第九話 羊飼いの勇者 Ædam《エイダム》
第話 羊飼いの勇者 Ædam
〚場所:世界樹の森の外れ〛
天空の外れ、クソど田舎の教会の扉の前にある晩、かくも美しい、千秋の稲穂の輝きを集めた様な金の産毛と、さながら冬の好天と夏のマリンブルーを眺むるかのごとくといった蒼眼を持った乳飲み子が捨てられていった。
翌日この教会の牧父であり、生臭坊主と称される無精髭の、あんまり生活態度のよろしくないアッバという男がこれを見つけると、やれやれと言って彼を抱いて村外れに一人で住む老人のあばら家を訪れます。扉を跳ね開けて劈頭に、
「おい、爺!乳はあるか!?」
「んじゃ、朝っぱらから喧しい…、そがいなもんあるわけないじゃろう!どうした!?女にふられすぎて遂にそっちにケツ穴を修める事にしたんか!?」
「そうじゃねぇ、いや、ふられすぎたってところは不承不承認めよう、だが俺はそれでも女のケツを追う側だ!!」
「…、お主一応この村唯一の牧父じゃろうに…。っと、こりゃなんとまぁ繊弱やかな…、待っとれバクのミルクならまだあったはずじゃ、温める。」
爺と呼ばれた男は手際よく瓶に入った貘のミルクを湯煎で温め人肌に冷まし、
不死族を倒した後にその地面から生える【死人梔子】という植物から作られた乳栓をはめて、
プロテインの魔法の粉を混ぜて、
二人はその玉のような子に食事を取らせます。
それまでも別段泣いたりはしなかったが、ミルクを飲み終えた後はまたすやすやと寝息を立てて赤児は眠り始めました。
二人はそれからその子の様子をしばし眺むってカウチに寝かせ、そのカウチの周りに赤子が絶対に落ちないように、アホみたいに椅子や机やグリフィンの剥製を並べてバリケードを張り、自分達はその上に乗っかって彼の寝顔を見下ろしながら無駄話を始めた。
男は馬鹿なので基本抱っこしとけばいいとか、抱っこ紐を布を割いて先にこしらえればいいとかまでは頭が回らないのでしょう。
「まさかワシの酒癖女癖賭け癖全部学んだもう丸っ切り望みのない思うとったお前さんが一児の父とはのう…感動で涙が…」
「爺、涙が全然出てねぇぞ。年食って体も涙も干からびたのか?リテイクだ。はい、3、2、アクション」
「まぁこんな年寄りんとこに駆け込んでくるぐらいじゃ、大方嫁には逃げられたか…。まぁ妥当じゃな、この前も淫夢族のキャバレーで酔いつぶれとったとモガリさんが話しておったしな…、四十にもなって情けない、また涙が出てくるわ。」
「こらこら、健全な大人の夜遊び事情をジジババの井戸端会議のネタにしてんじゃねぇよ。あと俺はまだ36だ。って、なんで本当にこっちは泣いてんだよ!!」
「いやほら、最近ドライアドの花粉凄いじゃろ?アイツラの起こすドライアイ大変でのぅ、エルクさんとこの目薬でも今年はあかんみたいや。」(エルクさんは医者)
「ドライアド…、ドライアイ…、朝日?」
「すぅーーーぱーどぅらい!!」
「今日は婆さんのとこ行くのか?」
「別に行くにしても一缶くらい問題ないじゃろ、待ってろ。」(婆さんへは爺がをいつもこの時間世間話をしに会いに行く)
爺さんはお勝手にある水瓶からビール缶を二つ、射的の的みたいに掲げ、遠く、庭に成ったすっかり熟れた木苺の方を見る。
「ほれっ」
「thee, get cooler.」
牧父は十字を切り、狙いを定め即効氷属性魔法でさらにキンキンにビールを冷やす。罰当たりな…、作者も是非覚えたい。
プシュッ!!グビグビっ、ぷはーっ!!
(((((((無駄にシンクロする二人))))))
プシュッ!!グビグビっ、ぷはーっ!!
「さて、この子はどうするんじゃ?母親探しも骨が折れるで、今頃は国境か?」
「だろうな、まぁ捨ててったんだからわざわざ届けてもどうにもなんねぇだろ」
「じゃうちで面倒見るのが妥当じゃな、わし子育て経験もあるし」
「いやいやいや、爺さんにそんな面倒事押し付けらんねぇよ、ウチで見るさ」
「何を馬鹿言って…、お前んとこ魔物だらけじゃろう?赤児には良うないで、わしんとこなら牧場もあって自然に育つ、これが一番に決まっとろう」
「日々の研究で召喚することがあるだけだ、なに軛はしっかりしてある問題ない。むしろ将来俺みたいに神官僧侶になるはずだからその英才教育としてはうちの方が適している、俺が預かろう。」
張り詰める空気。
「やる気か?」
「しかねえだろ」
ドスの効いた声を出す二人。
コイントスでどちらにするか決めるらしい。
そのコイントスの結果は奇瑞か否か、コインを掴みそこねた爺の飼っているぬっこの足元に転がって真ん中で立って止まった。
「こりゃあ…」
「まさに予言の子ってわけか…?」
かくして、可哀想な捨て子は二人の親バカな男二人にたいそう可愛がられ、二人の家を行ったり来たりしながら、その愛くるしさも相まって蝶よ花よと育てられた。
そして少年は、村の皆からも愛される優しい子に育った。
ー10年後ー
朝から山の麓にある爺の牧場でウトウト夢心地の羊を犬のように追いかけ回る金髪碧眼の少年エイダムは、その日は午後からの教会の授業のため川で水浴びを終えると、今度は一目散に麓の村へと。
村の人とももうすっかり仲良しで、「こんにちはー!!!」とドップラー効果に挨拶をして、村の人はやれやれいつも元気だなと思いながら「すっ転ばないようにねー!」なんて返したりする。
教会の大きなかまぼこの断面図の扉を開けると、いつもみたいに中央左側、端から二番目の席につく。村の他の人もちらほら座って、エイダムは顔見知りのおじいちゃんおばあちゃんに遠目に会釈をして。
「それでは『7つの教会1-38』からだったね…」
少ししてから牧父アッバが立派な僧侶の格好をして教壇に立った。音吐朗々《おんとろうろう》、よどみなく教義を説いていく声は何気ない日々の中にあった。
生真面目に流れる時間も午後なこともあって少し微睡む。前の長椅子には先に来ていた爺が老眼鏡をかけ話を聴いている。
かと思いきや、爺は牧父アッバが前の黒板にチョークを付けて図説を始めようとした隙に、後ろにいるエイダムに耳打ちをボソボソ。
「エイダムコショコショ、実はな今日婆さんが琥珀糖パイを焼いたんじゃボソボソ食べに来んか?ニマッ」
本当!?こんなに魅力的なお呼ばれも中々ないぞ!
