第十三話 「王国の闇」
ガネリオの長々とした授業にすっかり夕日は足を速め、ワッキー、ケント、ガネリオ、天王寺の四人はそろそろ夕食の時間だと図書室を後にした。
王城の一階まで来ると、ふとケントは気晴らしにスキル【思考無線】を発動させた。
特段理由はなかったのだが、しかしスキル発動直後、その耳にはおぞましいうめき声、絶叫がつんざくかのように押し寄せてきた。
【側溝の斥候 ワッキー】
な、なんだこの声…?
悲鳴?
苦しんでる…
場所は…、地下からか。そういえば王城の地下は行った事無かったな…、地下闘技場があるのは王城の隣の[コロシアム]の方だし…
え、どうしよーかなー…、可哀想だよなー…、行った方がいいかな…、でも面倒事とかできれば巻き込まれたくないしな…、
声からして多分魔物じゃないよな…、人間?
で地下ってことは拷問とかかけられてんのかな…
所詮ナーロッパの中世倫理観じゃ拷問くらいあるよなー…きっと
いやでもなー…、やだな…
とりあえず一人でそーっと見に行くか…
嫌でもだったらワッキーのスキル【潜伏】があったほうが良いのかな…?
結局そう考えて俺はワッキーにヒソヒソと話しかけた。
「おい、おいヒソヒソ」
「んだよボソッ」
「あのさ、地下で誰か拷問か幽閉されてるかも知んないんだけどさ、ちょっと付いてきてくんない?ヒソヒソ」
「はっ?なんでそんな事が分かるんだよ?ヒソヒソ」
あ、しまった。【思考無線】の事言ってなかった…
「い、今はそれより急がないと!なんか凄い苦しんでるっぽくてさ…!!」
しまった。
行くかどうかはまだ半々だったにも関わらずワッキーにスキルの事を突っ込まれてつい、行くみたいな流れに…
「わかった、わかったから!てかそいつ人間なのか?魔物とかの可能性は…」
「いや、魔物ではないはず。」
魔物なら声が聞こえるというよりは、感情が分かりやすい鳴き声の事が多いからだ。
「どうした?」
ワッキーに耳打ちするのに夢中になって前を歩いていたガネリオ、天王寺の二人と距離が不自然に空いてしまってガネリオがこちらを向きながらそう言った。
一応ガネリオ達にも付いてきてもらうか…、
なんかちょっと怖いし…。
・四人は地下室へ続く階段がある方へ向かった―
「拷問?」
階段へ向かいながらガネリオがそう聞いてくる。
「う、うん。確証はないんだけど、誰かしらが地下で苦しんでる声がするんだよね…」
思案にふけるガネリオはやがて言った。
「なるほどな。ありえない話じゃない。民主主義の国家ではなく、よりにもよって国王制をとっている国だ。
授業では隣国とは仲良くやっていると聞いたが、過去十年間のうちに軍備を敷いて戦争がなかった訳では無いとも言っていたしな。」
「そうやけど、もしホンマに拷問とかそういうのやとしたら勝手に見に行くのヤバない?」
ガネリオの推測に俺が最も恐れている事を聞いたのは天王寺だった。
国家を敵に回す、なんてゲームではそんなに変な展開じゃない。
けれど、いざ自分達がそうなれと言われると、ちょっとヤバい感じがする。
「あぁ、慎重に越したことはないだろう。ケントの勘違いであればそれでいい。
ただ、正直な所、俺達は知っておく必要があると思う。」
「何を?」
天王寺が不安げに聞く。その不安が伝染したのかワッキーがさっきから隣で顔を青くしている。
「俺達が、少なくとも当面の間身を置くこの国が〝どういう所なのか〟だろう。」
全員、さっきまでの雰囲気とは一変して緊張を走らせてる。
地下へ続く階段を降りるとそこには扉があって、これは魔法でロックされていた。
俺とワッキー、ガネリオの三人は天王寺の方を見る。
天王寺が何か観念したように覚悟を決めてその魔法を解除した。
ギイイイイイイっと嫌な音を立てて扉が開く。
さらに階段を降りるとそこはちょうど体育館ほどの広さの空間で、俺達が抜け出たのは二階の高さにある、体育館でいうところの体育館視聴室に通ずる通路の様な、空間全体見下ろせるような場所だった。
眼下に広がるその空間には沢山の正方形の檻が所狭しと積上げられ、中からは魔物の声がしている。
落下防止用の手すりのある通路を抜けて、また別の扉を開くと、そこにもやはり同じ体育館位のサイズの空間が広がっている。
拷問部屋…、いやサイズ的に拷問施設と言ったほうが良いかもしれない。
「やはり…な。」
「ここに居るのは全員魔物の類だと思う。」
見たくない現実を突きつけられた様な顔してるガネリオに俺は【思考無線】で聞こえる限りの事実を告げた。
幸いにも今拷問を受けている魔物は居ない。
ただ、一番最初に聞こえてきた声はさっきの檻からじゃない。
俺はさらに通路を進みもう一つの扉を開け、さらに奥深くの地下に続く階段を降りていく。
階段を降りて、下の階が丁度半分見えだす。
また同じ広さの薄暗い空間、壁にはいくつかの地下牢、石の壁に取り付けられた松明が時折すきま風で揺れてる。
地下牢はさっき見た正方形の箱の檻とは違って特殊な魔法陣が掛けられている。
そして空間の真ん中にはそれらの魔法陣の魔力を遥かに凌駕するもう一つの巨大な六芒星の魔法陣。
その魔法陣の中に布をかけられ姿の見えない〝ナニカ〟が居る。
こいつだ…!!
