第三十九話 エンディング
ペガサスとユニコーンで賭け事してすいませんでした。
by魔法烏新聞社上層部一同
【ド陰キャの狙撃手 ケント・オルカ】と【関西弁の新たな勇者 辰川翔也】
ヤクソン一味との激闘の後、駆けつけたセガラさん達にワイは命を救われたらしい。あの少女の放った謎の魔法のあと何があったのかはまるで記憶に無い。闘いの傷を癒してその場所に向かうとそこには隕石でも落ちてきたのかっていうようなでかいクレーターができていた。
まだ残る筋肉痛を連れて、いつの間にか始まっていた夢のようなシェアハウス生活に続く自室の扉を開く。
部屋には買い集めた魔導書、『赤い竜』『魔女の福音書』『水の女神の祝福』エトセトラエトセトラ
部屋のベッドに雲をこねるように腰を下ろす。
ボーっとして、これからどうしようかなんて緊張感のない脳内作戦会議が始まる。
少ししてセガラさんが部屋の扉をノックした。
「やあ、怪我の調子はどうだい?」
「もう随分と良くなりました。手当てに、色々と面倒も見てもらって本当にありがとうございます。」
「どういたしまして。とにかく大事でよかった。それで…」
セガラさんはそこで言葉を止めた。なにか言いづらそうな事を胸にため込んでいるような、そんな表情だった。
「あの、なんでも遠慮なく言ってください。俺全然頼りになんないですけど、こんなに色々してもらってるんです。出来ることも出来ないだろみたいな事も、頼りにはなんないですけど、精一杯やるつもりなんで…あります…」
ミスった。なんか臭いセリフを吐いたと言いながら気づいてしまったもんだから語尾が大変なことに…
けれどセガラさんの口から飛び出たその次の言葉ははっきり言って想像も出来なかった。
「ケントくん…、僕らと一緒に第三次異世界聖戦を止めてくれるかい?」
「第三次異世界聖戦…?」
単語くらいは聞いたことある。語感からしてあんまり穏やかな内容の話でもなさそうだし…、出来ればそんなものはごめん被りたいところではあるけれど…
「以前君がある魔人と闘った話をしてたよね?」
「はい、パクリカってやつで、とんでもなく強いんです。そいつを止めないと、多くの人が傷つく事に…」
「そのパクリカがこの街に来ていたんだよ…」
えっ?なんで?何しに?
疑問は色々湧くけれど、はっきり言ってこの異世界に来た時より格段にレベルアップした今でもあいつには叶う気がしない…
「翔也くんの話と統合すると彼は『ヨワネノ不協和音書』というアイテムを集めている。僕が持っていた複製を本物と勘違いして今回はやってきていたらしいけど…」
セガラさんの表情が曇る。なにか苦渋の決断、覚悟を決めているような…
「僕の見立てだと彼は天上界に対して聖戦を仕掛けるつもりだろう。そうなればまた多くの死者が出る。今回はたまたま運よくキャラメル街の火災で死者は一人も出なかったけれど、聖戦が始まればそうは行かない。なんとしてもそれだけは止めなくてはならないけど…
「けど俺一人じゃ無理だから猫の手でも借りたいって話だよ。はいこれ、今日の分の薬!」「あ、ありがとう御座います。」
言葉を詰まらしたセガラさんの続きを部屋にお盆に乗った薬嚢と水のはいった瓶を持って飛んできたヤック君が締めくくった。
薬を飲みながら、うわ苦っ…、聞いた言葉を反芻する。
質問が自ずと口から出た。
まるで飲み込めない良薬のように。
「あの、俺この異世界に来て全然何も知らないんですけど、魔人はどうしてあんなに人間、冒険者に比べて強いんですか?」
水を飲んで一息ついて、顔を上げて、二人の方を見るとまるでこの世の終わりの襲来を窓の遠くに眺めているようだった。午後の光が彼等の綺麗に通った鼻筋に、うなじを照らしていて、狼男と妖精の珍妙な組み合わせに夢心地がしている。
「諸悪の根源、全能の女神が禁じた知る事さえ赦されない者達だからだよ。」
まさに聖書の一節のようにセガラさんが真顔でそんな事を言うもんだから吹き出す事さえ出来なかった。
「彼等自身は何もしない。
けれど彼等は知っている。知っていく。世界を混沌に突き落とす方法を。
微笑み、無関心、無辜の民を気取りながら、ウイルスの様に自身の智慧を全く同じ様に人々の意識に植え付ける。
その悪に染まった無意識が、大切にしたい時間を少しずつ蝕んでいく。
この二百万年の間に人類が考えないでも息ができて、未来へ歩き出せるようになったのと同じく
呼吸を奪い、過去に引き留め続ける。」
「まっ!だから馬鹿なアイデアなんて思わずに魔法の練習に励めってことなんだけどさっ!」
暗くなりかけた部屋にヤック君の明るい声が、妖精の光を灯す。
気がつけば魔法書の何ページかが折り紙のようにうさぎになって部屋をぴょんぴょんしている。
「勿論です…、俺、もっと強くなります!」
それは聖戦とか、誰かの為とか、そんな大仰な事を言ったわけじゃなかった。自分の為に、今出来ることを精一杯やらなくちゃというようやくスタートを切った自分の本音だった。
「ありがとう。助かるよ。」
「怪我が治ったらまた稽古つけてやるよ!」
二人はそう言って部屋をあとにした。
二人があとにした部屋の扉の横には丁寧にひのしをあてて貰った深緑のマントとベレー帽が掛けてある。
てかシューティング系のネトゲばっかやってたから特にツッコまなかったけど、異世界ナーロッパに対して俺の装備おかしくね?
ま、いいか。どうせ陰キャの新米冒険者、遠距離に越したことはない。
「それじゃあ僕はそろそろ行くとするかな。」
セガラはんは急用で少し遠くへ行くらしい。出張と言っていたが。
「何も気にすることはない!なるべく早く戻るから!それまでは気兼ね無く自分ちだと思ってくつろいでくれ!」という言葉に有難みよりも心配が勝ってしまう。
この人は周りにすごく気を使うから滅多な事は言わない、会話一つとっても先に先にと手を打つ、だから逆に心配しなくて良いというのは何か問題があるという事なのかもしれんと深読みできてしまう。
家賃が危ないとか、それくらいやったら全然マシなくらいにヤバいもん抱え込んでないと良いんやけど、ちびエルフ二人は信頼しきったみたいに「あーあ、これでよーやくゲームの足手まといが減るぜ」とか「帰ってくる日はちゃんと晩御飯のリクエスト先に送ってよ!」とかいうから、俺も「帰り待ってます」とだけ言うといた。
旅立つのはなにもセガラはんだけではない。
「あの、色々とありがとうございました。」
謎の厨二病少女もまた冒険に出かけるらしい。
モモノタレ区とさらに郊外にあるグリフィン空港の近くのカフェで皆しんみりしていた。
「我が名はケント!Fランク冒険者にして、いずれ君に僕の冒険の書を自慢しに行くもの!」
ケントが何やらダッサイポーズを決めながらなんか叫びだした。別れ際、こういうオーバーなリアクション取ってる人を駅や空港で確かに見たことはあるけど、まさかこんな近くに居るとは…はずかしいから他人のふりしとこ…
ほら、女の子の方もちょっと引いてるや…
そう思った時、彼女もまたニヤリと不敵に笑いながらマントを翻し、片目を覆いながらダッサイポーズを決め散らかしにかかった。嘘やん。
「我が名は―」




