第十話 「もっと強くなりたいです!」
【陰キャの狙撃手 ケント・オルカ】
なんか知らない間に狼男のセガラという人物とその冒険者パーティ(?)にご馳走されることになった。厨二病の天使っ娘も特に嫌な素振りは見せないように思う。いやわからんけど、若い子の感情表現なんて、これっぽっちも、ネトゲでない限り。うん。
彼らはすでに行く店を決めてるらしい、しばらく着いて歩きながら自己紹介をする。
パーティにはどうやら日本人も居て、でも何をどう話しかけていいかわからないので俺は終始受け答えに徹していた。
「日本のどこから来たのー」とか「好きな日本の文化はー」とか、改めて聞かれると日本はよくわからない国だなとも思う。
街の外れにある川に渡した橋の向こう側に見慣れた屋台、提灯灯りが見える。
見慣れたと言っても実際屋台のうどん屋やそば売りをみたことなんてあっただろうか?
てかなんで異世界に日本の屋台があるんだよ!!!???
「サイア大陸、東国ジパング!と言えば知らぬ人間は居らんじゃろうな。」
「それについこの間だよね、『杜の都』と『森の都』が姉妹都市になってグリフィン航空の直通便が開通したの。」
ドワーフと狼男が詳しげに喋る。
当たり前だけれど異世界には知らないことがたくさんある…
屋台の前に用意された竹組のテーブル席につく。緋毛氈のテーブルクロスがきちんと敷かれていて、縁台には座布団まで乗っけてある。
少し肌寒い夜、流石は異世界、狐火がテーブルのしたで丸まって寝ている。温くぬく…。
結局美味しくうどんを頂いて、食べ終わってからそういえば泊まるところを探してなかったと思いついた。
この少女は行くあてはあるんだろうか?
なんなら彼女だけでも彼らと一緒に…
「おいおい、どこへ行くんだい?これから飲み直しだぜ!!!」
「そうじゃ!取り敢えず効き麒麟ビール大会でもするか!!」
「お!いいね!!いいアイデアだよアンソニー!!」
すっかり酔っ払った様子で顔の紅い狼男のセガラさん、ドワーフのアンソニーさん。なんか、最近酔っ払いに絡まれてばっかだな…
でもせっかく異世界でこんなに楽しく話せる人と会えたならもう少しご厄介になろうかなとか考えちゃう。
厨二病少女もちっちゃいエルフ二人となんか仲良くしてるみたいだし…、なによりさっき中心街で色々言われたから人の優しさが身にしみてるというのもある。
着いた家は街の外れにあった一軒家。
さっきエルフ達が、厨二病少女に耳打ちしてたのが聴こえる。
なんでも、辺り一帯に魔法結界が張ってあって、周りからは基本的に見たり近寄ったりの感知ができないらしい。
それだけ気をつけなければいけないって…、追われてるとか?
街での異様な冷遇といい、この娘一体何者なんだろう?
「よーし、いらっしゃー…、あれなんかつっかえてんな…くそ、この、おりゃっ!バンッッ!」
チューチュー !!!! ガサガサガサ!!!
狼男さんが扉を開くと同時に蜘蛛の子を散らすように走り逃げ去る蝿?鼠?等々と、雪崩のように扉を再びせき止める衣類、ゴミ、機械の部品…
凄い所に住んでんな…、確かこの家の管理を任されたって言ってなかったっけ…
家は蔦で覆われ、家をぐるっと囲む塀は俺たちが敷地に入るやいなやグネグネ踊りだした。樹木系魔物でてきてんのかな?
