第三十六話 エンジェル・オブ・ポップ
僕は世界を変えることができない
それでも世界は僕と変わっていく―
【陰キャの狙撃手 ケント・オルカ】
まるで用意されていたかのような舞台がそこにはあった。
蛇の棟の最上部、屋上、月明かりの下、スパンコールのジャケットを着こなすイケメン。
ワイの最も嫌いな種族。
その隣にいる頭のおかしい紅い魔眼を持った女の子。
「ヤクソン!」
「おっ、噂の元カレくんだね?」
「な、なんで来たんですかっ!?駄目です!殺されます!!早く逃げてください!!」
「まだ君の名前を聞いてなかったなって。」
絶対に負けられない…、クリスさんの魔法のおかげで思い出した。
自分が異世界に来た理由、多分だけど。
そんな理由がなくても、ここで負けたら、誘拐された女の子を救えなかったら、俺は一生勇者になんてなれない。
「its moon o'clock, sweety. time to go bed.(良い子は夜更かし厳禁だね)」
「「!?」」
ヤクソンが手をかざすと少女はガクンっとうなだれる。
「何したお前っ!?!?」
「やだな、よく眠れるようにおまじないかけただけだろ?」
…、くそっ!なんか言い方にしろなんにしろコイツの全てに腹立つ…
「本当になんにもしてないだろうな!!!!!!」
「もちろん。それはこれから!」
「おまっ」
その時、空から月が落っこちてきたかと思ったら、銀の毛並みを輝かせたフェンリルが少女を優しげにヤクソンの手から背中に乗っけて立ち去った。
「待てっ!」
「おっと、人の女の子にちょっかいかけないでくれるかな?」
「お前のじゃないだろ!!!」
すぐにでも追いかけたいのに、ヤクソンの全身から川のように流れ出す魔力がそうはさせないというのが分かる…
「全力だ。」
【スキル:魔心眼 + 狙撃魔法:砲煙弾雨】
クリスさんとの修行で新しく覚えたスキル。相手の魔力感知、魔力の流れから次の動き、大きさから残量が何となく分かる。暗殺ギルドの人に頼んだ武器、シルベスタが使ってた『銃の翼』の下位互換、『小銃の片翼』。
まぁ、自分の魔力が全っ然足りないんだから仕方ない…
駆け引きなんてやってたら2秒でやられる。それ程にレベルが、格が違う。出し切るものは出し切る。出し惜しみはしない。
「why not!!(いいね!ちゃっちゃと行こうか!)」
【召喚魔法:ジャイアント御玉杓子】かかとを鳴らすだけで辺りに出てきた大きなオタマジャクシが人の銃弾の小雨をものともせず、ヤクソンの盾になる。おまけに散ったオタマジャクシの魔力残滓が辺りに浮遊してる。気をつけないと、多分触れればアウト…
「giu la testa!!(姿勢は低く…、クリスさんとの修行を思い出せ…)」
【召喚魔法:魔獣一団】魔力は攻撃になるべく使いたい。じゃないと多分あの研ぎ澄まされた彩光放つジャケットは貫通出来ない…、グレネード型の魔道具、俺の魔力だと召喚できるのは下級のアヒルとかそんなんばっかだけど、頼んだ!!!キャンチョメ!!!!!!!
「hmm..., classic!!(わざわざ低姿勢にどうも。)」
【土属性魔法: 皺曲 】足元の床がまるで大海原にでもなったかのようにうねり、その堆起は山峰の有頂天から谷底へと言わんばかりに人を突き落とし飲み込まんと。魔法を使った本人は背中に御大層な翼を生やして夜空に浮いている…。
「どん底、最底辺から来たって言ってんだろ」
【召喚魔法:魔獣一団第二弾・間諜カワヒラコ】彼等みたいに俺は空なんて飛べない。それでも、さっきのアヒルに引っ張ってもらって、魔蝶カワヒラコの重力魔法でこの床の大波を躱して、一撃の好機を作るくらいは出来る!!!
喰らえっ!!!【召喚魔法:魔獣一団第散弾・蜂の巣】毒属性付与のショットガン、おまけに片翼の援護射撃付き、範囲は今使える魔法の中で最大…!
「打ち鳴らせ!」
【リズムの魔法:beat it!!】ヤクソンの手にはオレンジの炎に包まれ、白い光を煌々と放つ剣がいつの間にか握られていた。それにどこからとも無く流れ出した弦楽の音…、音に合わせてさっきのオタマジャクシ達が復活してるっ!?
くそっ、無駄打ち…、あれどうにかしないと厄介だな…
てかオタマジャクシってそういう事か…、ヤクソンの放つ音色に合わせて…
「そういうことなら!!!」
【剣撃魔法:バタフライナイフ】さっき召喚した蝶を一斉に刃に変えて突撃させる。
けれど無数の刃をものともせず、ヤクソンは剣一本でそれらを全ていなして、躱して、弾き返し……、こっちに飛ばし返すとかズルすぎっ!!
【防御魔法:和氏の真璧】くっそ、対空戦って普通地面いる側が有利なはずなのに、あんなに自由に飛ばれたらこっち手も足も出ないんだがっ!!!
しかもカウンター攻撃の威力っ!
世に二つとない魔法アイテム、『魔玉』で出した壁と共にアイテムが粉々にっ!!!!魔片王さんが報酬でくれて、「まじ、絶対壊すな」って念を押されてたのにっ!!
「ちょっ!さっきからズルくないっ!??チート過ぎるだろっ!!!」
「そう?腐っても僕は天子だからね!」
ヤクソンが剣を月に翳すとオタマジャクシが辺りを取り囲む…、こいつらたいして攻撃力はないくせに堅すぎる…
銃弾も通らないし…、どうしたら…
「まだ始まったばっかなのにつれないね」
【空間と視線誘導の魔法:smooth《華麗壮厳》 criminal《犯罪的》】ヤクソンは剣をまるで身体の一部のように夜空に滑らせる、それに合わせて金剛石みたいな硬さのオタマジャクシが飛びかかってくる…。
バッティングセンターに昔間違って行っちゃった時のことを思い出す。ボールが飛んでくる、見えないし反応できないし…、おまけに…
「ごほっ…!!」
痛いっ…!!
しかもなんだこれ…、まるでボーリング玉みたいな硬さじゃん…、骨折れてない…、わけないよな…
後もう何発か当たったらいかにスーツで防御力上がってても気を失って終わり…
集中しろ…、敵の魔力の流れを見て行動を先読み…、落ち着け、落ち着け漏れ…!
「まばたき厳禁だよ」
【光の魔法:black and white】ヤクソンが剣をくるっと反転させるのに合わせてオタマジャクシが閃光弾の様に強烈な目眩ましの光を放つ。
不味い…、視界が…!!
その時、嫌な風を切る音がした。扉を固く閉ざす音、アームチェアーがギチギチと動く音と、パソコンのバードがジャーーっとただ回って風を切る音。
「ぐっ…」
「おや、呆気ないね」
魔法の檻に閉じ込められた…!?
「さて、第二部はいらなかったかな?」
「くそっ!!待てっ!!!ここから出せ!!!」
カツリカツリとレザーシューズを軽やかに踏み鳴らして、ヤクソンはどこかへ消えた。




