第三十七話 「同級生やからこそ、負けたない」
「どうせ世の中はなんも変わらん」なんて言い出す前、世界は目まぐるしく変わってた様な気がする
勝手に変わらんもんにしたんはなんでやったっけ―
「翔也殿…、大丈夫ですかっ!?」
「おお、なんや気分ええわ」
落ちこぼれとは言え、腐っても元は魔界深部の住人である自分と魔力を共鳴させ闘う人間、辰川翔也という人間にクラパルスは心底驚いていた。
裂傷、打撲、疲労困憊、発熱、全身は自分の魔獣としての魔力に拒否反応さえ起こしている。
限界等とうに越えているだろうと、魔力の共鳴なんぞがなくともクラパルスには分かった。
それでも、彼の姿と、目の前のうら若き白皙無髯の少年との姿に、口が裂けても「限界が来ているから、負けを認めてもうやめよう」等とは口が裂けても言えなかった。
「もうワタクシの魔力もありません、負担は大きいですが、大技で一気に仕掛けましょう!!」
「おう、おんなじ事考えてたわ」
から元気も良いところだ。
果たして彼は保つのか?そうクラパルスが翔也の身を一瞬案じた瞬間だった。
突如、自分の魔力がまるでちっぽけなアリほどの微小なものに感じるほどの脅威が大口を開けてこちらに迫るような感覚が背筋を凍らせる。
あの少年が?
いや、そんなはずはない、才能は確かにあれども、全く次元が違った…、じゃあランが…?
かつて自分と魔鳥類を統べていた白い鳩の方をクラパルスは見る。
いや、違う、今感じ取れる魔力からも先ほどのおぞましさは感じない…
なんださっきのは?
まさか、初代が?
いや、そんなはずはない。あの方はとうに…
その得体のしれない力を発したのが翔也かもしれないというのは、クラパルスが彼を最後まで選択肢として考慮に入れなかったのを見ても明らかだろう。
しかし、再びその脅威、畏怖、魔界全土をうねるように駆け回る力を翔也が発した時、クラパルスは口さえきけずにいた。敗亡怪顚…
「翔也殿…」
その声は掠れるように絞り出したもので、戦闘に集中している彼には聞こえない。
まさか、彼が…
神竜一族の末裔だとでも言うのか…!?
クラパルスの懸念、焦燥を他所に蓮大、翔也両名は激しい戦闘を繰り広げている。
「やけにこだわるな!?別にお互い元々イケてる方でも無かった気がするけどなーーー!?!?」
「お前やから…、同級生やから…、だから負けられへんゆうてんねん!!!!!!」
【フィールド魔法:魔暗闇】羽毛が地に着くまでの僅かな間、辺りは闇夜に覆われる。
いや、今は闘いに集中しよう…
クラパルスは集中力を取り戻す。
全ては彼らが全力で自分の力を出し切ってからだ…
本気で激突し合う少年二人に共鳴するようにクラパルスもまた全身全霊で、腹の底から本気の魔力を練り上げ、翔也に送っていた。
「翔也殿!イメージするのです!!自分の世界を!!自分の魔力を!!!」
「やかましい!!!!!やってるわ!!!!!」
魔力を貸しているとはいえ、出力するのは彼自身。いわばインプットとアウトプットの関係、どれだけ大量の魔力を送っても彼自身がそれを使いこなさなければ、形にできなければただの魔力放出、無駄遣いに終わってしまう。
ただ手をばたつかせるだけでは、空は飛べない。
翔也殿は全力でやっている、だがまだ自分の世界のイメージが掴めていない…
その点においてあの蓮大という少年は、この時点において翔也殿の一歩も二歩も先を行く…、自分のビジョンがしっかりと見えているのだ。
やはり経験の差か…
それにランについても気がかりだ。
本気を出してくる様子はないが、いざという時も覚悟して置かなければならない…
「翔也殿!思い出すんだ!!!なぜここまできたのかを!つなぐのだ!てんとてんを!星々の運命を!!古来より人はそうして物語を紡いできた!!!!」
「やかましいっ!!!何で異世界人はどいつもこいつも一々ポエマーやねん!!!!」
「そういうものだろう!!!???」
「都会に星なんかないねんっ!!!!だからせめて!自分がなるのに必死なんやろ!!!!!!!!
