第三十三話 ワッキーVS元No.2
【側溝の斥候 ワッキー】
捕まった人達を馬のいる所まで案内し、護衛の組員達を倒し終わった【 現実的反乱軍 】のメンバーの一人にケント達が敵の製薬所に向かった事を伝えた。
その人も特段怒った様子もない。
女軍人といった迷彩服のいで立ちに、ドレッドと大きな猿耳が特徴的だった。
元の世界なら俺が絶対に関わり合うことはないタイプだが、怪我をした腕に包帯を巻きながら「仲間の為にならそれがいいだろう」と言ってくれたことが割と嬉しい。
他にも怪我をした【 現実的反乱軍 】のメンバーがいたので何か手伝うべきか尋ねようとした時だった―
「走レ逃ゲロ!!!!!!!!!!」
さっきの女軍人とは別の男が離れたところから俺に向かって叫んでいるのが聞こえた。
さっきまで目の前にいた女軍人は脳みそをぶちまけて、地面に倒れ込む寸前だった。
世界がスローモーションで再生されていく。
すぐに身体を動かそうと、俺に逃げろと叫んでくれている人の方を向きながら反対方向に走り出した。
俺の一歩目が出るより早く、その叫んでいた男が胸を撃ち抜かれて、ずしゃあと地面に倒れた。
視界ギリギリ、奥の方から砂埃をうざったそうにしながらそいつは現れた。
白のジャケットにベスト、黒のワイシャツのスリーピースを着て、肩にはスーツと同じ白の鳩が乗っかってる。
渡されたプロフィール資料で一人だけ数値が突出していたからなぜかコイツだけは覚えていた。
俺達と同じ転生者だったからかもしれない。
【綛谷蓮大】、俺達の前に王国に召喚された勇者で、泰晴が来るまで王国ステータスランキング2位だったらしい。
そんな奴相手に俺が勝てるはずもない。
あいつがここにいるということはビンセントとマーカスはやられたということだ。
Bクラスのあの二人がやられたんだ、絶対勝てない。ムリムリムリ。
急いで逃げようとなるべく姿勢を低く、ジグザグを意識して…
意識して…
それでどうなる?
仮に逃げおおせれたとして、そしたらアイツは今度はケントやウーメル達の方へ向かうよな。
たった三日だが仲良くしてくれた【 現実的反乱軍 】の人達を殺されて、
仲間を救う為に敵のアジトに突っ込んだやつも見殺しにして、
それで…、それで…、
それじゃだめだろ…
俺は逃げ足を止めた。
あいつをここで食い止める。
幸い怪我をしているのか、片足を引きずっているし、白スーツの肩の部分は血で滲んでいる。
〘フィールド:荒野〙の視界も悪い。
【特殊魔法:光学迷彩】俺は周りの景色を丸反射するベールを纏った。
【特殊魔法:地雷也】さっき使った地雷よりも何倍も探知されにくい、おまけに強力。
【幻覚魔法:ムービートラップ】辺りに見えにくい糸に触れれば作動するトラップを張り巡らす。作動すれば対象に幻覚を見せる。
相手の機動力は殆どない。
銃弾を避けながらフィールドに生えてる彼草木を障害物に辺り一面に地雷を仕掛けてく。
敵は上手く俺の罠にハマって、さっきから俺を探しながらの無駄打ちが大い。いけるいけるぞ!
もしかしたら弾切れも狙えるかもしれない。
とちょっと油断し…、
た素振りを見せ!!!!
【防御魔法:ヨシムラ式ダイヤモンドシールド】目の前に幅一メートル、厚み少し、高さ1メートル半の盾を出現させる。
蓮大ってやつが放った銃弾を全てこれで受け、その間に敵に肉薄する!
一回、「痛いのが嫌なので防御にスキルポイント全振りしたいんだが」とケントに相談したところ、実際の軍でも使われている技術の応用魔法があったと教えてもらった。礼を言うぞケント、仇は必ず取る!!!!!
そして、俺の使える最大最強にして、唯一の攻撃魔法法!!!!!!!
下!!!
右下!!!
右!!!
ぱぁぁぁぁんち!!!!!!!