「あ、あ、あわあわわわわわ、蠢く魔の者たちよよよよ…、跼天蹐地の理を汝らに我が縷紅の流星、混混たる流魔の贖いを以てあわわ…」
と、その様子を見て厨二病少女が壊れた。いきなり杖を振りかざしなんかやばめの詠唱を始めている。
すでに月虹の魔法円陣が彼女の小さな体の周りに現れ、光子が飛び交い、地響が…、これはやばい。
「おおおお落ち着こうっ!?辺り一面吹き飛ばすつもりつ!?!?ちょ、皆っ!?!?!」
「おい、助けてやれよヂェム」
「私も一回吹き飛ばしてから建て直すのに賛成ー、セガラ汚すぎ…」
「あー、待って待って待ってお嬢ちゃーん!!!!!待って!たんま!!あー、たんま!!この家吹き飛ぶとマジで怒られるのっ!!!!社宅!!社宅だからっ!!!!」
狼男さんの必死の訴えも少女に届く様子はない…
二次会会場をふっとばされそうな日本人の翔也くん、ドワーフのアンソニーさんも一生懸命に取り押さえるが魔法陣が消えない。
「ちょ!ヤック!助けて!!今度タオルケットモンスターの魔改造やるからっ!!」
「もー、しょーがねーな…、golden slumber, what not in the dreary dream of thy desire couldn't make ease....(黒甜郷裏の貪婪に汝の安らぎは刹那より数え…)【状態魔法:揺籃】」
「あんた、安っすいわね…」
「うるせぇな!お前もこの前『天疋屋』のフルーツパフェで釣られてただろうがっ!!!」
ショタエルフ君の魔法で少女はすやすやと眠り始めた。
てかさっきの魔法はなんだ…?声が二重に響いて…、やっぱエルフは強キャラやな…。
それからヂェムちゃんが家の隣に『強々鉾杉』という近寄った魔物、虫達を串刺しにして養分にする木でできたツリーハウスを召喚し、ワイ達はそこで早々に寝ることになった。ご丁寧に『ハーブ』や『レモングラス』が木の根本辺りにわんさか生えている。
翌朝、すでにヂェムちゃんは起きていて朝食の準備と、母屋の掃除に追われていた。
ドワーフ、狼男、日本人の先輩の三人は明け方まで飲んでいたのかぐっすり眠っている。
「あっ、起きたー? 朝ごはんで来てるよー!」
「あ…、ありがとうございます…、後おはよう…。」
「おはよー!洗濯物とかあったら家の裏手の蛇口んとこ置いといて!後でヤックにやらせるから!!」
「あ、て、手伝いましょうか…?」
「ありがとー!今は大丈夫!あ、後マントとかひのし当てるのあったらそれも一回洗濯場に置いといてね!」
「あ、あざっす…」
お母さんみたいにしっかりしてるヂェムちゃんに見惚れる。一応七時位に起きてきたけど、俺より早く起きて…、偉いなー。
一応今日は白鳩スーツを探しに出かける予定だ。この街の仕立屋さんに行き、装備の相談もしたい。
朝ごはんにミノタウロスの牛乳でカラフルなシリアルをいただく。サクサクッとして上手いけど、最後の方は小学校で使う絵の具セットの水バケツみたいに色がエグいことになっていた。
なんか、知らない間にご厄介になったけど…、どうしようかな…
あの厨二少女を勝手に置いてくわけにもいかないし…
朝ごはんを食べ、用意が終わって色々悩んでいるとヂェムちゃんが1枚のメモを持ってやって来た。
「街に出掛けるんでしょ?これよかったら帰りお使い頼めない?はいこれ御駄賃!」
「あっ、え?はい。」
ここにもう少し居てもいいという事なのかな?
