第十六話 【のらりくらりの召喚術士 浜須賀 栞】
栞という名前は、本好きの父と母がつけた名前だった。
修学旅行の度に馬鹿にされるこの名前が好きなのか嫌いなのかは自分でもよくわからない。
学校ではなるべく目立たないように生きてきたつもりなのに、それでもいじめの標的になることが何回かあった。
中学3年間続けていたフルートは、高校に入ってもなんとか続けていたものの、二年の頃にはそれにも限界が来た。
吹奏楽部を辞める言い訳にした大学受験も、3年の夏に模試の結果がD判定になると途端にやる気を出せなくなった。
そうやって、何一つ上手くいかないまま、時間だけが過ぎていくような気がした。
のらりくらりと、テンプレの人生の決定打は高校に入ってできた一学年上の先輩が大学受験を理由に別れを切り出したところか、
或いは大学で出来た友達と無感覚に渋谷と原宿を飲みまわりだした時だろうか、
ノリで始めたガールズバーのバイトに気がつけば週4で働き、地下アイドルに貢ぎ始めた時だろうか。
ただ消費されていく毎日、生きているのか、死んでいるのか。
その答えがわかったのは乗っていたタクシーに居眠り運転のトラックが突っ込んでくる直前。
自分は生きていたんだ、そう瞬時に思った。
でももう生きる気力は無いな、そんな風に最後の瞬間に思ってしまった。
けれど神様はまだ私に生きろというつもりらしい。
天国ではなく、王国での生活が私を待っていた。
地獄よりかはマシか。
地獄に落ちるようなことをした覚えはないけれど。
そしていつの間にか転生して、約半年が過ぎた。
講義室でスマホをいじっていた大学生の私は、今羽根ペンを握って宙に魔法式を書き込んでいる。
世界が、環境が変わって引きこもらなくなったといつか話していたケントくんは、今日も放課後射撃場へワッキー君を連れて向かっていった。
泰晴君とワッキーは授業中は寝てる事が多いけれど、最初からずっと頭一つ分、ううん、二つも三つも飛び抜けて凄い。
王国の人達も皆事あるごとに「君は勇者の逸材だ、その自覚を持て」とか真面目な顔で言っている。
ガネリオさんと由貴ちゃんは相変わらず熱心にノートを取り続けていて、学科の小テストではその泰晴君と同率一位だったり、一緒に王城の図書室へ行ってるのも見た事がある。
彼等は王女様と知らない間に食事に誘われる仲になってたり、皆、新しい世界を懸命に生きようとしてる気がする。
けれど、私だけが何も変わらないまま毎日を漠然と過ごしている。
言われたことだけを、なるべく言われたとおりに。
〝正直皆のやる気というか、最早生きる力みたいなのにはついていけない〟
それが本音だった。
ある日女性教官の人が授業で、この世界にはヴァンパイアが居て、女性を食い物のようにするクズ共だから気をつけなさいと言っていた。
それを聞いてシーナちゃんもラジュちゃんも、ミオナも凄く色めき立って「えー!!噛まれたらどーするー!?」ってはしゃいでいた。
いつか四人でイケメンヴァンパイアを探しに行こうって。
私は転生者の中でその女子四人と居ることが多いけれど、他の三人とは違う。
モデルのラジュちゃん、ネイルとかいっぱいオシャレを勉強してるシーナちゃん、アイドルみたいに可愛くて、器用に何でもこなすミオナ。
きっと皆可愛くて、自分に自信があるからそんな風に考えられる。
私には何があるんだろう?
二十年間も生きてきて、転生までして、一体何が身に付いたんだろう…
卒業試験前夜―
卒業試験が明日行われる。
一週間のサバイバル、全員でクリアするクエストだとウーメル君が皆を食堂に呼んで作戦会議を開いていた。
リーダーシップを取るのはいつも彼だ。
由貴ちゃんは彼の隣に座って、ノートに作戦の概要を書いている。
きっと彼のことが好きなんだろうな、多分ウーメル君以外は皆そのことに気づいてる。
以前も中間試験の作戦を練る時に講義室で皆で集まった時、由貴ちゃんは彼の隣に立って黒板に作戦内容を書いていた。
「教官は今回は事前にクエスト内容は教えてくれた。
その内容には前回みたいに四人ごとにチームを決めて事前に提出せよとは書いてなかったから、多分チーム分けも自由でいいんだと思う。」
ウーメル君ははっきりと喋る。堂々と物怖じしたりなんかしない。
私みたいに下を向いて話したりは絶対にしない。
「マップで確認する限りスタート地点から三つあるゴール地点までの距離はバラバラだ。
おまけにでてくる魔物のレベルや特性も違う。チーム分けもそれに合わせるべきだ。」
ガネリオさんは最年長なので大人らしい事を言うことが多い。客観的で、冷静で。
「うん。私もそう思う。とりあえずいつものチーム分けんなって、そっから各ゴール地点を決めつつ、メンバー調整を行えばいいんちゃう?」
由貴ちゃんが賛成する。
皆異論は唱えない。三人が正しいことがほとんどで、間違っているのなら多分私の考えが足らないからだ。
けれど結局チーム分けは
Aチーム:アンタレス迷宮:泰晴君、ウーメル君、ワッキー、カナちゃんのチーム
Bチーム:ラビュリントス遺跡:ガネリオさん、由貴ちゃん、ジェシーちゃん、ケント君のチーム
