第九話 【堅物の白魔術師 天王寺由貴】
私の名前は天王寺由貴。
品行方正、文武両道を心がける由緒正しき天王寺家に生まれた次女で…
って…
危ないやん!!!
人の自己紹介を邪魔してケルベロスが猛毒の霧を吐きつけてき…
「汚ったな!!ふざっけんなよおい!!!!!!」
この技…、適当に避けることはできへん…
さっきジェシーが「毒のダメージなどたかが知れてる!!」と無視して突っ込もうとした際、ケルベロスは犬歯をカチカチと擦り合わせ火花を散らして辺り一面に大爆発を引き起こさせた。
おかげで照明のいくつかが破損してただでさえ暗かった〚フィールド:地下闘技場〛は夜の街くらい暗くなってしまった。見にくい事この上ない!
「引火性の高い猛毒の霧とか、こういうのって私はやらないからよく知らないけどRPGゲームとかだとよくあることなん!?」
私は声高に文句を叫ぶ。
「いや!!!!エフェクトも派手で、使い勝手も中々良い技だと思う!!」
そんな事は聞いてへん!
ケントが闘技場の端で距離を取りながら【麻痺弾】を打ち込みつつそう返すけれど、そんな事は聞いてへん!
「ケント!麻痺属性は恐らく効かない!むしろ感覚を麻痺させてのこの凶暴性だろう!殺傷能力の高い弾を使え!!」
チームを指揮しているのはガネリオという男だ。
「彼は自分は僧侶のくせに筋トレばっかして、ゴリゴリの接近戦を好む一言で言えば変態。」
「天王寺!声に出てるぞ!!後それはお互い様だろう!!!自己紹介後のメンバーの性格コメンタリーは悪くないが気を抜くなよ!来るぞ!!!!」
私は白の魔導ローブを翻し、脚に巻いているレザーのナイフポケットから素早く取り出した銀のカトラリーナイフを投げつける。
魔導彫刻の入ったそのナイフにフォークはサバイバル中ならウイルスを殺菌してくれるし、今みたいな際には…
【物理攻撃:杯盤水銀狼藉】何本ものカトラリーナイフ・フォークを、ケルベロスが毒霧を引火させる前に投げつける。
いくつもの火花を散らしながらナイフは毒霧を割いてケルベロスの三つの目に的中した。
おまけにさっきのケルベロスの猛毒爆破の霧で辺りの気温が充分に高い、銀の融点962度を作り出す魔力は本来より抑えられる。
私の意図を察していたガネリオ、ケントが中級魔法を唱え終えていた。
【火属性魔法:ファイア・ボルテックスリング】ガネリオが錫杖で操る火の輪がいくつも宙を回転しながらケルベロスへ襲いかかる。
【物理攻撃:Ruger M777】ケントが、元の世界で「ジョン・ウィック」を見て以来買いたかったと思っていたライフルに近いモデルが異世界にあったので衝動買いした一品。異世界に来てようやく魔改造版を手に入れたらしい。
それぞれ私の投げつけたカトラリーナイフ、…が無くても多分頭を集中攻撃。
猛毒の霧の引火も相まって、熱を帯びたカトラリーナイフは魔水銀に変わり溶け出す。魔水銀は流れ出したそばから今度は樹の枝の様になって固まって、ケルベロスの動きを奪う。
愚ぃ殺ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「自業自得、人の自己紹介邪魔するからや。じゃ、ジェシー頼んだ。」
「okey dokey!!!!」
ジェシーはずっと私達が千載一遇のチャンスを作るのを信じて【食い溜め】という大気中の魔素を集めて待っていた。なんかポケットからスニッカーズを一瞬取り出して食べてたような気がしなくもないけど、まあええか。
【火属性魔法:エディブル・イビル・オードブル】口をモグモグさせながらジェシーは戦鎚ミートハンマーを振り被り、魔力推進でドーナツの魔法陣をくぐり抜けて、動きを頚椎より止められたケルベロスの頭部にアッパーの如く一撃を叩き込んだ。
ケルベロスの頭に花の形に魔法陣が広がり、弾け飛んだ。
魔力を使い果たして全員が疲労困憊、満身創痍…
そんな私達四人にパチパチパチと地下闘技場観客席に座る一人の騎士団が拍手を投げた。
残りの騎士団は皆私達の壮絶、かつハイレベルの戦いに目を丸くして、遅れてはっと気づいたように拍手を添え―
「中々やるじゃないか!」
この人は騎士団副団長のキャメル・ペイジ
ガネリオを含め皆良い先生だって言うけれど、私は微妙だ。
なんか笑みがいけ好かない感じがする。
「が、どうやらケルベロスの方は第二ラウンドをご所望のようだぞ!」
「はっ?」
私はキャメル副団長の言葉を一瞬理解できず戸惑う。見るとケルベロスはさっきのジェシーの一撃で破裂した頭から白い脂身のような何かをボゴボゴと銭湯のジェットみたいに噴出させて、体を石灰色に変えている…
は?な、え?聞いてないんですけど!?!?