「ケント君冒険者でしょ?しかもこの辺来るの初めて?」
「そう…、です。あの…、人探しー…、みたいな。」
「そっかそっか、どのくらい居るとか予定決まってる?」
「一応その人物が見つかるまではと思ってるんですけど…、ヂェムちゃんは以前ここに住んでたんですか?」
「すごい昔だけどね!けんとは今日は街にお出かけ?」
自分よりはるかに幼い見た目の子の言うすごい昔という言葉に異世界を感じる。
お母さんみたいに朝から働くところ、炊事にまつわる香り、不思議な果実みたいな香りにも…
「あっ、はい。一応情報収集…、みたいな。新しい装備も確認したいし、あと泊まる所も探し…」
「行くところ決まってないならここに住みなよ!大所帯の方が楽しいし、何かと便利だからさ!」
…。ほんとに?いいのかな?なんか転がり込んじゃうみたいな形に…
「お使いも頼めるしね!」
なんかワイがゴタゴタ言う前に優しくピシャリと手を引いてくれる。
昔、幼稚園くらいの頃に遠足にどうしても行きたくなくて、それは友達がいなかったのもあったし、先生があんまり好きじゃないのもあったからだった。
お母さんは家の扉の前でぐずるワイの手を引いて一緒に遠足に行ってくれた。
正直恥ずかしかったけど、今思い返してみるとさつまいもを掘り起こして笑っているお母さんと一緒に行けて幸せだった。
「あの…!じゃあお言葉に甘えて…」
「はいよーっ!後あの娘の事も心配しなくていいよ!多分街にもあんま行きたくないだろうし、今日話してウチに泊めさすから!」
「そのー…、なんかあったんですか?昨日の夜ごはん屋さん言ったときになんか色々変なこと言われて…」
「あー…、まぁ、ねぇー…、帰ってきたら聞いてみたらいいんじゃないかな?エグい話だし、多分…」
そうなのか…
「あの街の人間、ちょっと変わってるから。封建的というかー、排他主義的?選民思想?」
最悪な人種のオンパレードじゃん!!
「けんと君はこれから行く所の人たち知ってるの?」
「あ、はい一応」
実は仕立て屋さんにはシルベスターと【魔片王】さんに話はもう通してもらってある。前回弾切れになって死にかけたから、今回は装備は固めておきたい。
「じゃ、多分大丈夫かな。」
「え、あの街そんなやばいんですか?」
「うーん…、行けばわかるよ冒険者っ!!!よしっ!話が長くなったね!おつかい夜露死苦!!!!」
そう言ってパタパタと、スリッパか、背中に生える小さな羽の音か、をまたさせて、ヂェムちゃんは再び家事に向かっていった。
さてワイも出かけるとしますか!
今いるところ、世界樹、この終わりも始まりも無いとされている大木の幹周りにはドーナツ型に島が浮かんでいたり、シャボン玉のように辺りを漂う島なんかもあるらしい。
その中腹にあるいくつかの周辺都市の一つがワイの今いるところ、キャラメル街。
その街の『今喜多床屋』さんに髭を剃ってもらいに行く。発育の良いワイは中学三年の頃にはすでにシェーバーを嗜んでいたじぇんとぅるめん。勿論、それだけの為に行くわけではない。
「本日はどの様にいたしましょうか?」
「えっと、ひげを当たってもらえますか。あと、もみあげも少し形を整えてくれると…、あ、後友人にお土産をいくつか見繕いたいのですが。」
「かしこまりました。では、こちらへ。」
これはお決まりの暗号。この『今喜多床屋』さんの裏の顔、暗殺者専用の道具を取り扱う卸屋にお世話になるための。
街の端に清潔感のある店構え、馴染みのフランス国旗の看板、一見質素に見える店の内装だが、美容師さんの髪を切る道具を包んだ革の光沢から腕は確かだとわかる。店には他に客が一人。
髭にもみあげを整えてもらうと、奥の部屋へ案内され、そこから地下に続く階段を降りる。
煉瓦の敷き詰められた壁、松明が一定の間隔に明るみを持たせ、揺らぐ。
鉄格子に着いたノートサイズの石板に案内をしてくれた人が手をかざすと魔法陣が光る。
「ケント様。お話は伺っております。装備の手直しを今回はご希望の事でよろしかったでしょうか?」
スーツを着た綺麗な女性がその鉄格子の奥、受付テーブルの前に来てそう言う。
浅黒い肌に、くるくるの天パが可愛い、金の控え目なアクセサリーもお洒落だ。
「あ、はい、お願いしまっヅ…」
噛んだ…、恥ずかしい。
さらに奥の部屋まで案内される。歩き抜けるその部屋では、工場の様な白んだ緑の蛍光灯の光の中、ミシンを黙々と叩く人達。
通された部屋はそれまでとは違い、地下室とは思えないほど明かりが煌々《こうこう》と、ぎっしりと生地の筒が詰められた壁の棚を照らしている。
入り口脇の豪華な装飾品、そこに白髪交じりのセミロングを垂らしながら、爪楊枝を咥え、作業台の恐らくは図面を眺める初老のおじさん。
「お連れしました。」
「おう。」
おじさんは顔を上げずにそれだけ言って、さっきの受付の人は部屋から下がった。
なんだろ、緊張感…。
「お前さんがケントか…、随分とひょろいな。足取りもおぼつかない、本当にレクソンを殺ったんか?」
あ、いやー…、あれはなんか他の誰かが殺ったっていうか、ワイぶっちゃけ何もしてない気が…
なんならシルベスターがいなかったら初撃で死んでたし…
「まぁ、どっちでもいいがな。その内、敵取りも現れるだろう。よかったな、晴れて追われる側もデビュー。」
…、……、えっ?
