい。
そのケントくんはもう早速どこかへ出かけたっぽい。冒険者やってるなー…。
昨日セガラはんに案内されたのは彼が知人から管理を任されているという借家。
中心部からだいぶ離れたところにあるその一軒家はぽつんと蔦に侵食された昔ながらの二階建て一軒家。
扉を開けると、いや開けるのにも苦労する程、中には脱ぎ散らかした服やゴミが散乱し、蝿に鼠の巣窟と化していた。
その惨状を目にした天使っ娘がなんかやばめの魔法をぶっ放そうとしているのを皆で止め、取り敢えずロリエルフが魔法で隣に立てたプレハブで子供組は寝ることになった。大人組はゴミの上で朝まで二次会。あかん、飲みすぎた…
「お、おはよー…」
朝ご飯のスープをまるで点滴のようにセガラと共に流し込む。
「もう!今日は新聞社さんに挨拶に行く日でしょ!!時間わかってるの!!??」
「う、うん、夕方の予定だったからまだ余裕あるよ…」
「そんなこと言っていーっつも出かける前にあれがないこれがない!バタバタ!遅刻!でしょっ!はい、それ食べたらシャワー浴びてくる!」
心なしかロリエルフがママエルフになってる…
「ふぁあああ…、皆おはよー…」
「ヤック!ようやく起きた!!遅すぎ!!洗濯物溜まってんだから早く片付けてよねっ!!」
「わーってるよ、朝からうるさいやっちゃねー…」
「わかってないでしょー!?!?後、ツリーハウスの手入れもだからね!!」
「わーかった、わーかった、やーっとくやっとく…」
「やんなかったらこの前みたいにタオルケットモンスター、捕まえたやつ全部逃がすからね!」
「勘弁しろよー…、もう。あ、スープ美味い、さすが料理ができる人は違うなー!いいお嫁さんになりそうだなー!」
「もうそんなんで誤魔化されないから」
と、朝からなんだか可愛い微笑ましい光景と共に朝食を終える。
なんだかんだでご飯を褒められたママエルフは嬉しそうに鼻唄を歌って、未だ開かずの間となっている二階を掃除し始めた。
しばらくして鍛治部ものそりと起き上がってくる。昼ご飯を食べる気の起こらない我々に、ママエルフは芳ばしい匂いのパンとジャム、紅茶を淹れてくれた。
「さて、翔也くん!準備はできたかい!冒険に出かけるよ!!!ドキドキワクワクが僕らを待っている!!!!!!」
シャワーを浴びて出てきたセガラはんはなんかやたら闘志を燃やしてハイになっていた。
俺もシャワー室に向かうと、簀の子の床にはこの前の星の目をした髑髏のドーピング剤の瓶が落ちている。
徹夜後に人に会うにはエネルギーが足りてなかったっぽいけど、成る程、こうやって人はおかしくなってくんか…。
「おい、ヌシら新聞社に行くんじゃろ?せっかくじゃからワシも行く」
出かける寸前に鍛治部が酒瓶を片手に言い出した。俺の基準では肝臓に休息を与えない人がアル中で、鍛治部は休息どころか二十四時間フル稼働させている。さっきソファの上でイビキをかきながら抱いた酒瓶を飲んでいた。
「多分夕食食べる事になるからそん時に呼ぶつもりだったけど…」
「いや、それじゃと二度寝してまう。」
「それもそだね。よし、じゃ行こうか!」
それもそうなんか?
まぁ、なにはともあれモモノタレ区という所に三人で向かう。
この辺の地理はさっきロリエルフに教えてもらった。時計をイメージすると分かりやすいらしい。
針を留めてる時計の真ん中、ここに世界樹が生えてる。で、俺らのいる所は数字の4辺り、昨日通って飯食べてた所が5、でこれから向かう所が3の位置。
全部で東京都半分くらいのサイズの土地に対してエルフ達の地理の把握度はコレだけ。いかれてる。
「さて、そろそろ着くよ!」
昨日も使った安馬車の相乗りで目的のモモノタレ区に到着。なんでこの異世界場所の名前全部食いもんなん?