「しかしうーん、どういうことだ…?おい、お前何か知ってるか?」
レストランで違う注文が配膳されたみたいなノリ…
あのな!こっちは大変やねんぞ!
「い、いえ、あの我々が事前に貰っていた情報ではこういった事は…」
頼りなさげにその宮廷魔術士が手元の資料をめくりつつそう答えると、王国側も予期していない事態だったのか、周りの他の教官や宮廷魔術士達も慌てふためき出した。
「そうか、大変だな。おい、気を抜くなよ!さっきより少し凶暴かもしれんぞ!」
キャメル副団長が言い終わるか終わらないかのうちにケルベロスはとんでもない速さでガネリオに襲いかかった。
頭一つで頭突き、残り二つが左右からガネリオの肉を食い千切ろうと犬歯を光らせながら噛みつきにかかっている。
「ガネリオ!!!」
私は叫びながら【魔法壁】を発動させた。
けど攻撃力が高過ぎてケルベロスの牙は翡翠に光る【魔法壁】にいとも簡単に突き刺さり、次の一噛みで粉々に砕ける。
素早くライフルを構え直したケントがヘッドショットを決めようと【魔法弾】をいくつか放つ。
ケルベロスは素早くそれを一足飛びで避け、その勢いのまま今度はジェシーに飛びかかった。
戦鎚ミートハンマーで飛びかかってくるケルベロスをいなすジェシー、けれどやつは尾を振ってジェシーの脇腹にそれをにクリーンヒットさせた。
まずい…!!
てかなんで倒したはずのモンスターが生き返ってんの!?
「ゲームのボス戦だとこういう流れ、ありがちだよなー…」
ケントが緊張感のない声でそう呟くのが聞こえる。
はあっ!?!?もうこれだからゲームとかって嫌い!!!!
「皆、もう少し時間を稼いで!!!で合図したらあいつを誘導して動きを一瞬止めて!!!!」
「て、天王寺さん!ちゅ、注文多くないっ?!?!?」
ケントが不満げに声をあげる、うるさいな…、男ならやれよ!
私の目線に心の声が乗ってしまったのか、目が合ったケントは「嘘です了解です!」といってショットガンに武器を持ち替えケルベロスに向かっていった。
「そ、そういえば!!!ジェシー!!!」
ケントがまた何か言い出した。
「なんだよ!!今!!!!余裕ねぇんだけど!!!!」
ジェシーは襲いかかってくるケルベロスの大蛇の尾を戦鎚で見事に受払いながらケントに答える。
「お前さっきスニッカーズ食ってたけどさ…!!他にも甘いパンとか持ってないの!?!?」
「はっ!?こんな時に小腹すかしてんじゃねぇよ!!!!あとやんねぇよ!!!!ハニーバンズは私のもんだ!!!!」
あの二人は一体さっきから何を言ってんだか…
「ちげぇよ!!!それでケルベロスの気を引くんだ!!!!」
「はっ!?んな可愛い見た目してっかよこいつが!!!!!」
「いや、ケルベロスにソップ(甘いパン)をって昔から言うだろが!!」
んな故事聞いたこと…、いやあるわ
「ジェシー!!!一応やってみて!!!」
私はとっさに藁にをもすがる思いで【魔法壁】をジェシーの前に張り一瞬の隙を作る。
「ちっ、後で三倍にして返せよ!!!」
まさか…とは思ったけれどケルベロスは本当に投げられたパンに気を取られ、丁寧に舌と牙で包装を開けパンを食べている。
なんでやねん!!!
けれど信号機の高さ程の巨体に菓子パン2個で稼げる時間なんて一瞬だ。
それでもその隙にリロードを終えたケントが【散弾】をケルベロスの前脚に素早く打ち込みながら「はっ…?」っと怯えた声を上げた。
「もう!?今度はなに!?」
私は苛立たしげに聞いた。
「いや、こいつステータスヤバい!!攻撃力倒す前の5倍くらいあるんだけど…!!!」
んなん見りゃわかるわ!!!