どうせバクのミルクとキラービーの蜂蜜が甘くって、ツバメの採ってきた山椒がピリッと効いちゃうんだろう…。うーん、どうしようかなー…、今日アッバの所に泊まる日なんだけどな…
エイダムは悩みます。
「なぁに、アッバもご覧の通り神官の勉強で忙しいんじゃ、なんなら家に泊まってって爺と朝までボードゲーム大会ってのはどうじゃ!?」
誘惑、甘言の呪文にエイダムノックアウト!!!!カンカンカンカーン!!!!
しかし、セコンドの牧父アッバは愛息子の外泊を唆す爺の声をきちんと聞いていた。
「そこ!おい爺!エイダムは今日ウチに泊まる日だ!余計な事すんなよ!」
黒板を背にして、授業中なのも構わず声が教会に響く。牧父アッバはここ一週間神官の試験の勉強でエイダムとのお泊まりができなかった。
今日という日こそは絶対にエイダムと時間を作るんだと息巻いている子煩悩である。
教義の授業が終わると牧父アッバはいつものように生徒達に囲まれ始める。
村の若い人たちにとってアッバは若くして僧侶を務める渋めのイケメン、アッバも普段ならその事を得意気にいつまでも生徒達に与太話を延々とするが、今日はエイダムがうちに泊まりに来る日…。
おまけに爺は油断も隙もならない好敵手、なんとか早めに生徒達を送り返そうと画策する牧父アッバであったが、教会の扉には天学士と呼ばれる地理を研究している男が神妙そうな顔で立っていた。
(何事だろうか…、あまり良い知らせではないな。)
顔つきから何かあったのだと牧父アッバは察した。エイダムにひとまず爺の所に今日は行くようにと言い、二人は牧父アッバの教会の上にある書斎へと向かった。
牧父アッバとのお泊りがなくなったのは残念だが、代わりに琥珀パイと夕食後のボードゲーム大会に胸を躍らせる少年エイダムは教会の扉を出て、ストレッチを始める。かけっこが自慢の彼の癖でもある。
「エイダム、じゃあ爺は婆さんのところへ寄ってパイを取ってくるから、日暮れまでにはうちに帰っといで」
爺はウキウキ喜色満面の笑みを隠せずエイダムを見送る。
エイダムは教会の授業の後にいつも山の5号目へ驀直に翔けていくのを知っているからである。彼がなぜその事を村の皆に秘密にしているのかも爺は知っていた。
「うん!じゃあまた後でね!!」
エイダムはそう言って目にも留まらぬ速さで駆けていく。
山の5号目の古いもうすっかり使われなくなった山道には、竜の鱗さながらに苔の生えた石が並んでおり、エイダムはそれを蛙の様にぴょんぴょんと跳ねて、そして村が一望できる雲の真下で腰を下ろした。
「相変わらず脚が速いのですね。」
どこからともなく声がエイダムに降る。エイダムはその人を女神様と呼んでいた。声の主は「私は残念ながら女神などではありません。」と言っていたけれど。確かに姿を見たわけじゃないけど、優しく、温かな声がなぜか懐かしくくすぐったい。
「うん!あ!今日はね爺とお泊りすることになったんだ!琥珀パイも食べるんだ!あ!女神様にもお供えするのに明日持ってくるね!!」
素直にあどけない少年の声に、森の上を飛び回る妖精や子供たちがくすぐられたように笑い声をあげる。
「備えてもらってもリスが食べてしまうのが先でしょう。エイダム、私の分もたんとお食べ。」
エイダムが初めてこの山を登った時、少し足を滑らせて山肌をすってんころりんしていた時、大慌ての様子で女神様は彼の膝小僧の擦り傷をひんやりした風で撫でつけたちどころに治したのが出会いであった。
「あいつらは凄いよね!この前もね爺とどうやって屋根裏の奴等をギャフンと言わせようかと画策してたんだけどね…」
楽しそうに山には二つの声がやまびこの様にいつまでも続いていた。
しかし、その山のさらに上空には不穏な暗雲の陰が漂っていた。