えっ?聞いてない聞いてない聞いてない、全っ然聞いてないんだがっ!?!?だがっ!?!?
俺じゃないよ!?俺じゃないですよ!?何この明らかな濡れ衣!!!あのイケボの二人にお話お伺いしたくっ!!!??
「脱げ」
「ふぁっ!?」
「早く脱げ、マントと、スーツだ。着替えならそこにある。」
あ、そりゃそういうことか。おじさんは部屋の端にある図工室にありそうな木組みの椅子を指さす。
すごすごと装備を渡し、麻布を体に巻きつける。着替え…、とは?
「盛大に使い倒したな。マントに張ってあった魔法陣がめちゃくちゃ、魔法防弾もボロボロ、成る程、本当にレクソンを殺したってのも頷ける。」
えぇ、三日三晩つきっきりの回復魔法でも生死の境に居たらしいんで。
おじさんはマントやスーツの裏に手を当て、顔に近づけ、老眼鏡を通してつぶさに色々見ていく。
眼鏡には色んな魔法陣が反射している、ワイには分からないだけで服の状態から何があったか色んな事が分かるんだろうな…。
「修理には一週間だ。それまでの代用品はさっきの受付の女から受け取れ。」
「あ、あざっす…。」
「で、今のままでいいのか?」
おじさんは部屋の奥の棚の硝子戸を開け、ゴソゴソやりながら背中越しに言った。
どういう意味だろうと尋ねる前に、言葉の意味を考える。
…。
…。
わからない。
わからないけど、今のままでは駄目なのはこの前の闘いでよくわかった。
「もっと強くなりたいです。多分。
せっかく勇者として召喚されたのに、村人を何人も死なせて、幸い仲間に死傷者はいなかったけど、ボコボコにされたし、なんかチートみたいに強い誰かの助けがなかったらそれもきっと違った結果だったし…、何より、
自分に託してくれた友達たちに言ったんです、おれ。変わりたい…って。」
「そうか。まぁ、せいぜい励め。で、服のデザインは今のままでいいのか?」
くっそ死にたい。
後ろ向いてるしこのまま撃ち殺したらなかったことになんないかな。
「出来ればこの街で活動しやすいように多少デザインと言うかスタイル合わせてもらえると助かります…」
「この街に、ねぇ…。」
「じゃあこれで。」
いかん、恥ずかしくて顔をまともにあげられない。顔が火を吹くとはこのことか…、あー、やったよ。
「あぁ、後それから受付の女に僕強くなりたいんで強化訓練お願いしますって、さっきの恥ずかしいのと合わせて伝えろ。」
やめてください。もう十分辱めは受けました…って、強化訓練?
何のこと?【魔片王】さんにもそんな話しされてない…
「わかったのか分かんねぇのかどっちなんだ」
「は、はい!!了解です!」
「おう、それでいいんだ。よしとっとと行け。」
受付まで戻って、代わりの装備を受け取って、深呼吸。
あー、もっかい言うの恥ずいなー…、でも多分俺に稽古をつけてくれるって事だよな…、よし、恥を捨てて
「あの、俺もっと強くなりたいです!勇者として―」
「承っております。こちらの場所に指定の時間に向かってください。」
あのじいさんは次あった時殺す。
お姉さん口元に手を当ててちょっと笑ってるし!!!
肩震えてますけど!!!!