【攻撃魔法:魔導拳】俺は手の拳に魔力を溜め、水魂色の気を纏わせる。
「喰らいやがれおらっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
【平和の伝道者 綛谷蓮大】
この異世界に召喚されてはや五年。
不満しか募らせていない。
つまらない学校の毎日、平凡な両親、平凡な家庭、そんなものよりははるかに刺激的でマシな毎日ではあったが、それでもようやく手にした主演の仕事はそんな生活を一変させるものになるはずだった。
親の反対を押し切り、高校に上がると同時に俺はアイドル活動を始めた。
売れない地下アイドル、地道な努力、コネづくり、そして高3の卒業間近、俺はとある舞台の主演を務めることになった。
マネージャーは言った。
「蓮大君ならやれるって信じてたよ!!このまま一気にトップまで上り詰めよう!!」
随分と使えないマネージャーだった。
この仕事を取ってこれたのも俺自身のおかげだ。コイツは何もしていない。
こけら落とし、初演は大好評だった。
翌日の公演を控えてるにも関わらず仲間と打ち上げで飲み好きだ帰りに、まさか交通事故であっけなく死ぬとは思わなかった。
そしてここフライドチキン共和王国なんてふざけた名前の異世界にやって来た。
すでに死んだ俺に元の世界に返るという選択肢が本当に無いことを知った時の衝撃は今でも消えない。
同じ時期に召喚された十一人と【勇者一行】として王国から訓練を受け、
装備一式を貰い受け、
冒険者として王立ギルドに登録し本格的な異世界生活がスタートする。
もう一度この世界でやり直そうなんて気はサラサラなかったが、自分には才能があるとあまりに周りがもてはやすので、なんだかんだとそこまできてしまっていたというのが正直なところだった。
自分の職業は【勇者】だった。
職業にこんなふざけた名詞を置くのは、アイドルの仕事だけじゃ食っていけなかった時にやっていた水商売の売り文句以来だった。
この異世界ではある程度の適性を持って職業候補がいくつかギルドカードやギルド登録用の魔導水晶に表示される。
自分以外に【勇者】という職業が表示されたものは居なかった。
事実召喚されてからの二年、俺は飛ぶ鳥を落とす勢いでレベルアップしまくり、王立ギルド設立以来最速となるBランク入りを果たした。
しかしある日、当時の国王と王国騎士団団長、王立魔法科学研究所の何人かの会話を意図せず聞いてしまった。
国王「今期の勇者は中々優秀だそうじゃないか、前任の勇者依頼の高ステータスで、同期からの信頼も厚いと聞いているぞ?」
団長「え、えぇまあ。Bランク入も果たしましたし、このまま順当に行ってくれると期待してます。」
研究員A「まぁ、【 光の勇者達 】のスキルが付いてなかったのは残念でしたけどねー。」
研究員B「おい、あんま大きな声で言うなよ…」
研究員A「いやー、だってそうじゃないっすか!
先輩方飲みに行くといーっつも“”初代勇者は高ステータスのスキル持ちで、魔導具開発部としてもやりがいのある仕事だったんだけどなー“”って言ってるんすよ、最近のは張り合いねぇわーとか言って。」
国王「まぁ、あやつはとびきり優秀じゃったからな。もうあれ程の逸材は召喚されんじゃろう…」
研究員A「あーあ、今期の勇者もスキル発動させてくんねーかなー」
研究員B「だからやめろってお前!」
団長「あれは生来の素質によるものだから努力どうのこうのでどうにかなるものでもない」
研究員A「えっ、じゃあ今期絶望的じゃないっすか!?そりゃ“勇者”の子はそれなりですけど、他壊滅って聞きまし―」
!!!!バシンッ!!!! (BがAをしばく)
研究員B「ほんとすいません、こいつ新米なもんで、後でちゃんと言い聞かせときますんで、あっ!じゃあ俺等この後実験の手伝いとかあるんでこれで失礼しまーす!!」
国王「今どきの若いの見とると心配になるわ…」
団長「御尤もです」
国王「まぁ、そういう意味でも来期、再来期位までは【勇者一行】には特に過剰な期待はしておらん。じっくりやってくれ。」
団長「はっ!」
俺はこれまで曲がりなりにも王国の為にクエストをこなし、モンスターを倒し続けてきた。
しかし自分には才能が無いと、特別では無いと、選ばれし者ではないとはっきりと言われた。
自分以外の【勇者一行】のメンバーが実力的に自分に釣り合っていないことも分かってはいたが、
それでも自分だけは特別で、
自分が頑張ればかつての現実世界とは違った結果になると信じていたのに、
どうやら王国は口先だけでそこまで自分に期待してなかったみたいだ。
そんな矢先、あの方、パクリカ様に出会った。
ある日いつもみたくギルドでクエストを発注して、王国の辺境で発見された【ヒュドラ亜種】の討伐に向かい、無事にクエストを達成した。
メンバーのマリアンナというガキと、同期のマーカスが怪我をしたが、それは当人のミスでオーガの攻撃を避けきれなかったからで俺のせいじゃない。
なのにあいつら、クエスト中滞在していた近くの村の借家のベッドの上からヒュドラの死体の処分方法にも細かくあれこれ言ってきて、やれヒュドラの肉は腐るとウイルスになって疫病の原因になるからだのなんだの。マジで面倒くさい。
段々とそんな一々細かい事までクエスト報告書に書くのも面倒になって来て、結局その辺りを端折って報告書を提出してさっさと【飛竜肉のステーキ】で一杯やろうと一人王国中心街の自宅に戻った後、ギルドへ寄らずに居酒屋へ向かった。
と、その道中、見慣れない翼の生えたゴブリンが一匹街の上空を旋回しているのが見えた。
本来なら即討伐か、ギルドに報告に行くべきだったんだろうが、
そのクエストの【ヒュドラ亜種】がまぁまぁ強敵だったのと、
連日の王国の件で精神的に参っていて、結局俺は見て見ぬふりをした。
そのゴブリンが実は【ヒュドラ亜種】の死体の肉片を持ち帰って王国に疫病をもたらす事になるなんて予想もしていなかった。
散々人の事ボロカスに言ってた王立魔導研究所の奴らはそれでも疫病の原因がヒュドラの死体から発生するウイルスが原因だと突き止め、俺が達成したクエストの【ヒュドラ亜種】が原因であると報告した。
そのクエスト責任者であった俺は当然王立議会にまで召喚される事にまでなる。
状況証拠は揃っていて、証人として呼ばれたマリアンナとマーカスが死体処理について「自分達は怪我でベッドから動けなかったので適切な処理の方法を伝えパーティーリーダーにその処分は任せていた」と証言した為、俺は王立ギルドからの除名、被害者への賠償金支払い、を命じられた。
王立ギルドからの除名はすなわち俺が王国と専属契約で使っているコンドーも使えなくなるということ、もうギルドにも登録できないからクエストも受けられない、俺は一夜にして職も、住むところも奪われた。
後日俺よりは全然マシな処分を受けて、当面のギルドでの活動停止を命じられていたマリアンナとマーカスが俺を訪ねに来たが、今さらなんのようだ?って感じだった。
もうパーティーは解散していたし、今さら「僕たちもなんとかするからまた1からやりなおそう」とか、「あたしらももっとちゃんと頼んでおくべきだった、任せっきりにして悪かった」とか言われても、もうどうしようもないだろ?
