第十七話 卒業試験 Cチーム 駐屯用ロッジ
ゴリハラ教官の合図で【フライドチキン共和王国召喚勇者第8期】、計十二名の最終卒業試験が開始した。
試験開始後、一同は3チームに分かれそれぞれ予定している地点へと向かう。
試験開始から4日後、スタート地点から二番目に近い〚駐屯用ロッジ〛を目指すCチームのラジュ、シーナ、ミオナ、栞達はすでにロッジの方角を示す最後の立て看板を通り過ぎ、あと一息という所まで来ていた。
事前に受けた説明では〚駐屯用ロッジ〛は名前の通りフライドチキン共和王国がこの〚大森林〛を探索、研究するのに使用している駐屯地点であり、常に騎士団が何人か常駐している。
「卒業試験って言っても、全員で石2個貰って来るだけなんだから意外と簡単だったよね!」
ロッジの煙突が見え始めるとシーナが明るい調子で言った。
「そうだねー、まぁ他の皆が敢えて一番楽そうなルート譲ってくれた感ちょっとあったけど…」
気まずさを感じていたのか、ミオナがそう続いた。
栞としては自分の心の内をミオナが言語化してくれたような感じがして、胸が少しスッと軽くなった気がした。
「一応距離的にも、難易度的にも中間だったんだし別にいいんじゃない?」
一方ラジュはその辺りを全く気にする様子はない。
黙々と三人の会話を聞きながら歩き続けていた浜須賀栞は、そのことよりもここに来るまでに遭遇したモンスター達に予想外のアイテム消費を余儀なくされていたことが少し気がかりだった。
「あれ、どうしたのシーナ?」
先頭を歩いていたシーナが急に立ち止まった。
訝しがるミオナ、と他の二人のパーティーメンバー。
森の散道を抜け出て、すでにロッジは目の前だ。
「あれ…」
シーナがロッジの手前を指差しながら緊張した声で言った。
全員が指差す方を見る。
何人もの騎士団が、バラバラに引きちぎられ、そこかしこに腐乱の始まりだした肉片が赤黒くなった血の中に散らばり浮いている。
森のど真ん中、ネズミやカラスの餌にならないはずもない。
「なにこれ…」
シーナが顔をしかめる。
「帰って報告したほうがいいんじゃ…」
ミオナが震えた声で言葉を絞り出している。
「もし魔物に殺されたんだとしたら、まだ近くにいるかも知れないのに!?」
そう叫んだラジュの肩が震えているのを栞は彼女が背負う真紅に漆塗りされた弓越しに眺めていた。
「でも…」
「ううん、ラジュの言うとおりだと思う。このまま帰るには食料や水なんかももう残り少ないし。
幸い魔物の気配はロッジの中からはしないから、中に何か連絡手段とか、携帯食料がないか確かめてからの方が良いんじゃないかな…」
ミオナを遮って発案した栞だが、自分で喋りながら後半になるにつれて自信がなくなって声が小さくなるのを情けなく思った。
合理的な判断だと思っていても、周りの顔色を伺う癖が抜けない。
風に運ばれてその死体の異臭が四人の鼻をツンと突くと四人は覚悟を決め、キイキイと音を立てて開けっ放しになっている半壊のドアをくぐってロッシの中へ入っていった。
ロッジの中は想像しうる限りに破壊し尽くされており、戦闘があったのか、或い 襲撃者が何かを探していたのか…
緊急連絡用の魔法通信機器も壊されており、王城に連絡も取れそうにはない…
四人が卒業試験に持ち帰る予定だった【悲哀の琥珀】と【フライドチキン黄玉】は広いリビングの机の上、アカシアの宝飾用の木箱の中、綺麗なまま残っていた。
「と、とりあえず卒業試験はこれで達成できる訳だし、早く戻って教官達に知らせに行ったほうが良いよね!?」
ミオナが堪えきれずに言った。
全員が、この異常な事態に本能のすべてをもってして何をすべきか考えていた。
何かがこの〚大森林〛で起きている。
仮にこの惨状を引き起こしたのが魔物だったとして、王国の訓練された騎士団を八つ裂きに出来るような怪物相手に自分達に何が出来る?
他のメンバーは大丈夫なのだろうか?
王国に戻る前に彼等に知らせに行ったほうがいいのではないだろうか?