さっき図書室からの帰り道に聞いた声の主は…
両手両足をまた別の魔法陣と鎖で繋がれているのか、布の端からその鎖が見える。
布の膨らみからして大きさはやっぱり人間…?
見張りの衛兵が三人、鎧に身を包まれ、槍を携えて周りに立っていて退屈そうにあくびなんかしてる。
スキル!【ステータス表示】!!
…、三人共そこまでLevelは高くない。
恐らく四人がかりで奇襲をかければ気絶位には持ってける。
声の主の方はかけられている布に特殊な魔法がかかっているのか、はたまた本人のスキルによるものか、ステータスが表示されない。
けど…、こっからどうすれば…。
ワッキーに目で合図をすると、ワッキーは諦めた顔で【潜伏】を使って気配を消し、階段を降りようとする。
「助けてくれよ、客人。」
その時布の下の〝何か〟が声を出した。
「おい、静かにしろ!」すぐに衛兵がそれを諌める。
と、動揺した反動で俺は階段の小さな砂利をジャリと踏みつけて、それが階下に落ちる。
しまった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「誰か居るのか!?」
衛兵の一人が音に気づく。
「おい?どうした?」
「いや、なにか物音が…、見てくる。」
ま、不味い!!!!!!!!!!!!!!
同じ表情の階段を降りきる直前のワッキーと目が合う。
今引き返せば逃げ切れるかもしれないけど、確実に足音でバレる!!!!!!
冷や汗が額をダラダラ垂れている気がする、心臓がバクバク打つ、考えろ!!考えろ!!!!!
ワッキーも俺も固まる中、俺達の隣を誰かが横切った。
「ごめんなさい、私です。」
カツカツと悠然に白色のドレスの裾を持ち上げながらその人は言った。
一瞬俺とワッキーに目で合図を送る。「注意をそらすから逃げろ」ということだろうか。
「お、王女様!?なぜこちらに!」
衛兵の一人が素っ頓狂な声を上げる。
「あら、自分の住む城のどこにいようと私の勝手かと思ったのですけれど…
それに日頃からこの国に仕え、こんな薄暗いところで1日頑張って働いてくれている衛兵にビスケットの差し入れは、持ってきてはいけなかったかしら?」
彼女はそう言いながら手元の綺麗な花がらの刺繍の入った巾着袋から包装紙に入ったビスケットを衛兵の一人一人に手渡す。
「こ、これはどうも。」
「なんて、本当は今日一日退屈で、冒険ごっこをしていたらこんな場所を発見しただけなんですけれどね。」
「王女様!こんな所へ足を運んでは不味いですよ!部屋まで御案内させて下さい、さぁ自分と戻りましょう。」
俺に聞こえた会話はその辺りまで!
とにかく助けてもらったと思って、最小限の音で四人で地上へ早足で戻る!
最後の扉を抜け出て、階段を登り始めた時、階段の上に燕尾服、白髪交じりの、俺等四人に目を鋭く光らせた紳士が居ることに気づいた。
隣には物凄い強そうな浅黒い肌にコーンロウを決めた女騎士も立っている。
こめかみに青筋を浮かべて。
あー…、終わった…
隣のワッキーをみると俺とおんなじ表情をしている。
今回に限りガネリオも天王寺も同じ表情だ。
なんか良い言い訳ないかなー…。
…。ネズミを追いかけてたら…
いや違うか。
たまたますっ転んで階段をころりんころりん…
いや無理か。
うん、終わった☆