Cチーム:駐屯用ロッジ:ラジュちゃん、シーナちゃん、ミオナ、私のチーム
といういつものメンバーで各ゴール地点を目指す事になった。
私達四人はいつも固まってるし、成績も丁度真ん中位だからチーム分けには変なところは何もない。
それでも私達に対しては皆〝触らぬ神に祟りなし〟的な空気感がある。
以前そんな話をラジュちゃんとした時には
「良いじゃん別にそれで、そうさせとけば良いんだよ。」
と彼女はあっけらかんと言った。
「てか今思えば幼稚舎からずっとそんな感じで生きてきた気がするんだけど笑」
と言ったのはシーナちゃんだ。
二人はきっと教室の真ん中にいた人達。
こんな状況だから私は彼女達と一緒にいさせてもらえてるけど、周りが特別扱いする、特別な視線を向けるというのは私には身に覚えがなさすぎてどうしていいかわからない。
例えそれは私の隣に向いているのだとしても、その視界の端に少なくとも私は居る。
「じゃあ、作戦はそんな感じで!後はチームごとに細かい連携とかの話し合いにしよう。」
気がつくとウーメル君がそう言って、私たちは各チームごとに分かれフォーメーションの話し合いに移った。
食堂で皆の様子をボーッと眺めてると、この試験でこの食堂とももうすぐさよならなんだなーってちょっとエモい気持ちになる。
卒業試験後は確か、
・王国騎士団に見習いとして入団する
・王国と専属契約を結び、王立ギルドの冒険者となる
・フリーの冒険者として活動する
の進路選択をしなければならなかったはず。
最初のはいわゆるエスカレーター式。
教官達と引き続き訓練をしたり、任務に出るのが主にする事になってくる。
戦闘向きでない職種、能力の人は研究職として王城の研究室に入る事もできる。
2つ目は多分契約社員みたいな形。
一定の王国が課すノルマクエストをこなさなければならない。
自分のペースがあったり、他にやりたい事、例えばゆくゆくはお店を開きたいなんて人はこっちの方が拘束時間も少ないからこっちを選ぶほうが良いらしい。
この二つだと王国が用意してくれたコンドーも使える。
コンドーは私達が今使っているようなボロい寮じゃなくて、現代風のマンションみたいな感じで、ここが安く使えるのは私達みたいな右も左もわからない転生者にはありがたい。
三つ目はほとんど選択肢としては選ばれないらしい。
王政を担う亜人院の特に人権派と呼ばれる人達が、少なくとも自由に生きる権利を与えるべきだとの事でできたらしい。
けれど教官達によるとこれは明らかに〝冒険者適性〟のない、言ってしまえば穀潰しに成りうる人材を送る場合にも使われているらしい。
私は召喚術士なので1つ目の騎士団に入団すると恐らく前線へ向かわされる。
給金が高いのは捨てがたいけれど、だったらとりあえずは二番目の王立ギルドに登録して身の振り方を考えようかなーと思っていた。
皆はどうするんだろう?
「ねぇ、しおりん?聞いてる!?」
ハッと我に返ると三人が私の方を見ていた。
「えっ?あ、うん、ごめん。なんだっけ?」
「もー、だからいつもみたいに四人でゾーン作る感じで良いよね?って。後今回、回復魔法と長編詠唱担当しおりんだからね!?」
「あ、うん、それでいいと思う。」
話し合いもそこそこに私達は寮へと戻った。
翌日の試験当日、私はほとんど眠れないまま朝を迎えた。
顔を洗い、
歯磨きをして、
朝ごはんにノーイング・オレンジジャムを塗ったトーストとミノタウロスの乳から作られたヨーグルトを食べて、
部屋に戻り、
持ち物を確認する。
黒の魔法ポンチョ、杖、長距離用の茶色のブーツ、
最低限の食料・水、テントの入ったリュック、
ポーチにはすぐに使えるように回復用、罠用の魔導者の切れ端。
寮から皆で【スロブ・リザード】に乗って試験開始地点まで向かう。
まだ眠たそうなワッキーやカナちゃん、
平然と本を読んでるガネリオさんに由貴ちゃん、
メイクを直してるシーナとラジュ、
この試験が終わったら私は何をしていくんだろう…
車窓を眺めながらそんな事を考えていた。
やがて〚マップ:大森林〛の入り口につく。
少し緊張してきた…
教官が相変わらずイカツイ顔をして腕組みをしながら立っている。
浅黒く、筋肉質な全身を薄い金の甲冑で覆われながら。
甲冑は軽量化のためにほとんど面積が無く、ボディービルダーがヘルメットに鎖帷子を身につけたみたいな恰好になっている。
「さて、卒業試験の概要はこれまでに授業で説明していた通り、フライドチキン王国領最南端に広がる〔マップ:大森林〕でのクエストとなる。
マップ内3か所にある
ラビュリントス遺跡、
駐屯用ロッジ、
アンタレス迷宮、
に行き、常駐している騎士団から
〚悲哀の琥珀〛、
〚フライドチキン黄玉〛、
それぞれを受け取ってここのスタート地点まで戻ってくること!
尚制限時間は弐週間、これを過ぎればクエスト失敗となる!
最後に質問はあるか!!」
教官ゴリハラは私達の顔を見渡した。
「無いな!!よし!それではクエスト開始!!!!!!」
備考:三つの各ゴール地点はそれぞれ方角がバラバラにある。