だがそれらの考えは、四人とも敢えては口に出さない。
日がもうすぐ沈む。
秋が近づいてきているのか、辺り一面の空気が一度二度と下がり、ひんやりした風が四人の肌を撫でる。
果たして何が正解か…、考えあぐねた結果一行は急いで王国に戻り教官達に助けを求めることにした。
一方、フライドチキン共和王国王城 キャメル副団長室 にて―
「キャ、キャメル副団長!!!!」
一人の白衣にぐるぐるトンボメガネを掛けた宮廷魔術師が副団長室にいくつかの書類と、水晶を持って駆け込んできた。
「なんだ、慌ただしい」
「こ、これをご覧になって下さい!!」
水晶から光が飛び出し、その光は部屋の壁に跳ね返りながら空間に複雑な細胞機構を映し出した。
「この前の中間試験の【ケルベロス亜種】の様子がおかしかったので、死体解剖し調査した所、ここ、ここをご覧になって下さい!!!!!」
「これは…」
「そうなんです、ほんの、ほんの一部なのですが闇属性魔法を主な力の動力にしている魔細胞が何らかの要因で変異しているんです!」
「何らかの要因とはなんだ?」
「わかりません…、恐らくはモンスターそのものの〝死〟や、或いはそれに匹敵する強いショックが原因と考えられますが…。」
副団長キャメルはしばしの間こめかみに手を添えて考えた。
(確かにあの時、ケルベロスは一度死んでいた。
しかし、それがきっかけとなって細胞が変異、より凶暴化した状態で蘇った…
ありえない話じゃなさそうだが…、聞いたことが無い。
アンデッドモンスター達が使う呪術魔法か?)
「呪術魔法の類じゃないのか?」
「一応その可能性も捨てきれないので、今他の研究員たちと調べてはいるのですが…」
「その口ぶりだと何か思い当たる点があるんだな?」
「はい…、実はなんかこの細胞の組織群に見覚えがあるなと思って色々調べていた所、思い出したんです。
これは、古代文明についての文献に載っていた【白亜種】の特徴と一致するんじゃないかと」
「【白亜種】…?
間違いはないんだろうな?」
副団長キャメルの声に動揺が混じる。それはケルベロスと対峙した際、彼自身がその可能性を真っ先に感じていたからだ。
(だが、だとすると不味い事になったな…。)
副団長キャメルの不安の声が漏れたのはもっともだ。
かつてこのアシレマ大陸を蹂躙し尽くした、魔界より遣わされた暴魔。
一切の魔法が通じず、
【超速再生】というスキルのせいで通常物理攻撃ではほとんど殺す事は不可能、
高い知能と、時空間魔法さえも自在に操る化け物であり、
太古に何らかの要因で絶滅したとされる。
それがこの異世界で誰もが知る【白亜種】という存在。
「仮にこの前の【ケルベロス】が【白亜種】だったとして、一体どうやって…」
キャメルは言いながら心当たりのある相手を思い浮かべていた。
若い宮廷魔術師も答えはしないが、彼と目を合わせ「どうするんですか」と問いた気であった。
「至急、この件について知り得る限りの情報を集めろ!今すぐにだ!
俺の命令と言って人員を魔導連盟からかっぱらってきてもかまわん!」
嫌な予感がする。建国以来百年の歴史で、最も最悪な状況になるかもしれない…。
キャメルはその予感を取り払うかのように若い宮廷魔術師にそう命じた。
「はっ、はい!了解しました!
…。
…。
あのー、それとなんですけど…」
「なんだ?」
「上にはどう説明しましょう?」
ここでキャメル副団長はぐぬぬと唸らざるを得ない。
王国の貴族連中が【白亜種】が蘇った等という話を信じるはずが無い。
利権にしか興味がない腐った豚どもは恐らく実際に目の前にその存在を見て、喰われる瞬間でなければ理解できないだろう。
「…、とりあえずは上は気にするな。私が上手いことやっておく。」
「わかりました。ではこれで。」
中間管理職の辛い役回りである。
若い宮廷魔術師がそう言って部屋から出ようとした時、キャメル副団長が呼び止めた。
「それと伝言を頼めるか?」
「はい、どなたになんと?」
「騎士団第二隊は一六〇〇《マルマル》に王城前、装備を整え集合。
大森林ロッジ駐屯地点にも同内容を魔法電報で入れろ。」
「かしこまりました。」
(卒業試験生が心配だが…、いや、まさかな…。
それにしても、白亜種の細胞は何かしらが要因で増殖するのか?)
そんなキャメル副団長の胸中の嫌な予感を覆い隠すように、窓から見える空には分厚い灰の雲がかかっていた。