ツッコミもせず私はポーチから素早く魔導書の切れ端を取り出し上空に投げつけた。
【氷属性魔法:氷柱落とし】氷柱が地下闘技場の天井からいくつも降り注ぐ。けれど凶暴化したケルベロスの皮膚は硬く固まっていてダメージが通らない…
「ダメだ、火力を溜めて一気にいかないとダメージが通らないっす天王寺さん!!!」
だから、見たらわかる!!!
ケントのアホな状況報告をまたもや無視して私は再び呪文を唱え叫んだ。
「全部布石やっつーの!!!!」
【雷属性魔法:静謐な放電】急激に冷えた上空の大気から激しい雷鎚がケルベロスに突き刺さり、その動きを一瞬止めた。
「今や!!!!」
【物理攻撃:麻痺弾】ケントは素早くポンプアクションを行い充電していた雷の魔力を込めてショットガンを放った。
【火属性魔法:直火焼きグリルドリルハンマー】ガネリオが灼熱の焔をジェシーの戦鎚に纏わせ、攻撃威力の上がったミートハンマーは回転する魔法陣をいくつも突き抜けケルベロスのみぞおちにクリーンヒットしていく。
欺ぎ殺ゃぁぁぁぁぃああ亞亞亞亞亞亞亞嗚呼!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
地響きみたいなケルベロスの声、私はあらかじめ【ノイズキャンセリング】の魔法を私含め全員にかけてある、それでもそのおぞましい声に身を一瞬すくめざるを得なかった。
「今度こそ…、てかもう弾残ってない…」
ケントの言う通り、私も、多分、皆魔力は全部使い果たして明日は全身筋肉でノックアウト…
そこまで考えて、やはり嫌な予感がした。
さっきから雄叫びを上げているケルベロスが最後っ屁と言わんばかりに暴れ狂いながら、自分の頭の一つのを他の頭二つが喰いだした…
ゲームはやらないからわからないけどこれは多分…、回復に近い何かをしてるんやんな…
ケルベロスはボロボロ瀕死の体で尚こちらに向かってくる…
喰われる…、動かな…、けど魔力も体力もついて足も動かへん…
あ、あかん、これはヤバい…
直後、鈍く低い音と衝撃波が地下闘技場一面に走った。
キャメル副団長がケルベロスと私の間に立っていた。
「グッ!!!ジョブ!!エブリワン!!!!ナイストライナイストライ!!!」
な、なんか腹立つー…
「さて、定期試験はとっくに終わっていたし、まぁ追加点分と思ってみていたが、それにしても天王寺!よくやった!チーム全体の指揮、見事な機転を利かした戦い、エクセレント!」
そう言いながら華麗にキャメル副団長はケルベロスの猛攻を剣で綺麗にいなしていく。
「しかしガネリオ!お前はまだまだだ!詠唱が長すぎる上に自慢の体力はどうした!?そんなものかァ!?」
「す、すいません!!!!!」
ガネリオは八期の中でも特にこのキャメル副団長を尊敬している。いやなんかむしろ崇拝の域にすらあるレベルで。
「ジェシー!!!攻撃火力の高さや見事!!しかし持久力が無いせいで仲間がカバーに入らなければならない場面が多かったぞ!!!」
「はーい…すんません…」
「うむ!そしてケントォ!!!!」
「はっ!はい!!!」
「特になぁし!!!!」
安定やな。
肩を落として落ち込むケントに構いもせず、キャメル副団長は目を光らせた。
キャメル副団長が今身に付けている白金の甲冑は普段用兼移動用の為軽量に軽量が重ねられ、関節部分は全て取り除かれている。
マントを翻し、孔雀の羽根が刺さったベレー帽のような甲冑を通勤中の電車の窓でネクタイを直すかのように少しいじると、彼は本気の目に変わった。
【神属性魔法:天国への階段】刀身が急激に加熱され発光しだす。真横に、少しずつ上に向かって、何度も視界の端から端まで聖剣【サンバースト】が振り斬られた。その軌道には光の残滓の如く魔粒子が残り、さながら天へ続く階段のように見える。
先程から私たちを苦しめていたスキル【超速再生】も追いつかずケルベロスは輪切りにされ、焼けながら消滅した。
天王寺由貴の技名を書き直しました!2024/12/30