俺は早くも今月分の4コマ漫画を入れた封筒を片手に少し緊張してた。いわゆる初仕事、しかもそれを渡すのは面接官ではなくこの辺り一体の新聞を担当している編集長…、やっぱりカラスなんやろか?
「相変わらず、ごっつい場所じゃの」
デカいビルがあちこちに並ぶ。
ついさっきまで人気のない町外れの草原に闃寂と佇む一軒家に居たとは思えないくらい人の往来がある。
セラミックみたいな何かで舗装されどくどく脈打ち光る道路の上を少し浮いて車が走り抜ける。
ビルの合間には小さなドローン、ゴリゴリの機械的な羽の着いたカートが飛び回っている。
異世界というよりは、プチ近未来都市…、机の端より近くて、引き出しの中より遠い未来世界―
「ここはね、魔法科学が発展した都市だからね。元は自然豊かな場所だったんだよ。昨日いた所はその感じが強かったけど、今はベッドタウンみたいになりつつあるかなー。」
「ま、あそこに住んどる奴等は余所者、新しいモノ全部嫌いじゃからな、基本。」
そんなガイドに続いて、都市をうねり歩く。ケモミミ、魚?の亜人に、角の生えた人間…、六本木みたいなオシャレな道通りと店の中の展示スペースには確かに異世界人が着るならこういう服のデザインになるよなと納得の変形服。
水が袖口に浮いていたり…、どうなってんの?仕組
都市の外れまで結構歩くと、そこには平成でもボロすぎるやろと突っ込まざるをえないデカいログハウス。
看板の『魔法烏新聞社(幽玄)』はサビ錆び、剥げかかったペンキ、出落ちもええとこや。
「編集長ー!来たよー!」
「おぉ!セガラじゃないか!!それにアンソニーも!久っ々な面を見るな!」
「久しいな!編集長!」
デカロッジ横の階段を登り、二階の部屋に入るとくっそ煙いデスクかずらりと並ぶ。
その横を抜け、奥の付箋やメモで覆い尽くされた硝子戸で仕切られた『編集長』の札が着いた部屋には角刈りのおっさんが葉巻を咥えて俺等を待ち構えてた。白いワイシャツに赤ネクタイを黒のベストで纏め、嘴の付け鼻。そう、付け鼻。
外の部屋のデスクでは天井から吊るされた鳥籠から極彩色の鳥が飛び交うだけじゃ飽き足らず、鳥人間みたいなのもいて、頭の横から羽が生えてたり、えらい突き出た受け顎に耳が羽根みたいにフサフサした人もおって結構びっくりしたのに、このおっさんだけめっちゃ普通の人間。
コントみたいな鳥の付け鼻しくさって、真面目な顔で働いとる。
「相変わらず忙しそうだね編集長、順調そうで何よりだけどさ」
「まったくだ!今は世界情勢が不安定だからな、マクスズース様の宇宙計画の件もある!
まさに猫どころか、痒い所に筆が淡冶に届く理不尽な孫の手も借りたいところだ!!!はっはっは!!」
おっさんは酒を4人分のグラスにつぎながら豪快に笑う。昼からウィスキーかよ…、ラベルには『季鷺toki』と書いてある。
「そういえば翔也君!例のアレ!」
自己紹介もそこそこに応接室に通された俺はセガラに促され早速持ってきた原稿を渡した。
「おう、どれどれー。フムフム、呵くあっはっは!!!!
