第七話 「正義の自警団 KUPDOG《コップドッグ》」
ギルドの入り口に立つ泰晴は他の熟練冒険者から見てもやはり才能があるように見えるのだろうか、周りにいる装備のあちこちに戦いの傷をつけてきた彼等は皆一様に彼を注視している。
(あんな風に注目されてみてぇなー…)
ケントは2階建てギルドの隣にある備え付けのカフェの奥の席でそんな風に考えていた。
陰キャのちょっとした本音である。
その泰晴が入り口で立ち止まったのを見て後ろからシーナ・サファイアという転生者がカフェの中に誰かいた?みたいなジェスチャーをしながら肩越しに店を覗き込む。
泰晴はそんな事お構いなしにずんずんとカフェの真ん中を突っ切って、すでに中にいたワッキー、カナ、ケント、天王寺由貴らの隣のテーブルに座った。
シーナが手早く「泰晴、ちょっとどいて」と言いながらテーブルを二つくっつける。
それに続いて残りの女子3人の転生者も注文をして座った。
「あれ、ウーメルは?一緒に出かけてたんじゃなかったの?」
真っ先に泰晴に聞いたのは天王寺由貴だった。
「あぁ、なんか―」
そう言って泰晴は事の顛末を話しだした。
女子四人組と出掛けたウーメル、泰晴はそれぞれ露天商の魔宝石やら、サバイバルオリハルコンナイフなんかに心を奪われてそれぞれショッピングを楽しんでいた。
すると通りの奥からこっちに向かって走ってくるマントを被った少女…、とジェシー。
さらにその後ろからこの街の自警団の人達が。
どうもジェシーが街なかで大槌を振るったことで騒ぎになっていたらしく、誰かが自警団の人たちを呼んできていたらしい。
幸い、ジェシーは食い逃げどろぼーを捕まえようとしていたことを多くの人が見ていて、街の人達に怪我などもなく、被害等もなかった為、一応状況だけ伺いたいということでジェシーはその自警団の人達の本部に行く事になった。しかし…
「カツ丼は!カツ丼はあるんだろうなぁ!!!日本の警察は取り調べでカツ丼とあっつい茶を出すって聞いたぞ!!!ちゃんと大盛りにしろよっ!?!?!わかってんだろうなぁぁぁぁぁぁぁ」
ジェシーの魂の叫びを聞いて困惑気味の自警団、心配になったウーメルは彼女について行ったという。
なんでも「ジェシーが心配だ。それにもしかしたら特命係に会えるかもしれない…」だそうだ。
「ジェシーもウーメルもなんか日本を若干誤解してるような気がするんだけど…」
話を聞いて苦笑気味の天王寺と「うんうん」と頷くカナ。
そんなカナを見て「小動物みたいでマジ可愛いな…」と思っているのは泰晴のみであった。
「私ちょっと心配だから行ってくる、泰晴その本部ってどこにあるの?」
天王寺が訪ねると同時にウーメル、ジェシー、それから腕章を付け軍帽を被った初老の男性と若い青年がカフェの入り口の扉を開いた。
泰晴達が先にカフェに向かっていることを知っていたウーメルは泰晴達のもとへ駆け寄った。
「ウーメル大丈夫だったの?」
心配そうに尋ねる天王寺。
「あれ、なんで天王寺ここに?うん、目撃情報伝えてたら、割とあっさり返してもらえたよ。特命係はいなかったけど…って、なんで知ってんの!??」
答えるウーメル。
「さっきまでその話してたんだよ、偶然四人でカフェに来てたらしくてさ。それにしても残念だったな。もう少しで天王寺が行くところだったんだけど…」
泰晴はそう言いながらそれとなく天王寺の方に目線をやる。
「え?あ、もしかして心配してくれてた?ありがと!」
背の高いウーメルは明るい地毛の茶髪の下で子供みたいなあどけない笑顔を天王寺に向ける。
「う…、うん。いや、ほらやっぱり同じ仲間だし…、心配だったっていうか…」
月白の肌を持つ天王寺の頬が赤らんでいるのに気付いていないのはこの場でウーメルと、カナの二人だけであった。
そんな初々しいやりとりをよそに、ウーメルと一緒に来ていた初老の男と若い青年はジェシーにしっかりと腕を掴まれ、冷や汗をかきながら様々なケーキの詰まったウィンドウケースに逆に連行されている。
「えっとー、キラービーハニーレモンケーキをホールで!あっ、ホイップとハチミツは増し増しで、あとそれから―」
その様子を見ながら泰晴があれは何事かとウーメルに尋ねる。
「あー、いやカツ丼が無いって分かるとジェシーがブチギレちゃってさ…。
で自警団のリーダーみたいな人が情報提供してくれたお礼も兼ねてご飯奢るよみたいになって、