それともあの日以来酒に浸って、街の片隅で垢まみれで寝てる俺を見るのは流石に良心が痛むのか?
別にお前らなんかハナから頼ってもいねぇよ。
かろうじて闇ギルドと呼ばれる正規のルートを通らない格安クエストをこなして日銭位は稼いでいたが、それも酒代に全て消えていく。
そのうち同じ穴のムジナと『魔片』と呼ばれる快楽物質を売りつけてくる奴らに出会った。
これが転機となった。
この『魔片』は、通常の人間が使うとただ幸福感を得られるだけのモノだが、なぜか俺が使うと一定期間尋常じゃないくらいにステータスが上がる。
問題点は2つ。
1つ目はこれを使って強力なモンスターをソロで殺す事はできるが、その際の経験値の入りが悪いということ。
経験値の入りが悪く、レベルが上がらなければ基本ステータスも上がらない。
つまり、中毒症状になるとわかっていても、強力なモンスターを一人で狩り続けて前の様な選ばれた人間、輝かしい生活に戻るには、この『魔片』を使い続けなければならない。
2つ目は時々使用時に幻覚、幻聴が起こること。
中でもきついのが誰かのどこまでも真っ直ぐな声だ。
その声はいつもどこか暗い地下室の様なところで声を響かせる。
「誰かにこの事を知らせるんだ、でなければ世界の平和が危ない」とかどこまでも厨二病こじらせたような事をいいやがる。
この期に及んでまでどうして俺が他人を頼らなくちゃいけない?
これさえあれば俺は無敵だ。そう思っていた。
そうしてそれなりに金が稼げても俺は王立ギルドから抹消されていたし、各ギルドのブラックリストにも載っていた。
だから、自分で買ったモンスターは闇市で売り捌くしか無い。
その金のほとんどは『魔片』に消える。
これを繰り返して半年が経った頃、いつも俺が『魔片』を買っている男が約束の時間になっても指定の場所に現れない。
苛立ちながらタバコを何本か吸い終えると、不意に辺りの建物の影が濃くなる。
まるで闇の中に浮かんでいるような光景が広がった。
新たな幻覚かと落ち着こうとしたその時、目の前には2m強のふざけたピエロの格好をした奴がいた。
戦う気も、抗う気も起きなかった。
自分がどれほどこの『魔片』を使ってステータスをチートしようと、こいつには勝てない。
それほどに実力の差は明らか、こいつに勝つというのは真夜の海に飛び込んで全ての海水を蒸発させるようなものだ。
俺にはハナから無理だ、試そうとすら思わない、常識的に考えればわかる。
と同時にこいつが『魔片』斡旋の親玉なこともすぐにわかった。
だからなのか、あえて反抗的に話し掛けた。
「俺に何の用だ?」
「いいね、その態度。諦めきれない…って感じかな♡
そう身構えるなよ、ウチの商品のお得意様にご挨拶をと思ってきただけだからさ。
どうだい?まだまだおすすめ商品はあるんだけど、今後ともご贔屓にしてくれるんだろうか?」
そこからはこの【パクリカ・レプリカ】という魔人の手下となった。
いつかこいつを倒して、或いは王国の連中に復讐するのもいいかもしれない。
そんな考えが次第に頭をよぎる事が増えた。
だが、何にしても俺はまだ実力不足、コイツのもとでどこまでも強くならなくちゃいけない―
やがて部下ができて、第二次団体【 マート組 】の若頭にまで俺は上り詰めた。
こんなところでグズグズして燻ってるような男じゃない、俺は。
このガキをさっさと殺す
手にしていた錠剤形の『魔片』をガリッと噛み、飲み込む。
魔物だけじゃなく、人を殺すのにももう慣れた。