チラ…、呵くあっはっは!!!」
人の事を二度見して笑うおっさん。まぁ、ギャグ四コマやし笑ってくれて正直ホッとしてるけど。
「話はクラパルス代表から聞いてる。確かに新聞に絵付きのショートコラムは斬新なアイデアだな!」
あのカラスほんまにCEOやったんや…
「だが、あれだな社会風刺が足りんな。」
早速ダメ出しか…、ま、フィードバックは望むところやで。
「内容は面白い、絵も良い、だがウチは新鮮でニッチな話題を取り扱うことを心がけてる。ただのギャグにひねった笑いが欲しいな。」
成る程、早速書き直…
「とりあえず今回はこれでいい!おい!これ、夕刊の3面の空いてた隙間に載せとけ。」
原稿を返してもらおうと手を伸ばすと、サッと原稿を翻され、開けっ放しの応接室の入り口を通りかかった社員に原稿を放り投げるおっさん編集長…。ま、いいか。
「これは今回の報酬だ。下の階で受付に渡せ。いいか次回は社会風刺を入れろ!特にこの街にはクソ貴族が裏路地のネズミみたいにわんさかいる、そいつらを刺せ!良いな!!とにかく刺せ!!」
スラスラと万年筆で小切手を書くと刺せ刺せ物騒な編集長は俺の肩に手を回してそう言った。
思ったより少なかったけど、まぁ取り敢えず初仕事やしええか。帰りに皆にケーキ買う分くらいは余裕であるしな。
「良かったね!」
屈託無く喜んでくれるセガラはん。おかげさまで。
「相も変わらず忙しないなお前…、早死にす…グビッ」
言い終わってから飲め、早死にするぞ
「忙しくて何よりだ!情報は鮮度が命だからな!お前等ドワーフみたいに昼寝してるばかりでは…」
「編集長!」
慌ただしく応接室に部下の社員らしき人が駆け込んでくる。
「なんだ!」
「新人のアワザガラス君がインコフルエンザで今日張り込みできないそうです!!」
「なんだとっ?!?ドーピング剤に漬けて叩き起こしてこい!!!」
死ぬがな。
「編集長!」
「なんだ!」
「明後日に載せる予定のレストラン『蒼花』の料理長からインタビュー日程の変更お願いしたいとの電話が!!」
「よし!お前今から店に行ってこい!」
「えっ」
「インタビュー記事書けるまで帰ってくるなよ!あと読者プレゼントのサインとクーポン券の枚数も増やすよう頼んでこい!今回の変更を聞いたことの恩を売れ!いいな!」
変更たいして聞いてへんがな
「やれやれ…、全くもって人が足りて無い!!!」
「ははは、忙しそうだね。夕食の予定はまた今度でも…」
「いや!いい!今晩はもう夕刊も出た!それにあの店は今度記事を書くからどのみち行かなきゃならん!
だが、困ったな。あの新人、インコフルか…」
インコフルってなんやねん
「ん?」
なんでこっち見るん?
「社会風刺に取材は付き物だ、よし今日から雇ってやる。日当もでる、安心しろ!おい!お前!今すぐ太平楽のやつを呼び戻せ、代わりの相棒が見つかった!」
再び応接室の入口の前を通りかかった社員が呼び止められる。
待って、なんか勝手に話し進んでへん?
「さて、なんだったか…、おお!そうだそうだ旧友が訪ねに来てたんだった。まぁ、ここで長話もなんだ。さっさと居酒屋に行くとするか。」
なんや、このおっさんはなんかしてんと死ぬ病気にでもかかってんのか?あと話が勝手に進んでそっからどうなってん
「忙しないのぉ…、グビッ、まぁ、グビッ、旨い酒のグビッ、ある店なら行かんこともグビッ、ないかグビッ」
忙しないのぉ、落ち着いて飲めや
「じゃあいつもの烏貴族に行きますか。」
ほんまその漢字便利やな。
「ふむん、悪くない、待ってろ帰り支度をしてくる。」
と言って編集長は部屋に戻る。
え、てか待って、俺は?部下呼び戻したんちゃうん?
「よし、行くぞ。」
早いなぁ!ほんで!
おっさん編集長はさっきまでの鳥マスクを外し、頭に鳥の巣の帽子を乗っけて真顔でちょび髭面を晒して腐ってる。
なんでや、なんでそんな真顔でおれんねん、無理やろ、自分だけ人やねんで?
「そういえば編集長、お子さんはいいの?七人だっけ?」
「あぁ、一番上はもう時期子供が生まれる、下ももう高校生だ、何心配いらないカァーさんがうちに入るからな。」
その母さんの発音腹立つわー…
てかそろそろ烏ネタも切れたやろ。後ほんで俺はどうすんねん、部下呼び戻したんちゃうん?
「…。」
…。
「おいお前!太平楽の奴が帰ってきたら烏貴族の居酒屋に来るよう伝えろ!それとその時明後日の2面記事の原稿も持ってくるようにともだ!
よし行くぞ!!」
こうして時報と共に居酒屋へ向かう事になった。