で俺が泰晴達とギルドのカフェで待ち合わせしてるって言ったらじゃあケーキ奢るよって言ってくれて…」
「で、ジェシーがまさかケーキをホールで頼むとは予想してなかったわけだ。可哀想に…」
泰晴の呆れをよそにカナが心のなかで(でかしたジェシー!!!!)と呟いているのをケントは聞き逃さなかった。
ホールケーキを満足気に注文し終えたジェシーは他の皆と席について、さっそく口いっぱいにケーキを詰め込み始める。
隣でカナもフォークを突き刺して美味しそうに食べている。
その二人の隣に座った初老の男と若い青年。彼等はそれぞれコーヒーとドーナツを注文してその場にいた転生者である泰晴らに挨拶した。
まず初老の男の方が口を開いた。
「申し遅れました。私はケリーと申します。この王都の自警団【LAPDOG】で副署長をやっています。こっちはウチの期待の若手のカナメ巡査部長です。」
ケリーに紹介された若い青年は少し照れくさそうにして「やめてくださいよ。」と言った。
「どうもはじめまして、天王寺由貴と言います。今回はウチのジェシーが何やらお手数をおかけしてしまったみたいで…」
由貴もまた自己紹介をし、仲間が騒ぎを起こしたことを詫びた。
「あぁ、いえいえ、とんでもありません。ジェシーさんは食い逃げ犯を捕まえようとしていたのですから、むしろこちらこそ皆様を転生早々街の厄介事に巻き込んでしまって申し訳ありません。」
ケリーはそう言うとコーヒーを美味しそうに飲んだ。
「あれ、ウチ達が転生者って知ってるんですか?」
ケーキのレモンをシャクシャク噛みながらカナが聞いた。やはり泰晴はその姿を「可愛いなー」と見つめていた。
「ええ、一応王国騎士団の方からですね事前に情報と言いますか、転生者の方をお呼びするという話は上の方には回ってきてまして。今回色々聞いてる中で皆さんが転生者だというのがわかったので、せっかくですし個人的興味もあって今回こうしてご挨拶にと。」
なんだかまるで自分達が特別な存在のように思えて一同は胸がくすぐったくなる想いだったが、泰晴だけは少し違った。
「個人的興味って?後なんか話しぶりからするとあのマントの奴の事は何か知ってるんですか?」
泰晴の関心、質問もごもっともだ。何せ彼らはまだこの異世界に来て数ヶ月、右も左も分からなければ、誰を信用して良いのかも怪しい。
「あぁ、これはすいません。なんだか誤解を招くような言い方をしてしまったみたいで…。個人的興味というのは、転生者の方々が高ステータス、特殊スキル持ちな事がほとんどというのが世間の認識です。ですからどのような方がこの王国に来られたのかと気になったまでです。」
「ん…?それにしても、国の治安維持に関わる自警団…えっと【KUPDOG】さんが、なんで魔王討伐に向かう予定の僕らにわざわざ会いに来られたんでしょうか?」
泰晴が感じた違和感にようやくウーメルも辿り着き鋭く質問する。
【KUPDOG】副署長のケリーはこれは困ったな…と、額にデフォルメされた冷や汗でもかいたようにハンカチでこめかみを抑えながら苦笑する。
隣りに居た若い青年、カナメ巡査部長が「綛谷の容疑については話をしておいても良いんじゃないですか?この方達はこの前来たばかりでシロですし、何か情報を得られるかもしれない…」と他の皆に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言った。
「そ、そうだね。うん、まぁ彼等も知っておいたほうが良いだろうし…。王国も表立ってはあの件については言わなそうだしね…。」
副署長ケリーは胃痛でも抱えたような顔をしている。
「これから話すことはなるべく他言無用でお願いできますか?」
副署長の代わりにカナメ巡査部長は身を乗り出して真面目な顔で言った。
泰晴、ウーメル、由貴は頷いた。
「実は皆さんの前に召喚された、七期の勇者一行の中に魔族で構成されたギャングに関与しているのではないかという容疑のかかっているものがいるんです。王国はもちろんこの事を公にはしていませんが…、それで【KUPDOG】内では結構転生者に対して否定的な考えも出てきてて…、もちろんこんな話やってきて早々の皆さんにはなんも関係の無い話なのですが、一応お耳にだけは入れておきたくて。」
