第三十六話 ぱくりからんど
【側溝の斥候 ワッキー】
俺と【綛谷蓮大】の攻防はわりかし続いていた。
元Aクラス冒険者相手にFランがやるなって思う?
向こうはすでに二人のつよつよキャラを相手に連戦だからさ…。
てか多分俺一人で闘ってるってことは【 現実的反乱軍 】の人たち皆やられたっぽい?
とにかくそんな闘いの決着はあっけなく着いた。
俺の【攻撃魔法:魔導拳】をひらりひらりと躱しながら、自分も肉弾戦に応じる程の余裕を見せた蓮大さん。
左肩と片足を負傷していても、それでも強かった。
あっという間に馬乗りになられて、いつか中学の同級生に暴力的なイジメを受けた時のことを思い出した。
蓮大さんは慈悲深いのか何なのか、俺を一発でノックアウトしてくれた。
あの攻撃魔法、結構ウーメルとかと一生懸命練習したんだけどなぁ…
再び目覚めた時にはまた転生したのかと思った。
もう死んだ筈だって一番最初に考えたからさ。
…なんでかはしらん。
けれどアイツは俺の隣で体育座りでタバコを吹かしてた。
ジャケットを肩に乗せて、その姿は俺もこんな風になりたいかもしれないって思った。
『ファイト・クラブ』って映画のワンシーンみたいでもあってちょっとかっこよかった。
体を起こそうにも一ミリも動かない。
なんで殺さなかったんだろうか。
凄く整った顔だけど、多分コイツも転生者だよな。
同じ日本人の情で見逃してくれたんだろうか…。
俺は頭だけを動かして辺りを確認する。
そこにはボロボロの木の柵がどこまでも続いていて、隣には高さ十メートル位の錆びた鉄塔と看板がてっぺんにある。
看板のふざけたピエロの顔の隣にはでかでかと『ぱくりからんど』と書かれている。
「ぱくりからんど…?」
「さっきまであの方が【幻影魔法】で隠していたこの王国の真の姿だ。」
俺が目覚めたことに気づいた蓮大さんがそう言った。
あの方っていうのは【魔人パクリカ・レプリカ】の事だろうか。
「この王国は元々あの方が建てた王国だ。」
…?
どゆこと?
俺の顔にハテナがついているのを見て呆れた顔で蓮大さんがため息をつく。
「はるか昔、この異世界の大陸は魔界の一部だった。
かつて天界を追放された『コウテイ』と名乗る初代の魔王は魔大陸そのもの、或いはその者の居る所を魔大陸と呼ぶ…
古い文献には皆そう書いてある。
『コウテイ』はさらなる闇を求めて深い闇の地へと旅を続けた。
あるものは彼に続き、今でもその果ての亡き旅を続けているが、
ある者はこの地にとどまらざるを得なかった。
『コウテイ』の強すぎる魔力は、魔族といえど隣には居られないほどだった…、だそうだ。」
なんか授業でもそんなん習ったかも…しれん。忘れた。多分寝てた。
「やがてこの大陸を三分割し、それぞれを支配していた強力な魔人の内の一人があの方だ。
そして後にこの異世界は数多の魔王が跋扈する群雄割拠の時代になる。
事態を重く見た天界は俺達の世界から勇者を幾人も召喚し、チート能力を与え、ほとんどの魔王は絶滅、魔族の多くもこの世界にいた人間と混ざり合い亜人となったらしい。」
俺の知るいわゆるなろう的展開だな。
「その間、あの方が何をなさっていたのかは俺は知らないが、とにかくあの方はその時代に忽然と姿を消していた。
戻って来られて半世紀ぐらい前だそうだ。」
「つまりどっか行って帰ってきたら、いつの間にか魔界が天界に侵略されていたと。」
「天界がそれを侵略と思っているかどうかは怪しい。
だが、契約に基づく全ての利権はあの方のものだ。
この王国の民衆は皆知らずにあの方の為に生きていると言っても過言ではない。」
「なんで?」
俺の質問に蓮大さんは本気で嫌そうな顔をした。やめて。ちょっと傷つく。
その、うわぁ、こいつなんかもわかってねぇじゃん、絶対元の世界でも低学歴のバカやんみたいな目で見るのやめて。
「あの方は元々この王国の土地全ての利権を持っている、とそう言ったんだ。
お前そんなんでどうやってあの方を倒そうなんて思ってたんだ?」
やだなー。
魔王退治なんて恐れ多い事するわけ無いじゃないですかー。
もうー。
ヤダナー。
まったり異世界スローライフコースでお願いしますよー
もー。
もー!!!!!
「まあいい。
チート勇者達の魔王殲滅
後、天界がこの土地を治めるにあたって選出したのが現国王の先祖にあたるサロモン家だ。
【王杖】という非常に強い魔力を持つ武器を下賜してな。」
なにそれ。
俺もチート武器欲しかったんだが?だが?
「あげく強い魔族が立ち入れないよう強力な結界を内側からこの王国に張り巡らせた。
天界の女神様達は随分この大陸を贔屓しているらしい。
だがそれも崩れた。
お前が今ここでかつての魔王国の柵や看板を目にしているのが証拠だ。
これはあの方が王国を乗っ取った合図、お前もせいぜい苦しまずに殺してもらえる事でも願っていろ。」
「やっぱり…殺されるの?ワイ」
俺の質問になぜか異常なまでに苛立たしげな素振りを見せる蓮大はん。
怖い怖い。
舌打ち怖い。
「俺の知ったことか。
俺だってなんで俺が今生きているのか不思議なくらいなんだからな。」
「寝返って魔族側についたからじゃないの?」
「…。」
ひいいいいいいいいい
そこまで言って失言だったと反省した。
めっちゃ睨んでる。
「よくあの方を前にして戦おうとか思えるな。馬鹿もそこまで行けば立派だよ。
確かに俺は魔族側に寝返った。
けどそもそもあの方は転生者を全員生け捕りにしている。
それがお前を今ここで撃ち殺さない理由でもある。」
「な、なぜでしょうか」
「俺達転生者には特別な細胞があるらしい。
中でも俺達を生きたまま結晶化させて精製する『魔片』という快楽物質があると魔界側のリターンが大きいそうだ。」
生きたまま塩漬けかー…
やだなー…。
その時皮肉にも生きたいと、そう思ってしまった。
さっき死にそうだった直前にも思わなかったのに。
「さて、後はお前を今頃王城に魔法で転移させた〚製薬所〛に連れていけば俺の任務は完了だ。
俺も死にたくはない。悪く思うなよ。」
俺も死にたくはない…か。
明らかにヤーさんみたいなカッコした、綺麗な顔の、それも確実にリア充側の奴に、それでも何故かその時同情した。
全身から溢れ出る悲壮感みたいなもののせいだろうか…。
あーあ…、魔導書屋さんで働くの何気楽しみにしてたんだけどなぁー…