クラパルスさん、よろしく頼むわ!!!!!!!!!」
「はらだいらさんぜんてん!!!!!!」
翔也は全生命を燃やす。遥か咫尺に隔たれた夢への道のり、その一歩目、地元に居たライバル、彼に負けたくないから。
それはクラパルスの想定していた魔法陣とは全く違うものだった。
クラパルスは瞬時に理解した。彼は本気だと。
『ファッション雑誌のイケメンに憧れて真似しても結局中途半端にしか染まらんかった髪
見つめるのは真っ直ぐな地毛と同じ色の瞳
劣等感渦巻く胸中で諦めかけた夢を追う
ペンを握る手にインクは滲み、時に垢を洗い流す暇さえない
持ち込んだ原稿は目も通してもらえなかった
家に帰って夜の自室、泣きながら再びペンを手に取る
誰が知るともしれない人生のストーリーを続ける
締め切りは自分が諦めた瞬間
それはいとも簡単にやってくる
イイネのつかん投稿、売れない自費出版、けれど絶対に落とさないそれは、夢へのショウメイ』
『その色は二千年も前から悪を象徴すると知った
帰らない事を望まれていた
ハナから孵らない事さえ望まれていた
来た道を振り返らないまま、独り、目の前の暗雲の人生に臨んだ
それこそが強さだと学んだ
そうして汚らわしい、危険な生き物と嫌われてなお、それでも手を繋いで帰ろうと歌ってくれたお前たちがいつしか側にいた
翼では握りかえせないその手を守る為になら、ワタクシは今その暗雲さえ吹き飛ばす程に強く羽ばたいてみせよう』
「「黒きより黒く!!!深淵に生まれし我等が魂は夜空!!!
未来まで!!あてがわれた常識と掟を覆す夢をかける!!!翔天球!!!!!」」
【上位風属性魔法:神渡し翔ける天球の一振り】
黒い竜巻が轟々と天まで伸びてゆく。
蓮大もまたこれに悟った。
これが翔也とその契約魔獣の最後の本気の一撃だと。
最大規模の風魔法、その威力は王級、或いは神級にさえ匹敵する。
四方に発生した竜巻はランと蓮大のいる所へ数秒のうちに集まるだろう。そうなってはいかに八大神魔随一の防御力を誇るランとてバラバラになることは避けられない。
すでに周りの大気が薄まり、放っておけば刹那に意識も飛ぶ。
だが、これさえどうにかすれば彼らに次の手を打つ魔力はおろか、立ち上がる気力さえ残っていないはずだ。
ならばこちらも出し惜しみをせず全力を持ってして迎え撃たなくてはならない。
悪くて相討ち。
蓮大の召喚獣ランも幸いにして同じ考えの持ち主であった。
『中高の野球部で自分は輝けないと悟った。
高校2年から部活も程々にアイドル活動を始めた。
大して売れないまま数十人のファンを連れ、地下アイドルとしてライブを定期的にこなす毎日。
大学に上がる頃にはそれでもこれでやっていく気満々で、会員制のホストクラブみたいな店で女に媚びを売りまくった。
そして事務所に初めて組まされたボーカルダンスユニット。
アイドル気取りの俺らの仲は最悪だった。
常に貶し合い、自分がいかに目立つかだけを考える連中の集まり。
でもそれ自体はそんなに嫌いじゃなかった、向上心やハングリー精神がないやつはクソだ。
トップスターになるためならなんだってやってやる。
プロダクションの、スポンサーの、どんなババアだって抱くさ、
ファンとヤッてる動画を手に入れて、自分より人気のメンバーからセンターを譲らせるさ。
夢だったんだから、平凡な自分を変えるのが。
当たり前だろ。
そんな風になってふと気がついた。
そうして率先してライバルを蹴落としてない瞬間、俺は他のイジメを率先してるやつの後ろにただついていってる。
そうしないと自分が次は狙われるからだ。
どんなに嫌いなやつだって後ろから刺さないとわかってる間は仲良くしてやるよ。
そんな風にしているのもいつしか疲れてしまった。
人気に陰りが出る。ようやくテレビにも出始めてたのに。一人、また一人とメンバーが減っていく。マネージャーと顔を合わせる日も少なくなる。
事務所の練習スタジオにいる時間ばかりが増えていく。
仕事を取るために自分を殺して周りに好かれるやつを演じ始める。
演技の仕事の練習と言い聞かせた。
解散ライブ、初期から応援してくれているファンも少しいた。
俺が憧れていたスポットライトの下。
きっと俺は大切な「ここ」を失った。
そして「そこ」へと再び向かう。
だが奈落を滑り落ちる自らを「すくう」のは諦めない心とそこここに用意しておいた言質、コネ、打算的付き合い。
嘘つき呼ばわり結構、卑怯上等!!