カナメ巡査副部長は努めて冷静に言った。
「なるほど、それで俺達がどんな奴らかあらかじめ見ておこうってここに来たわけだ。で、あわよくば俺達が王国内部の人間がポロッと漏らした俺たちの先輩の情報も入手できないか…と。」
泰晴は少しつまんなさそうに言った。
これには【KUPDOG】の二人はなんとも返せず気まずそうにするしかなかった。
「まぁでも、右も左もわかんない俺等でもお二人が街の平和を気にかけてるって事は分かります。なんかわかったらすぐに連絡します。」
泰晴は真摯な目でテーブルを挟んで座る【KUPDOG】二人の顔を見る。
【KUPDOG】の二人は顔を上げて表情をほぐれさせながら泰晴と目を合わせた。
転生者同期の誰もが、泰晴はさすがリーダー性あるなーと感心する中、ケントだけがスキル【思考無線】を使って
・泰誠が会話の始めからこの国の情勢、自分達の置かれている立場状況を把握しようと脳内をフル回転させていたこと
・二人の信頼を得るために敢えて上げて落とすかのようなさっきの態度を取っていたこと
に感心していた。
その泰晴は続け様に質問を投げかける。
「じゃあもう一つの質問、マントの奴については何か知っているんですか?」
後ろめたさからなのか、泰晴の質問にカナメ巡査部長は丁寧に答えた。
「はい、彼女は三等地区の先にあるスラム街を拠点にしている【 現実的反乱軍 】というチンピラ集団の一人です。普段は特に犯罪行為をするわけでもないのでほったらかしているんですが、時々ああして町中に現れて食い逃げだったり、無許可でストリートパフォーマンスをしたりするんです。困った奴らです…」
名前の割にはなんだか可愛い集団だなと呑気にワッキーは考えていたが、ワッキーがこういう大人の会話に参入することはまず無い。
そうするにはワッキーは少しコミュ障が過ぎた。
「もしかしてそいつら、さっき言ってた魔族ギャングとなんか関係あるんですか?」
天王寺が聞いた。
「いえ、今のところはそういう風な話は聞いていません。むしろ彼等は対立関係にあるようでここ最近ではあまり聞きませんが以前はしょっちゅう街でも小競り合いを起こしていて―」
3つ並んだテーブルの端で真剣な会話が行われる中、真ん中のテーブルでは女子四人組がすでに話に飽きたのかこの後どこ行くか話し合ったり、魔道水晶をいじり始めたりしている。
それを挟んで一番端のテーブルではカナとジェシーがひたすらホールケーキを食い荒らし、時計で言う四十五分分を食い尽くしていた。
その二人を横目にケントは同じテーブルで、スキル【思考無線】を使っていた先刻、【KUPDOG】のケリー副署長が先程額に冷や汗をかいている割には心の声が一つもしないこと、やけに落ち着き払っていることに感じた違和感をすっかり忘れてミルクボバティーをズーズーいわして飲み干した。
「あのー、すいません。僕そろそろ…」
カナメ巡査部長が申し訳無さそうに断って席を立とうとした。
「あ、そうだね。そろそろ息子くんのお迎えの時間か…。カナエ君、元気かい?」
「そりゃもう。今から王国創建記念日のフェスティバルの出店で何周るか計画立ててますよ…」
カナメ巡査部長は疲れ呆れた様子で言いながらも嬉しそうにして、内心息子の自慢をしたそうだ。
(ちっ…、既婚者かよ)とジェシーの心の声にツッコミを入れたい気持ちをケントはグッとこらえている。
「カナメ君は男手一つで息子を育てていて、いわゆる育メンってやつでして…!」
誇らしげに部下を自慢するケリー副署長、さっきまでスマホなんか弄っていたくせに「えー!素敵ー!!若いのに!!」とはしゃぎ色めき立つ女子四人組。
(なるほど、まぁ独身子持ちならアリか…)とまたもやジェシーの心の声にツッコミをいれたいケント。
やり取りもそこそこにカナメ巡査部長が席を立つと、ケリー副署長もまた「じゃあ、自分もまだ仕事があるのでこれで…」といってカフェを後にした。
残された一行もまたしばらくしてカフェを出て皆そぞろに歩き、王城内の寮へと向かう。
異世界に沈む夕日がなんともおかしな青春群像劇を赤橙に照らし、それぞれの胸中をほっこりと温める。
かつての世界で得られなかった友達、仲間、夢、冒険、それらがまるで天から女神によって降って来たかのようにしてそこにある。
だが夕闇の影法師がまた不穏に街を覆い尽くそうとしているのもまた事実であった。