それでも、地に落ちても、俺は蛇のようにしたたかに這い上がって見せる!!
頂点へ!!
だから俺はお前なんかに負けていられないんだ!!翔也!!!
俺はお前に勝って、現世に悪魔を連れ帰り契約を果たさせる!
必ずトップスターになってみせる!!』
「煌々と…」「思い知れ!!!炎天球!!!!!」
【上位魔法:白天球】竜巻がもう後すんでのところでランと蓮大の体をバラバラに引き裂こうという瞬間、縦半分に分かたれた天から、高熱の白き光が噴き出す。勢いは凄まじく、軸を失った四つの竜巻はたちまちのうちに光の柱にかき消された。
そしてその光がクラパルスと翔也の方へと向かう。二人は全身大火傷、片腕と片方の足先を失い地面に転がった。
蓮大もランも確信した、勝った!!!!と。
その異変に先に気づいたのは蓮大だった。
さっきまでいたはずの場所と景色が少し違う。
地面に転がっている翔也と目があった。
「へっ、やっと俺のこと見たやん。」
息は絶え絶え、クラパルスと融合していなければそれはただのボソボソとした死に絶える直前の男の発する潰れた音にしか聞こえなかったかもしれない。
「何をした!ここはどこだ!」
蓮大の叫びに翔也は勝ち誇ったように言う。
「お前みたいなイケメンでなんでもできるやつ…、羨ましかったわー…、、、」
「お前なにを…、まさか転移魔法!?
いやそれでも魔力さえ回復すれば元の異世界、いや地球に帰る事も俺とランならできる!!翔也!!勝ったのは俺だ!!」
蓮大は立っているのがやっとではあったがそれでも翔也に見せつけるように手を掲げてガッツポーズをしてみせた。
しかし直ぐにその表情は曇る。
翔也は笑っているのだ。
「初めてお前に会った時さ、思ってん。
あぁ、こいつには勝たれへんなーって。
お前も俺のことなんて眼中に無かったっぽいしな。一応中高6年同じ部活メンバーやってんけどさ…、お互いベンチやってんけど、俺のこと覚えてる?まあ、お前は途中からスタメンか…、悔しかったけど、それに関しては納得してる自分がおったわ。
でも、今回お前は全力で、死ぬ覚悟で俺に向かってきた。
俺を認めてくれた。
俺はやっとお前の視界に入れた。
くそっ、、、俺はお前に会うまで主人公気分でいたのに、やっぱりお前のほうがよっぽどかっけえゃん、、、」
瀕死で息も絶え絶え、蓮大の魔法攻撃に記憶の混乱さえあるその言葉にならぬボソボソ、その元同級生に恐怖を覚えていた。
「最後に、俺のオリジナル、この先の未来も全部かけてくわ。」
召喚魔法 -我流点睛ー
ランと蓮大は反応する間もなく地面から飛び出す龍の口の中へ放り込まれた。
当然永い時を生きる魔法の龍の喉も胃袋の中も、はては大腸も様々な攻撃魔法と痛みでできている。
龍のケツからぼろぼろの戦闘不能になってでてきたランと蓮大に翔也は笑って言った。
「クソ喰らえってな。ハハ…」
遠くでは太陽と隕石が異世界に扉を叩いて遊びに来たような地響と爆発音がしていた。




